あらら、私の中のアイドルホース、ラムタラが死亡したそうです。
このラムタラほど、ドラマを持った馬を知りません。
デビューから2戦目の英ダービー制覇、その直前の病気、調教師の死亡、ジョッキーの巡り合わせなど、もう小説以上の複雑なドラマがありました。
これだけの輝かしい戦績を残しながら、年度代表馬に選出されなかったあたり、まさに、ヨーロッパ人の露骨ないじめ・差別を感じました。
種牡馬として日本に来ることが決まった時などは、本当に自分の耳を疑うほどの衝撃でした。
*****
1995年の英国ダービーを、デビュー2戦目で制する快挙を演じ、“神の馬”と称されたラムタラが死んだことがわかった。 ドバイの競走馬管理グループであるゴドルフィンのホームページで発表されている。 22歳だった。
2歳夏にデビュー勝ちした後、10カ月ぶりの実戦となった英ダービーを6番人気で優勝。 キャリア1戦での英国ダービー制覇は史上3頭目、3歳初戦として制したのは史上初という快挙だった。 続くキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドSも快勝。 そして凱旋門賞でも並み居る実績馬を打ち破り、4戦無敗のまま引退した。
デビュー時に管理していたアレックス・スコット調教師が、厩舎スタッフに銃殺されるショッキングなできごとがあり、サイード・ビン・スルール調教師のもとに転厩。 その後にも肺の病気で命の危機に瀕するなど、レース以外でも話題性の多い馬だった。
引退後は、英国で過ごした1年目の種付けシーズン終盤に、3000万ドルという破格の値段で日本の生産者団体が購買。 社台グループが所有するサンデーサイレンスが猛威を振るう国内にあって、対抗する大物導入として大きな話題を集めた。
しかし、種牡馬としての活躍は期待はずれといえるもので、中央の平地重賞を勝ったのはメイショウラムセス(富士S)だけ。 母の父としてはヒルノダムール(天皇賞・春)を送り出しているものの、06年に輸入時の100分の1以下となる、わずか24万ドルで英国に買い戻され、余生を過ごしていた。
2戦目以降、ラムタラを管理したスルール調教師は「非常に悲しい。 彼は本当のチャンピオンで、私が管理した馬の中でも最高といえる一頭でした。 彼のダービー、キングジョージ、凱旋門賞での勝利は特別なもので、後世まで傑出した存在として記憶されることでしょう」とその死を惜しむコメントを発表している。
*****