僕は普段、コンタクトレンズを着用している。
自宅では眼鏡をかけることはあるが基本コンタクトだ。

視力の補正をし始めたのは中学生の頃。
野球部で外野を守っていたのだが、日が落ちた後のノックの練習で打球が全く追えなくなったことが、僕に眼鏡をかけることを決意させた。

以来、中学・高校と最も多感な時期を「勉強のときだけかける」という微妙なスタンスで眼鏡と付き合ってきた。勿論、卒業アルバムの写真は眼鏡を外して撮影している。
大学に入ると真っ先にコンタクトに乗り換えた。メンテナンスという手間が僕の生活に入り込んできたが、それでも僕は眼鏡をかけなくて済むことに喜びを感じていた。

そして今日に至る訳だが、、
最近では外出時はコンタクト着用の上で伊達眼鏡をかけることを欠かさない。通勤時のみ眼鏡着用といった具合だ。
この僕の(周りの人から見れば奇妙に映る)習慣にはそれなりに訳がある。

***

去年の秋のこと、僕は仙台東ICの近くの職場で働いていた。
土地勘の無い方のために付け加えるなら、とにかく仙台の思いっきり郊外である。

通勤は自転車。片道30分ぐらいかかるが、一日の中で楽しみな時間の一つであった。軽装にアディダスのサングラス、グローブ、メッセンジャーバッグの中にはワイシャツ等の着替えを入れて。好きな音楽を聴きながら(勿論、道交法改正前の話)。

その日も僕はGIANT FCR2に跨り、東北学院高校の近くを通って帰宅の途についていた。
日もすっかり落ちて、田んぼの中を通るその道には外灯も無く、僕はキャットアイ製のフロントライトの灯りを頼りに走っていた。田んぼの上を不規則に飛んでいる鳥がやたら多かったのを記憶している。

僕の左頬に衝撃が走る。モキュッ!という泣き声を残してその物体は飛び去ったが、僕は痛さと動揺からその場にうずくまった。幸い車は通らなかった。蝙蝠である(こう確信するまで数日を要したが・・・)。さっきから周りを蝶のように不規則な軌道で飛んでいたのは蝙蝠で、そのうちの一匹が僕と衝突したのである。
(このブログ『物体と衝突!』(2008年10月4日)参照)

僕がゾッとしたのは頬に残る爪の感触である。痕は残っているだろうか、それも気になるところではあったが、それよりももしこれが目に当たっていたら・・・と考えたら怖くて仕方がなくなった。

自転車に乗るときはサングラスをかけていたが濃度の高いものしか持っておらず、夜は視界が極端に悪くなるためかけてはいなかった。僕がその足で濃度の低いサングラス買いに行ったのは言うまでも無い。

それ以来、僕は若干トラウマのようなものを抱えている。低空飛行の鳥に体が必要以上に反応してしまう。公園の鳩の群れを見るだけで気分が悪くなる。

外出時には自転車でなくても常に何らかのアイウェアを着用するようになった。職場が仙台市の中心部に変わり、自転車通勤でなくなった今もそれは欠かせない。流石に仕事着にサングラスという文化はまだ日本には定着していないから、通勤時は伊達眼鏡ということになった。

今では流石にそこまで神経質ではなくなったが、たまに蝙蝠を見かけると思わず身構えてしまう。

***

閑話休題。このままだと暗いだけのコラムになってしまうので。

上で大学生以来ずっとコンタクトを着用しているかのように書いたが、実は眼鏡を併用していた期間もある。

何年か前に999.9(フォーナインズ)のメタルフレームを手に取ってかけてみた時に、その心地よさに感動すら覚え、その場で買ってしまったのだ。僕は衝動買いなどするようなタイプではない。999.9についてはネットや雑誌などで今流行のオシャレな眼鏡ていうぐらいの、あまりポジティブではない先入観を持っていた。流行というのはしばしば押し付けがましいものだ。
しかし実際かけてみて説明を聞いているうちにこのブランドにはその押し付けがましさが無いんだと思った。HP上の言葉を借りれば、眼鏡フレームは半完成品なのだと。その人の顔にフィットして初めて眼鏡として完成するのだと。その顧客志向に便乗し、気の済むまで何十回と試着を重ねて、視力検査を終えた頃には閉店時間を過ぎていた。

一週間後、眼鏡を手に入れた翌日にそれをかけて会社に行ったときのこと、流行に敏感な某先輩社員(愛読誌:Begin等)が僕を見るなり、それフォーナインズ?いいねぇ、なんて早速気づいてくれて、所有者の僕よりも豊富なそのブランドの知識を披露してくれた。

それからしばらく経った後、先輩も眼鏡の買い替え時期を迎えていたのであった。勿論、彼の顔にぴったりとフィットしたセルフレームのフォーナインズ。

Four Nines
http://www.fournines.co.jp/

RokiaRollingStones
(蛍狩り後編)

そんなこんなで宮城スタジアム(宮城県宮城郡利府町)を出発した僕たちは、明るいうちに蛍の群生地と言われる所(宮城県栗原市金成)に到着し、そこから数十分の一関市内(岩手県)で友達の姉が経営する喫茶店や同市内の花泉町(岩手県)で時間を潰し、辺りが暗くなり始めた頃に金成(宮城県)に戻ってきた。

その蛍の群生地というのは、小袋抱えた小トトロが歩いていそうな大きな山の中でも、シシ神が守る森の奥深くでもなく、ただの田んぼと田んぼの間の何の変哲もない用水路であった。国道4号線から降りてたったの10秒、といった所に大きな看板があり、周辺の地図に合わせてホタルの発生ポイントが記されてあった(のを明るい内に確認しておいた)。

看板近くの集会所の駐車場には車が一台だけ停められており、先客がいるらしかった。数百メートル先の暗闇には人影が見えたが「蛍狩り客」かどうかは分からない。
僕たちもそこに車を停めてそこから歩くことにした。友達が虫除けスプレーを自分にかけた後に僕にも勧めたが、僕はそれを断った。昔から虫除けをする習慣が僕には無かっただけなのだが、最近は虫にも食われなくなってきて・・・と冗談めかして本当のことを言った。

僕らは注意深く観察しながら、用水路沿いを歩いてみる。用水路の水はは僕たちの歩く舗装道路から2mぐらい下を流れていて、その両脇には鬱蒼と雑草が茂っていた。
今宵の月はヴェールがかかっていて足元を照らすには頼りない。勿論、近くには街灯などあるはずがない。しかし足元はおぼつかないが用水路のほうに体を近付けずにはいられなかった。はやる気持ちがそうさせた。

蛍の好む気候条件のはずだった。高温多湿の夜8時から9時。しかも雨が降っていてはいけない。僕たちはその揃いすぎた条件を確信の糧とし、黙々と「反応」を探した。白くて小さな花や、突然飛び立つ「普通の」虫たちにその時々騙されながら。。

ふと、それは視界の隅に入り込んできた。時間にして0.何秒だったろうか、とても短い時間だった。普通のモノであればその存在を判断するにはあまりに短い時間であったが、自ら発光するそれを他のものと見間違う筈はなかった。
数秒後、今度は確実に視点で発光を確認することが出来た。ゲンジボタルだろうかヘイケボタルだろうか、どちらなのか見分けることはできない。ゲンジボタルのほうが点滅周期が長いなどと言うが、そんなことはどうでもいい。淡く涼しげな黄緑色の懐かしい光だ。

最初に見た蛍を斥候とするかのように、さらに遠くでは他に数匹の蛍の発光を確認することができた。人が数人集まっている小さな橋の上の観賞ポイントに辿り着くまでに、どんどん発光の数も増えてきた。

それに引き寄せられるかのように人も集まってきた。観賞ポイントまで煌々と暴力的にヘッドライトを光らせ車で乗り付ける迷惑な人たち、懐中電灯で蛍を照らす子供、煙草を吸う老人・・・(ちなみにこれらは全て蛍にとって望ましくない行為なのでやめてね)。

僕たちはもっと奥まで見に行きたいという衝動に駆られ一旦は奥へと向かったが、そのあまりの遠さに引き返してきた。あるいはそれほど遠くはないが、向こうに見えた申しわけ程度の外灯がその遠さを際立たせていたのかも知れない。
引き返す途中、セントバーナード犬を散歩させる老夫婦とすれ違ったが、それは散歩というよりむしろ過酷な労働を強いられているかのようだった。体は大きくてもその好奇心はそこらの子犬と変わらない、そんな大型犬を制するために老夫婦は常に力いっぱいリードを引いていた。体長は2mぐらいあるだろうか。そもそも犬の体長はどこからどのように測るのだろうかと考えているうちに、セントバーナードは老夫婦を引いて暗闇に消えていった。

元の橋に戻ってくると発光する蛍の数は数十に増えていた。夜8時前と後では全く違う川になってる。それはささやかな光だが綺麗に点滅し、時おり共鳴しているように見えた。
川沿いの茂みの群れの中からは時折何匹か迷い出して、田んぼや近くの民家に飛んでいくものも現れた。油断していると僕の頭上を飛んでいったりすることもあった。

と、そのとき。






ロキアの走るブログ-残酷なメイちゃん

まさにこんな瞬間が訪れた。



僕は、メイちゃんのように「パンッ」
ってはしなかったけど(笑)



ゆっくりと両手の膨らみの中に納めることに成功した。
捕まえてしまったという言い方の方が正しいかも知れない。
ゴメン・・・許してたも・・・

手を広げてもその源氏か平家か見分けの付かない(というかこちらが見分ける術を持っていないだけなのだが)蛍はしばらく飛び立つことも無く、僕の手の平から手の甲や指先に至るまで立ち止まることなく歩きまわった。
僕の手を何か草木のような障害物とでも思ったのだろうか。それは何か確かめるような足取りだった。僕は虫除けスプレーをかけていなくて本当に良かったと思った。

そして無事に飛び立って群の下へと帰っていった。
群の光は共鳴してはぐれた仲間を呼び寄せるように点滅していた。
僕はカラダの何箇所かに既に痒みを感じ始めていた。

(mixi掲載分を再掲しました)



※ゲンジボタル生息地の北限については諸説あり、宮城県栗原市金成はその内の一つとして国土交通省のサイトで紹介されています
http://www.thr.mlit.go.jp/karyuu/03yakudachi_menu/ryuiki_topics/11_12.htm

※ちなみに秋田にもゲンジボタルが生息しているという情報はコチラ
秋田市環境企画課「ホタルマップを作ろう」
http://www.city.akita.akita.jp/city/ev/rc/hotaru/21hotaru.htm


RokiaRollingStones
此処は宮城・岩手県境の某所

僕たちは田んぼの中の小さな農業用水路沿いを歩き、薄暗い草むらの中に目をやっていた。今のところ何も見つけることはできていない。
三日月は霧状の雲に覆われて明瞭な輪郭は失われていたが、それよりも一回り大きな薄い光に包まれている。湿度が高い証拠だ。気温は23度とさっき国道4号線の表示板にあった。
普段であればうんざりするような気温と湿度。。
しかしそれらの数字は今の僕たちにとって重要な意味を持っている。

話は4時間ほど遡る。
ベガルタ仙台の宮城スタジアム今期最終戦を観戦し終えた僕たちは、第7駐車場を出る車の一群の中にいて試合内容について振り返ったり、駐車場の構造について不満を言ったり(多くは主に後者を)していた。
宮城スタジアムの第7駐車場は広い割りには入り口が狭く、車を出すための大渋滞が起きることから人々から敬遠されている、とインターネットには書き込まれていた。駐車場から早く出るには車の出しやすい所に止めるために早めにスタジアムに来る必要があったが、今回はそれをしなった。これは40分コースだな、とまるでタクシー運転手のように友達は呟いた。

一通り試合についての話などが終わると、ふいに友達が蛍を見に行こうと言い出した。急に思い立ったかあるいは前もって計画していたのかも知れない。僕はその提案に賛同した後に、「金成に」と言われてそこまでの所要時間を直ぐには算出することはできなかった。宮城だったか岩手だったかどっちだか分からないけど、県境だったかなぐらいの知識しかない。宮城に住み始めて10数年も経つというのに、僕は仙台以外の地理には全く疎いのだ。

友達曰く、蛍を見るならゲンジボタルのほうがいい、実家の近くにゲンジボタルの生息地の北限と言われるところがある、この機を逃したら来週には雨で見れなくなっているかも知れない、と。確かにゲンジボタルの発光期間は短いし、この梅雨時に来週末も晴れてくれる保障は何もなかった。

僕はこれまで蛍の種類など特に気にしたことはなかったが、子供の頃から見たり捕まえたりしていた蛍はおそらくヘイケボタルだったのだろう。岩手・宮城県境の金成がゲンジボタルの北限であれば、秋田の中部にはまず生息していない(※後に秋田にもゲンジボタルは生息していることが分かったが、この時は知る由も無かった)。
ゲンジボタルはヘイケボタルに比べて、一般的に体長が二倍あり動きも素早いなどの見た目上の違いがある。と友達は教えてくれた。

というわけで僕にとっては初めて(?)のゲンジボタルを見に、見知らぬ土地へ行くことになった。

2時間コース、と友達は言った。そう言えば駐車場を出るのもほぼ正確に40分かかったので、今回も間違いなく2時間になるだろう。勿論、片道の話だ。

いつも実家に帰るのとは違う道を通ってみる、と友達。せっかく僕が乗っているので冒険心が急に頭をもたげたということだ。別に僕に地図を見てナビをして欲しいなどではなく、「道連れ」が居るので迷ったとしても安心するらしい。冒険結構。そうして人類は道を切り開いてきた。しかしそもそもこの車には地図なんて無い。

ふいに光GENJIの話になった。
ゲンジボタルの話をしていたから?・・・というわけではない(笑)
僕らは共に子供の頃から周りに影響されよくレコードを聴き込んでいたグループだ。
STAR LIGHT、ガラスの十代、パラダイス銀河、太陽がいっぱい、…今でも歌える曲も多い。
タイトルを思い出せない曲があった。アルバム曲だろうか。。

♪乗り込んだ船の名は・・・ 何だっけ?

(続く)

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