出発が6時半と聞いて、早々に朝食を済ませてから部屋に戻り歯磨きしてからスーツケースを持って外に出ると、STさんとKNさんが各部屋の外に出してあるスーツケースをロッジの入口に運んでいる所でした。昨晩同様私は自分で1階までスーツケースを運びました。私はここで水津さんにストックを預けました。STさんが空港でアンナさんにスーツケースと同じ荷物だと職員に説明して検査を通してくれたようでした。スーツケースは荷物を運ぶトラックがバスが出発するより前に空港に運ぶので部屋からは午前6時には出さなくてはなりませんでした。それで朝食が午前5時だった理由が分かりました。しかし荷物を運ぶトラックが空港に到着した時間はバスより遅れたので不思議でした。やたら形式ばかりに煩いロシアなので、荷物は別の場所で検査をしていたのかなとか色々考えてしまいました。
早く部屋を出たので出発の午前6時15分くらいにロッジの出入口にある木製の椅子に座ってツアーメンバーが出てくるのを待っていました。早朝のせいか空気が冷たくて気持ちの良い朝でした。KNさんがロッジの入口の反対側にある東屋で煙草を吸っていたので、そこに行って少し話しをしました。
KNさんにこれからのツアーの予定を聞くと「予定が決まっています」という返事でした。「何が大変ですか」という質問をすると「登山ツアーが連続して眠れないようなスケジュールで翌朝現地に行くというのがあって、そういう時はきついです」と流石に登山名人も疲れる時があるのだと知りました。
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                                                ( 早朝のロッジのロビー )
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                 ( ロッジのロビーにある日本語の書いてある鏡 )
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アバチャ山登山で疲れていたのと温泉の入浴で疲れが加わったせいか、この日は眠りが浅いと自分でも感じながら寝たので、明け方に確かにドアをノックしたような音が聞こえてからハッとして目が覚めて腕時計を見ると午前5時20分でした。
「MMさん大変です、起きる時間が遅れました」と声を上げてベッドから飛び起きて部屋の電灯のスイッチを入れました。MMさんは完全に寝ていたのか「うーん」とうなるばかりで直ぐに体を起こそうとはしませんでした。
私は慌てて髭を剃ってから顔を洗い、時計を見ると午前5時半になっていました。洗面所から部屋に戻るとMMさんはようやくベッドから起きだしたばかりでしたが「先に食堂に行っています」と一方的に言葉を投げつけて食堂に行きました。
私は時間に遅れたのかと思って焦って食堂に入ると誰も来ていませんでした。他の人も昨晩酒を飲みすぎて起きるのが遅くなったのが分かりました。それでも5・6分もするとぞろぞろと眠い目をこすってツアーメンバーが現われました。
朝早いので準備するのか大変だったせいかどうか分かりませんでしたが、この日の朝食はマッシュポテトとソーセージ1本という簡素なものでした。パンもありましたが、1枚で十分のような気がしました。しかしツアーメンバーには量的に不足と思う人はパンを何枚も食べている人もいました。
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部屋に戻っても食事までの時間は十分あったのでスーツケースに入れる荷物とリュックサックに入れる荷物を仕分けしました。リュックサックはカメラと上着だけにして、後は全部スーツケースにいれるようにしました。ウォッカ3本は汗のしみ込んだ下着やシャツで包んで割れないようにしていれたのですが、お菓子は割れやすいのでいれるのに苦労しました。お菓子の方は、帰国後スーツケースを開けるとかなり壊れていたものもありました。出発する時に緩衝材を持参するべきだったと反省をしながら詰め込んでいました。
それにストックは飛行機の機内持込が出来ないと思っていなかったのでリュックサックの横に差していましたが、翌日STさんから持ち込みできないと言われ、空港で一旦は持ち込み荷物に紛れ込ませてから空港内でスーツケースに入れました。この時は自分の不注意を恥ずかしく思いました。
今回の旅行が4泊5日と短いので小さめのスーツケースを持参したのですが、MMさんは10日以上の旅行用と思えるような大きなスーツケースを持参していました。そんな大きなスーツケースなので何でもかんでも放りこんでしまえば済んでしまうと思いましたが、私よりは荷物を詰め込むのに時間が掛かっていました。
 
夕方午後8時半過ぎに食堂に行きました。食堂に行くと時間が遅いせいか、我々のツアーメンバーの分しか食事をする準備がしてありませんでした。それに照明は最低限の明かりしか点灯していないのでやけに薄暗いような気がしました。テーブルの両端近くにある天井の小さな丸いランプだけが点灯していました。
テーブルの座席も少し混乱がありました。一部の人が先日座った席を替わっていたのが原因でした。夫婦単位とか仲間単位で固まって座ったのですが、一部のグループの人は先日座った場所を変えていました。MTさんとMZさんは私の左側に座り、右側にはMMさんが座って、MMさんの横には席を替わったSTさんが座っていました。座る席は自由でしたが、少しの気遣いで混乱しなくても済むのをわざわざ混乱させたのは気ままな年配者が多いからだろうと思いました。
この時MMさんは1.5リットルの大きなペットボトルに入ったビールを持参して座りました。こんなに大きなペットボトルの麦酒をテーブルの上に置いたので最初は他人に振舞うつもりなのかと思いましたが、結局全部自分で飲んでしまいました。山小屋にも500ミリリットルの麦酒をスーパーで購入して5本持参していましたが、この日は最後の日だというので大盤振る舞いをしたのかと思いました。横に座ったSTさんは500ミリリットルlの麦酒一本でした。MMさんはSTさんにこの1.5リットルの麦酒のボトルを見せて自慢をしたいようでした。大酒飲みの大会でもないので他人にひけからす必要はないと思いましたが、酒飲みとしては自分が大酒飲みであることを知って欲しいということなのかと思いました。
それにMMさんは「今回の旅行費用は家計の中から出してくれました」とか「家族は私がいないのが楽しいようです」と言って、自分が如何に家族から嫌われているかというようなことを自慢しているようでした。酒に酔ってそういう言動になったのかどうか分かりませんが、聞いている人を笑わせたいのでそういう風にわざと言っているのかとしか思えませんでした。
MTさんとMZさんは壜の麦酒を飲んでいましたが、MZさんが「麦酒が足りないから買ってきて」とMTさんにねだるとMTさんはロビーまで行って買いに行きました。二人の微妙な関係が分かるような会話でした。
最後の質素な夕食でしたが食べ終わると、アンナさんがアバチャ山登山証明書を一人一人に名前を読み上げながら渡してくれました。名前はアンナさんがロシア語で自筆したと言っていました。証明書のボールペンの文字を見ると女性らしい丸っこい字だったのが印象に残りました。又、27名もいるのでロシア語で間違いなく書くのも大変だったろうと思いました。
アンナさんと少しは親しくなったので、酒の勢いでアンナさんに抱きついて証明書を貰う男性もいました。あまり行儀のよいものではありませんでしたが、ツアーも最後の日だという開放感がそういう羽目を外す行動をさせているようでした。
最後にSTさんから「翌日は朝食が5時半です」と言うと一同から「えー・・・」という喚声が上がりました。空港での出国検査に時間が掛かるので早いのだということでした。「ドアノックは午前5時です」と言われて少し不安になりました。そういうスケジュールならば早く寝ようと思って、午後10時に夕食が終わると早々にベッドに入りました。
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エリゾボからパラトゥンカ温泉郷までは30分も掛からない筈でしたが車が渋滞していました、不思議に思いながらゆっくり走るバスの車窓から見えたのは横転した車でした。車の事故で一方通行になり渋滞をしていたことが分かりました。しかし見事に車が横倒しになっていて、見晴らしの良い直線道路でしたが不思議でした。事故のお陰でパラトゥンカ温泉郷のフラミンゴに到着したのは午後7時くらいになってしまいました。
入口右横にある受付の前でSTさんとKNさんが部屋割りをしました。先日の部屋割りとは異なり、この日は2階の一番奥の部屋に男二人組とMMさんと私の男ばかりの四人が二部屋で宿泊することになりました。男ばかりなので先日よりは気が楽になりました。洗面所のドアを開けるとトイレを使っていても男なので「すみません」と言ってドアを閉めれば済ませられるので気楽でしたが、そう思っていたのは私だけかもしれませんでした。
1階のスキー用具を保管していた部屋に預けていたスーツケースをSTさんとKNさんが各部屋に運んでいたので、運んでもらうのに申し訳なく思ったのと早く温泉に入りたいので、私は自分のスーツケースは自分で二階まで運びました。
部屋に入って燻製を冷蔵庫に入れなくてはならないというので、隣の部屋にあった冷蔵庫に買った燻製を入れさせてもらいました。真空パックなので神経質になる必要はないと思いましたが、安心したいために冷やしておきたいという気持ちだけでした。冷蔵庫は電源が切れていたので本当に冷えるか心配でしたが、翌日取り出すとちゃんと冷えていましたので一安心しました。
この日は夕食の時間は8時半と遅めでした。食事の時間までに1時間以上もあるので、食事前に温泉に行くことになっていました。山小屋で2泊した間は風呂に入っていないので、早く体を洗いたいと思ってスーツケースを開けて先日温泉に行った時に使ったままで濡れた冷たいタオルと水着を出しました。それに着替えとか石鹸・シャンプーをビニール袋にひとまとめにしてサンダルを履いてさっさと温泉に向いました。MMさんは山小屋で髭を剃らなかったと言って髭剃りも持参すると言っていました。
この時、隣室の2人組みの男が「共用のバスタブのシャワーを使っていいいか」と聞いてきたので「どうぞ」と答えました。彼らは温泉ではなくて室内のシャワーで体を洗っていたようでした。STさんは「シャワーの数が少ないので温泉にあるシャワーと使って下さい」と言っていたので、この時も私は温泉のロッカー室横にあるシャワー室で体を洗うことにしました。
先日温泉に行った時は夜も遅く真っ暗だったのですが、この日は曇天でしたが明るいし温泉の場所も分かっていたので歩くも楽でした。明るいので先日夜に光っていた長い線状のイルミネーションは点灯していませんでした。
温泉に行くと先日は違う年配の女性が管理をしていました。その女性から鍵を貰い、ロッカー室で水着に着替えてシャワーで体と頭を洗うと二日ぶりに石鹸を使って汚れが落ちたのですっきりしたような気分になりました。
体と頭を洗ってから温泉に行くともうツアーメンバーの10人以上が温泉に浸かっているのが廊下から見えました。大きなプールには先日と同じく一杯の温泉が入っていましたが、もう一つの方は新しい温泉を入れている最中で水位が低く体を横に寝かさないと浸かれないほどでしたが、STさんとKNさんが横になって浸かっていました。
先日入浴した満水の大きな方のプールに入ると、緑色の苔らしきものが多数漂っているのが見えて驚きました。温泉水は循環していないので自然に発生しているようでしたが、見た目には余り気持ちの良いものではありませんでした。先日温泉に入った時は夜だったので藻が見えないので気持ちがいいと思ったのですが、藻が漂っているのが見えるとそういう気持ちは無くなりました。暫くこの藻が漂う温泉に浸かってから、綺麗そうに見える隣の水位の低いプールに移動しました。STさんとKNさんは水位が低いプールに何故浸かっているのか不思議でしたが、藻が漂っているのを見ると綺麗そうな方に行きたくなるのは人情だろうと思いました。
プールの底が傾いていて端が若干深くなっているので体を横たえると丁度湯が体をかぶりました。私はKNさんがと並んで体を横たえました。KNさんに温泉の種類を質問すると「硫黄の単純泉でしょう」と説明していました。微かに硫黄の臭いがするので温泉だとわかる程度でした。アバチャ山で両肘に怪我をしていたのですが、時間が経過していて薄いかさぶたが出来ていたので、温泉に入っても傷口が痛いということはありませんでした。この水位の低い方は少しばかり温度が高いので暫くすると体が火照ってきたので、プールから出てプールサイドに置いてある木製のベンチに腰掛けました。
ベンチにはSTさんが座って休んでいたので、私は先日のアバチャ山でリュックを持ってもらった御礼を言ってから「今月はこれからどんな仕事があるのですか」と質問すると「今月はこれで終わりです。好きな岩登りにでも行こうかと思っています」と答えました。海外には10月以降に予定が入っているそうでした。STさんは登山が好きだと言うだけあって体は無駄な筋肉がついていなので、私のぶよぶよした体とは大違いだと思いました。
STさんと少し話をしたら、体が冷めてきたのでロッカー室に戻って下着のシャツ姿でロッジの部屋に戻りました。鍵を管理人のおばさんに戻す時に覚えたばかりのロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」と言うと全く理解できないロシアで返事をしながら鍵を元の場所に戻していました。
外に出ると少しばかり冷たく感じたられる空気が気持ちよく、何時もは風呂に長時間浸かる癖がないので体が疲れたような気がしてだるいような感じでした。
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                                              ( 温泉プールのある建物のロビー )
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                ( 左側のプールに沢山の藻が漂っていました )
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有料トイレを出発してから数分走り、見覚えのあるスーパーの工事現場の前の駐車場にバスは停車しました。
スーパーの裏口から入ると皆がウォッカ売場に殺到しました。アンナさんがお勧めの順番を示してくれたので買うのは分かりやすかったのですが、最低でも500mlのものしかないのがツアーメンバーの不満でした。お土産用に少ない量のものが欲しい人ばかりでしたが、外国の観光客がめったに来ないスーパーではそういう品揃えは無理だろうと思いました。お勧めのウォッカは500mlで1800円位でしたので、そんなに安いとは思えませんでした。それでも買う人が続出して、このアンナさんお勧めのウォッカは殆ど売れて、最初棚には14・5本あったのが数本しか残りませんでした。お土産なので皆奮発して購入していました。
このウォッカを酒好きの人に飲んでもらった印象は「うまいとか、まずいじゃあないですね。単にアルコール度が高いさらっとしたものでした」という感想でしたので、帰国後に苦労して買ったかいが無いというのが分かりました。
この酒売場はルーブルしか使えないというので持ち合わせのルーブルの殆どを使ってしまうと、お菓子を買うルーブルが無くなりカード払いをしたいとアンナさんに説明しました。アンナさんはレジで説明しますと言ってくれたので安心してお土産用にカムチャッカ製のお菓子や缶詰を買いました。
カムチャッカ製のお菓子はビニール袋に入ったものや、発泡スチロールのトレイに並べてラップで包装してある簡素なものばかりでした。そういうものばかりをアンナさんに選んでもらって買物籠が一杯になる程買い込みました。アンナさんと一緒にレジに行くと、レジの女性は現金で買える分だけとカードで買うものを仕分けました。
現金で買えるものだけの領収書とお釣りの小銭を渡してから、カード払いの処理をしてくれました。カードはちゃんと使えてサインは日本語で書いてレジの女性に渡しましたが、この時控えをもらえないもが一抹の不安になりました。後でアンナに尋ねると「ロシアでは控えは出ません」と言われても納得はできませんでした。帰国後カード会社の請求明細にはちゃんとした金額が記載されていましたので安心すると同時に、僅か数百円の金額でしたので物価が安いのにも驚きました。
最後の僅かのお釣りはアンナさんに「チップです」と言って渡してレジを出ると、STさんとKNさんが待っていて私がスーパーでも最後の買物客だと言うのが分かりました。両手にお土産を持ってバスに乗り、午後6時位に宿泊するパラトゥンカ温泉郷に向いました。
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市場と民芸品店で買物を終えると1時間ほど掛かり、午後5時くらいになっていました。ここかバスは少し走って有料トイレに立ち寄りました。大きな建物の裏ように思えたので、何かの施設かと思って建物をみても分かりませんでした。料金所でアンナさんは「料金は私が払います」と言ってトイレに入る人数を数えていました。
トイレは清潔でしたが、だだっ広い理由が分かりませんでした。ロシアは何でも大きなものが好まれるのかと体の大きなロシア人を想像しました。
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アンナさんは民芸品店にも行きますと言って、市場の横にあるお土産品店に行きました。「小さな店なので全員が入れないかもしれません。入れ替わりでお願いします」と注意をされたのですが、結局は小さいながらほぼ全員が店に入りました。ツアーメンバーで混み合う中、アンナさんはツアーメンバーから商品に書いてあるロシア語や中身を次から次へと質問されるので忙しく大変でした。
民芸品店の中は所狭しと、ありとあらゆる商品が陳列してあって驚きました。しかし一つ一つの物は小さい物が多いので、特に土産物を決めていない人は物を探すのが大変だろうと思いました。カレンダーは既に8月なのに今年カレンダーが売っていました。普通ならばセールで安くするところを、そういう事もしないで普通に写真集ということで販売をしているようでした。
私はカムチャッカの山や自然を紹介したDVDを購入したいと思って、DVDの積んである棚から一つ取り出して内容をアンナさんに質問すると「それは民謡の紹介です」と言って、店の人にロシア語で私の要望を伝えてくれたので、店の人が私にDVDを選んで渡してくれました。DVDは米ドルでも買えると電卓を見せられたので10ドルを渡しました。
この店では米ドルで買えるものとルーブルでしか買えないものがあるようでした。店の商品を見ているとレジのある中央の硝子の陳列棚の上にカムチャッカの地図があったので値段を聞くと350ルーブルで米ドルでは買えないということでした。少し高いなと思いましたが、お土産として欲しいと思って購入しました。
私が土産屋を出たのはツアーメンバーの買物も終わりかけた頃だったので、急いで道路に出て店の外観を見ると、外国人から見たらおとても土産屋とは思えないような店構えに見えました。
それにこの通りは一昨日下見に来た時の市場の入口とは違うように思えました。この入口が面した通りは人出がありましたので、こちらがメインストリートだろうと思えました。
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午後4時にエリゾボの市場にバスが到着しました。市場の鉄格子の門から中を見ると、店は休みの筈なのに所々で店を開いているのが見えました。
月曜日は市場は休みですとアンナさんから聞いていたのでツアーメンバーが「あれっ、店が開いているよ。休みじゃあなかったの・・・」と異口同音に疑問の言葉を発するので、アンナさんが「お金が欲しいので開いているのです」と言ったので理解ができました。金儲けという資本主義が見事に実践されているのが市場だというのも理解することが出来ました。
入口付近の野菜を売る店が沢山開いていたので、生鮮食品の店は需要があるので開いているのだろうと思わせました。我々が燻製といくらを売る店に向う途中にあるおもちゃや洋服等を売る雑貨店は殆どが閉店していました。市場の中で野菜を売るおばさんを撮影しようとするとポーズをとってくれて、撮影が終わると周りのおばさんと大笑いをしていました。言葉が分からないので何のことやらと思いながら、手を振ってお礼を言って市場の道を奥に向いました。
市場を奥手らしい場所に歩いて、閉まっている店の先には燻製やいくらを売る店がぽつぽつと開店していたので、先だって予約をしなくても燻製やいくらは買えたのではないかと思いました。しかしながら添乗員の立場としては確実に買えるように店主に開店の依頼をしたのだろうと思いました。開店をしてもらった店は一ヶ月ほど前の同じツアーのブログでも写真が出ていたので、店側にとっては日本人のツアーからの依頼というので段取りは馴れていたのではないかと思いました。
いくら屋さんと燻製屋さんの前は日本人29人が取り囲んだので一時の賑わいを見せることになりました。燻製は半身と一匹のものがあって、真空パックされた半身のものは数が少なかったので選択の余地はありませんでした。私は半身の燻製を二つ購入しました。
私の横ではアバチャ登山の後の夕食で間の前に座っていた70歳位のお婆さんが真空パックではなく、ケースのなかにあるキングサーモンのかまの部分の燻製を買っていました。私の顔をみながら「あれが美味しそうだから」と言っていました。このかまの塊は私も買おうかどうか迷っている時に先をこされていまいました。ケースに残っているのはもっと大きな塊だったのでとても持って帰れないと思って断念しました。いくら屋さんではいくらでは無くて蟹の缶詰を買って、市場での買物は終わりにしました。
お土産はこの2つの店で何を買おうかと一生懸命だったので回りが見えなかったのですが、買物が終わって改めてあたりを見回すと、道を挟んで反対側にもいくら屋さんがあって若い美しい女性が立っていて我々の方を見ていました。
ツアーメンバーが購入している店は逞しく太ったおばさんの店でしたので非常に残念に思えました。この場所に来た時には添乗員が予約したこの店しか目に入らなかったし、ここでしか買えないと思ったのですが、反対側に美人の店が最初から見えていたらそちらで買っただろうと思いました。後ろ髪が引かれる思いというのはこういうことか思いながら市場の入口まで戻りました。
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                     ( 店を閉じている月曜日の市場 )
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                                ( ひょうきんな野菜売りのロシアのおばさん ) 
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                                 ( 燻製屋の店先で買い物の手伝いをするアンナさん )
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レストランで小1時間ゆっくり昼食を食べて午後3時半頃にバスに乗って、エリゾボの市場に移動しました。六輪自動車のがたがたの振動が伝わる座席ではなく、バスの揺れや振動が少ない乗り心地の良さを改めて感じた時でした。
バスの中では全員が買い物用にルーブルに両替をしました。私は90ドル支払い、750ルーブルの入った封筒三つを受け取りました。これだけあれば足りるだろうと思ったのですが、実際買物をするとついつい沢山買ってしまうのでお金が足りなくなりました。
それからアンナさんは、一昨日市場の有料トイレを使用した時に料金を自己負担した人に10ルーブルを返金して回っていました。
バスの中でSTさんが「少しだけいい情報があります」と言って気を持たせて「いくら屋さんと燻製屋さんが市場の外で待っていると言いましたが、市場の中で買えるということになりました」と携帯電話で最新の情報を確認して伝えてくれました。両方の店も元々市場に店を構えているので、わざわざ車で市場の外に商品を持ち出す方が大変ではないかと思ったので、多分市場の人もそう考えたのではないかと思いました。
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食事が終わってからトイレに行くと、トイレは男女一つずつしかないので女性用の前には5・6人が並んで順番待ちをしていました。トイレが少ないのは普段はこんなに大勢が一気に押しかけないと考えられてトイレが作られているのかと思いました。私がトイレに行った時、男性用も私の前に1人が待っていて、それがMTさんでした。このツアーでは何かにつけてMTさんと一緒になるのも何かの縁かなと感じました。
レストランは5・60人は入れるような広さだったと思いましたが、トイレが男女とも1個ずつしか無いというのはロシアではトイレに行く頻度が日本人ほど頻繁では無いのか、スペースが無かったのか等と下世話な想像をしながら順番を待っていました。
トイレの入口前は小さな前室があり、その壁に写真が飾ってありました。額縁に入れられた写真を見ると、このオーナーさんは写真が趣味なのかと思いました。そう思って改めて壁を見渡すとあちこちに写真が飾ってありました。
トイレの帰り際に2号車に乗車していたアンナさんに「腰を曲げるとズボンが短くてパンツが見えますよ」と言っても反応が無かったので日本語が通じていなかったかも知れませんでした。
 
このレストランで食事をしている時、KNさんから「花の綺麗な中国の山がいいですよ」と次の海外旅行に推薦をされてしまいました。「14日間のツアーです」と言ってから「この場所は中国内でも人気があるので混んでいますよ」と説明されたので私が「込み合うのでツアーが14日もかかるのですか?」と返すと「上手い!」とKNさんが褒めてくれました。
KNさんは自宅での花の種類を勉強していて、昨今はxx族というような分類学を勉強していますと言って、登山ガイドも登山の手伝いだけではなく「目に付く花も解説するように心がけています」と説明していました。添乗員の苦労の一端を聞いたような気もしましたが、それよりも山や花が好きでないと出来ない職業だとも思いました。
私はKNさんに「この近くにレストランはここだけですか」と質問すると「私は何時もここを使っています」という返事がありました。帰りの飛行機の中で、他のツアーの添乗員が「あそこの食事がおいしかった」とか言っていたのを聞いて、添乗員によってレストランも行く場所が違うのかなと思いました。特にハイキングのツアーは花が見られなかったので、花よりもロシアの食事で誤魔化していたのかも知れませんでした。
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