今日の京都はカラッと晴れ渡り、とても気持ちのいい一日でした。
こんな日は、外に出たくなります。
ってなわけで、昼間外出しました。
まだまだ桜は満開で、街中の桜の花の周りにはたくさんの人であふれていました。
観光客が多い。 そして、中国人もかなり多い。
外国人観光客も、皆カメラをキレイな桜の花を追っている。
確かに、キレイさでは外国人もわかるでしょう。
でも、花見の本質などは、日本人にしか理解できないものなのだと私は思っています。
桜の花の美には、そのキレイさと同時に『はかなさ』も秘めています。
見た目がキレイというだけではなく、あっという間に散ってしまうからこそ、今の美しさを目に、心に焼き付けることが本当の花見なんだと思っています。
今の美しさを見逃してしまうと、また来年の春まで待たなければならないんですから。
昔、知り合いの言葉にハッとしたことがありました。
日本人の平均寿命から自分の年齢を引き、自分の人生は残り○○年か、と思うよりも、自分は桜の花を、あと○○回しか見られないのかと置き換えたら、人生の短さを実感してしまう、と言うものでした。
暗い話になってしまい、すいませんでした。