顎が外れた話。二股記憶 | 聞き捨てならん!!

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物で溢れている。
もう何もいらない。
捨てたい。捨てさせてくれぃ!

顎が外れたときの記憶を呼び起こしてみたら
結果の記憶が二つあるのよね・・・。

でも顎を外したのは一回だけだと思う。
もう一回外したんだろうか。

中高年になってくると皆さんきっと同じだと思うんですが
自分の記憶に自信がなくなってくるのです。
二つの出来事をひとつの出来事として合成してしまっていたり
ひとつの出来事をバラバラの出来事として分割してしまったり。
いやいやそんな馬鹿なことあるか、と思われますでしょうかね。
伊集院光さんはこのことを「記憶の捏造」と表現しています。
私にも記憶の捏造が起こっているかもしれません。
できるだけ思い出して書きたいと思いますが・・・。





記憶の中の家の風景からして
それは私が就学前のことだ。
たぶん4才とか5才だと思う。

幼児の私は布団の中で目を覚ました。
まだ起きない。
布団の中であくびをしたらなんかおかしくなった。
顎が外れるという現象を知らないから頭の中は?マークだらけ。

痛かったと思う。
うちの母親は、私が泣いたり騒いだりするのを嫌う人だったので
幼児の私はこの事態は泣いたり騒いだりせずに自分でなんとかしなくては!と思ったはずだ。
だって、そんな一大事なのに隣に気配のする母親のところには飛んでいかなかったんだもの。

とても痛いけれど、痛くなくなるワザみたいのを発見した。
そう。口をもっと開けようとすると痛くなかったのだ。
これはラッキー!いいこと知った。
というわけでちからいっぱい口を開け続けた私。
しかし、開け続けているうちに顎がだるくなってきて痛いのと同じくらい辛くなった。
力を緩めると顎の外れた痛みが襲ってくる。
力を緩めかけたりまた精一杯開けたりを繰り返していたと思う。


ヨダレがすごく出てもいる。
顎が外れたことのある方はヨダレが出ることはよくわかると思う。
痛みとだるい辛さとヨダレの波状攻撃でとうとう私は泣いた。
幼児には超えることのできない壁だ。
泣きながら隣の部屋に通じるフスマを開けた。

父と母が食卓を囲んでいた。
顎が外れたことのある方はわかっていただけると思うけれど
顎が外れると喋ることができない。
いや、できるけれど、「学級文庫」状態なわけだよ。
泣きながら痛いこととなにかわけのわからないことが私に起こっていると言ったと思う。

母親から「朝からふざけるな!」と頭を叩かれた。
かなり経ってから父親は私の様子がおかしいと思ったようだ。
顎を外したことのある方はわかると思いますが、
自分の顎が外れているとは伝えられないものなんですね。
ましてこのときは自分は子供だったこともあるし
顎を外したということが自分でわかってないからただヨダレを流してひたすら学級文庫状態だったわけです。
今だったら紙に書いて伝えるでしょうし
家族がアテにならないとわかっていたらとっととFAXによる119の救助を求めるでしょう。



で。
ここから記憶が分裂してる。





父が幼児の私の頭頂部と顎を強く押しこんで顎を元に戻した場面と
白衣のお医者さんから顎が外れないための注意事項を聞いてる高校生の私と。




私は高校生のときにも顎を外したんだろうか。
それは覚えていない。