Dear
村上春樹:著「1Q84」を読んで、経済破綻した日本を救う企画・・・・救えるもんなら救ってみろ・・・・w
この章では、天吾とふかえりの何気ない会話で成り立っている感じがするが、天吾と安田恭子との性交についてふかえりが突っ込んで質問するところに多少の違和感がある。「性交」に何らかの重要な意味があるのだろうか?
あと、天吾の食生活がかなり気になる。1984年には、炊飯器が無ければ米を炊いて食べることはまずなかったであろう。炊飯器があることは判るのだが、この章では、
・わかめとねぎの味噌汁を作り
・鰺の干物を焼き
・豆腐をショウガを薬味に
・大根をおろした
・残っていた野菜の煮物を鍋で温めなおした
・かぶの浅漬けと梅干を添えた
☝夕食に一汁三菜&漬物を独り暮らしの男が(ふかえりが転がり込んでるが)用意するか?
現代であれば、大根おろしのパックやかぶの浅漬けのパック、刻んだネギのパックやチューブのすりおろしショウガもあるが、大根一本や浅漬けを作るかぶに塩蔵ワカメにネギ一本、アジの干物に豆腐、かなり使いきれずにロスが出るんじゃないかとハラハラするわ(ヲイ)
とくだらない疑問を抱きながらも、ストーリーはリトルピープルについて二人で話し合われて行く。リトルピープルの力や知恵について、いったい何人のリトルピープルがいるかについて
「わからない。それはゆびではかぞえられないものだから」タイトル回収
話は「猫の町」に移る。ただの雑談かと思いきや
「あなたはネコのまちにいった」「あなたはあなたのねこのまちにいった。そしてデンシャにのってもどってきた」
そして、ふかえりは「オハライ」をしなくてはいけないという。「こちらに来てわたしをだいて」前半部分の性交についての回収だろうか?
「わたしたちはふたりでひとつだから」。ふかえりの言葉の意味は?
