真夜中の森林公園の真っ暗な山道を走るのが好きである。特にこの季節は快適なことこの上ない。涼しいことも勿論あるが、暗い道を走ると疾走感がぜんぜん違うのだ。


夜に走ることの利点に比べたら気味の悪さなんて何でもない。そもそもお化けの類を信じていないのだから。
怪談なんて退屈だし、ホラー映画はたいてい効果音とタイミングで驚かせているに過ぎないと思ってる。


しかし僕自身、心霊体験というものが全くないわけではない。むしろ人よりあるほうだ。

子供の頃から金縛りは幾度となく経験しているし、実家で寝ているときには夜中に見知らぬ子供(のようなもの)に馬乗りされたこともある。手首をつかまれたそのときの感触は今でも覚えている。
勿論そのときはとても怖くて、それが起きた午前2時過ぎから朝まで一睡も出来なかった。

そんな金縛りなんてしょっちゅうだったので、解き方も自分なりに編み出した。僕の場合は首の自由を取り戻してから、上半身から足先へと麻痺を解除していく。

一番難儀だった体験は、学生のときに山形蔵王の山荘に泊りがけでスキーに行ったときのこと。半日ぐらい夢中で滑って、日が落ちた後も友達を置いて一人で滑っていた。
そしたら山荘へ登る最後のゴンドラを逃してしまう。困って山荘に電話したらスタッフがスノーモービルで迎えに来てくれた。暗くなったゲレンデを二人乗りで登っていった。途中で振り落とされたりもしながら。
そんなんでヘトヘトになって宿に着いて、ご飯や風呂もそこそこに眠りについてしまう。

4人部屋10畳ぐらいで側面に押入れのような感じで2段ベッドが2つ据え付けた構造で、それぞれのベッドにはしっかりとカーテンがかかっている。僕は一段目に寝ていた。


ドアノブのガチャッという音で起きたのかそれより前に起きていたのか、とにかく意識はハッキリしていた。誰かが部屋に入ってきたのが分かる。ベッドに戻ることなく真ん中の卓袱台で何かをしているようだったので、この部屋の友達ではないのかなぁなんて思っていた。そこで僕は金縛りにかかっていることに気づく。

その誰かは何故か卓袱台の周りをまわっている。自分のベッドのカーテンを閉じて目もつぶっていたのだがそれは分かる。不思議と足音がしなくて平行移動していることが分かって、それが人ではないと気づく。依然として金縛りは解けない。ヤバイと思ったときにそいつは僕に気づく。ぐるぐる回ってた動きを止める。僕の来るなという思いとは背反してそいつは近づいてきた。

ふわっとした重い感触とでもいうのだろうか、僕の足先にそれは乗ってくる。布団をかけているはずだが肌に直接ずっしりと感触があった。それからゆっくりと僕の頭のほうへ動き出す。金縛りが解けない解けない解けない。
一定の圧力を僕の身体にかけながら止まることなく登ってくる。ざわざわと。やっと首を振ることができた時にはもう僕の胸の上にいた。横を向いていた僕の首から耳にかけて覆いかぶさる。と共に今まで聞いたことがないような声で「アアアァァ…」と。そこで金縛りが解けた。

決して夢ではなかった。僕はこれを雪男のお化けの体験と名付けた。


しかし今では、僕が体験してきたことであってもそれが心霊の類であるとは思っていない。

なぜかと言うとそういった体験は、僕の肉体や精神が極限状態のときに起きているからである。

つまり僕の中だけで起きていることに過ぎず、「それ」らは存在していないということ。

このように理解したのは20代になってからだけれども。


それから不思議とそういった体験をしなくなった。


(mixi掲載分を再掲しました)

RokiaRollingStones

空飛ぶ夢を見たことがあるという人は多いだろう。

僕も子供の頃はよく飛んでいた。
体がひとりでに浮いていく風船タイプの時もあれば、空高くまでジャンプして空中を移動できたりする舞空術タイプの時もある。他の飛び方もあったかも知れない。

ただ中学あたりから決まった飛び方がある。
その飛び方はこうだ。
まず走る。助走が必要なのだ。
そしてジャンプする。
そのままの速度で滞空し続ける。これが飛行状態。
そして自分のタイミングで(または気を抜いたら)着地する。

難点もあって、高度が自由に決められない。
最初のジャンプの高さに決まってしまうため、地上数十センチの高さで飛行することになる。早さも同じように飛び出しの速度で決まる。
飛び出し角度も重要で、基本は走り幅跳びの角度なのだが、高すぎず低すぎない絶妙なポイントを付かないと成功しない。
そのうえ、飛行中は方向転換が出来ないとくる。

現実的な制約だらけだ。
幼年期に文字通り空を飛んでいた頃からすれば、かなりのダウングレードである。

飛ぶことの魅力はバーティカルな方向のほうが大きいものだ、と改めて思う。

だが今の飛び方でも、これはこれでなかなか気持ちが良い。
飛行中はあまり体力を使うこともない。
しかもこれだけ短所を心得ていれば、スキルアップによって克服することも可能だ。方向転換は一旦着地し、その足で別の方向を蹴り出せば良い。
空を飛ぶとまでは言えないが、飛行する事に関しては上手くなってきた。

今のところ飛ぶことが出来るのは僕だけなのだが、周りからは特にこの件に関して奇異の目で見られることはない。
近所のおばちゃんに至っては、また飛んでるの?などと若干あきれ気味ですらある。
しかし初めて見た人はリスペクトの目で僕を見てくれる。

例えて言うならば、セグウェイに乗って街中を移動している感じ。


(mixi掲載分を再掲しました)

RokiaRollingStones

ボウリングが嫌いである。


苦手というレベルではなく、嫌いなのである。
英語で表現すれば "I hate bowling."、
仏語では "je n'aime pas le bowling." である。


決して競技として批判しているのではない。

また、ボウリング場特有の盛り上がらなければならない雰囲気が嫌い、という人もいるがそれも違う。

どんな競技でも誰だって初心者の状態から始まる。

そこからハマって上達していくか、初心者レベルそのままで無関心に転化していくか、飽きるかは人それぞれである。
僕は初心者の時に、もうやりたくないと思ったのである。


***


4,5年前の話、ボウリング大会というものに出たことがある。

ボウリング経験は殆どなかったのだが、会社の付き合いということで断ることもできず参加。
総勢40人を数えた参加者はその日はちょっと早めに仕事を終え、マイクロバスに乗り込んで郊外のボウリング場に向かった。


大会は2ゲームの合計スコアを競う。


1ゲーム目、僕のスコアは他の誰よりも際立っていた。勿論、下にである。

どうやらこの会社はボウリングが盛んであるらしく、皆ちゃんとしたフォームで投げていた。これはエラい所に来てしまったもんだ。
1ゲーム目終了時点で10台ほど並んだモニターをざっと見たところ「ぶっちぎり」の最下位である。

自慢ではないが、子供の頃から最下位だけは取ったことがない。

それに一番近づいたのが小学の頃のスキー部(アルペン競技)であったが、それでも大会の成績は下位グループながら最下位だけは取ったことはない。これは由々しき事態である。


2ゲーム目、僕は周りを見ながら何度もフォームを修正したり球の重さを変えたりしたが、どれもこれも裏目に出るばかり。遥か向こうに見える子供用のガーター防止のレールが羨ましく見えた。やはり僕の最下位は揺るがない。


そして表彰式。
僕には何の栄誉も施しも慰めすら貰えない、はずだった。
しかし予想に反して僕の名前が呼ばれる。ブービー賞。最下位から2番目に与えられるという日本独特の賞である(海外では最下位を示す)。


発表後にざわめきや驚きが少なからず聞こえたが、一番驚いたのは僕自身である。しかし何で?などという疑問は、最下位を免れた安堵というものに掻き消されていた。既に既にゲーム中に(その年一年分程の)恥を晒し切った僕は、臆面もなくブービー賞の賞品「カプチーノクリーマー」を貰った。


しかし、スコアが配られて僕は愕然とする。
一見、下位2名の突出した争いの中で僕が僅かに上回っているように見えるのだが、最下位の人の2ゲーム目のスコアが0だったである。
聞くところによると、仕事か何かで途中で帰った人がいるとのこと。

僕は「実質最下位」なのだった。


***


後日その大会結果が、開催されたボウリング場のHPに掲載されていた。

レーンをバックに成績上位3名の移った写真、そして僕の名前が下から2番目に載っているスコア表。なんとそのHPでは、開催された大会の結果は過去2年分を載せているのである。


しばらくの間、僕の名前をぐぐってみると検索上位にそのHPがランクインしていた。

それが僕のボウリング嫌いに拍車をかけた。


(mixi掲載分を再掲しました)
RokiaRollingStones