イラン人から教わったこと | As long as I live...

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*旧ブログ名:The sky where I am
日々思ったことを気まぐれに書きます。私は何をしたいのか・・・どこへ行きたいのか・・・不安定なこの時代,自分とは何か。を見つけていきたい。


こんにちは、迷い星です。

夏風邪をひきました(^^;;
今年の風邪は症状は酷くはないものの、長引くようです。
みなさんも気を付けてくださいね!



ふと、思い出したんですが。

私がまだ留学をしていたとき。
イラン人の女の子の友達と仲良くさせていただいたんですが、その子が

「迷い星は自分は幸せだと思う?」

と問いかけてきたんです。
私は「ん~あんまりかな~」
なんて深く考えず答えたんですか、その子は私の答えに、


「何で幸せじゃないの?私達は幸せだよ!世界には不憫な暮らしをしいられている人がたくさんいるんだよ!こんな裕福に生活できる人なんて、世界から見たら一握りなんだよ!」


と、言われました。
私は「あぁ…そうだなぁ」としんみり考えさせられた出来事でした。

おそらく、同じ質問をされたら、日本人は殆どの人が私と同じように答えるんじゃないでしょうか?


私達は、何不自由なく食べ物が食べられて、字の読み書きができて、水が当たり前に飲めて、当たり前に学校に行ける。


それが当たり前になってしまって、いつしかそれ以上のものを求めて、理想が高くなり、幸せを感じるハードルを自ら高めてしまったのかな…と思いました。


もう一度、自分の生活を見直してみる、いい出来事でした。

今、彼女のあの言葉を思い出したのは、きっと私はまた当たり前の幸せを忘れてしまったから。
自分は幸せなんだと感じなさいと、誰かが言っているのかもしれません。



この世界は、私達のような不自由のない生活ができる人はほんの一握りしかいません。
食べるものがない人がたくさんいます。
きれいな水を飲めない人がたくさんいます。
家族がいない人がたくさんいます。
読み書きができない人がたくさんいます。
学校にいけない人がたくさんいます。


ここでまた違った方向から見てみると、不思議なことに、彼らは自分達を不幸だと感じていない人もいます。
それはたぶん些細なことでも幸せだと思えるから。
私がいつだか詩に書いた「心の中の光」が強く燃えているんでしょうね。


幸せが溢れるなかに生きているのに幸せを感じられない私達。

不自由な生活のなかで生きているのに幸せを感じられる人達。


「あなたは幸せですか?」

ん~…考えさせられます。

「本当の幸せ」と「私達が想い描く幸せ」はイコールではないような気がします。

「想い描く幸せ」=「理想」
かな?


私達は幸せなんだよと…

何より、こうして、インターネットができるなんて、至極幸せなことじゃありませんか。