Gスピリッツの大塚さんの「昭和・新日本プロレス繁盛記」が面白いです。
最新号の蔵前国技館の興行の際のリングの話が興味深い。
今の両国国技館は床が可動式になってて土俵を床下に収納できるようになってますが、先代の蔵前国技館は床に直に土俵が作られてました。
土俵は崩して新たに作ると固めるまで一週間くらいかかるそうなので、プロレス、ボクシングなどで使用する際は土俵の上を覆うようにリングが設置されてました。
大塚さん曰く、土俵の外側の角は削れても修復はそんなに困難ではないが、土俵の中心が崩れると一から作り直すので新日本は蔵前国技館専用のリングを用意していたとのこと。
土俵の中心に触れないように特殊なパーツをいくつも用いた特別仕様。
通常のリングより若干スプリングが短いので選手は受け身取ると痛かったかもと(笑)
製作費は通常のリングが当時300万円ほどであったのに対し蔵前仕様は1.5倍の450万円。
しかも蔵前以外で使用することはなく、紛れもない「蔵前国技館専用」のリングだったそうです。
値は張りますが、新日本は蔵前使用する頻度高く特に黄金時代と言われる1980年代前半は2か月に一度は蔵前でやってましたから十分にペイできたでしょうね。
全日本は新日本ほど使用頻度は高くなかったですが蔵前のときリングはどうしてたんすかね。
全日本のリングは元々大きめに作ってあるなんて聞いたことありますが。
新日本は蔵前専用リングがあったんすねぇ~。
「こちらは戦いのワンダーランド、蔵前国技館です」
蔵前からの中継はこの古館伊知郎アナの名文句が定番でした。
日本武道館もたまにしか使用されない昭和の時代、お馴染みの最も大きなプロレス会場は蔵前国技館でした。
シンとか悪党外国人レスラーがリング下の土俵の土(砂)を凶器にする反則攻撃とかやってましたよね。
この時代ならではの風景です(笑)