セクレタリアト | ミスプロの海外競馬

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私がよく見に行く競馬関連のサイトで、アメリカのセクレタリアトはどれくらい強かったのかとの質問がありました。

うんうん、確かに、セクレタリアトはアメリカ競馬史上最も強かった馬だと思いますねえ。
ちょいとばかりセクレタリアトの事を調べたら、いくらでも資料が出てきます。

 

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Secretariat
アメリカ競馬の歴史に残る三冠馬。 生涯成績21戦16勝。
競馬ファンでもスポーツファンでもない人達でも知っていたという国民的英雄のような名馬であった。 タイム誌の表紙を飾っただけでなく5ページにわたる特集記事まで組まれていた。 それだけでも国民的人気の高さがうかがわれる。

 

2歳7月のデビューではスタートで出遅れてしまい4着に敗退するが、2戦目ではスタートを決めて2着に6馬身差をつけて快勝。 ただ、出遅れ癖はなかなか直らず、ついに7戦目の「シャンペンS」では、大きく出遅れ追い上げる途中の最終コーナーでストップザミュージックと接触。 1着入線するがインターフェアで2着降着となってしまった。 しかし、この破天荒なレースぶりから熱狂的なファンが更に増える結果となった。

2歳シーズンを9戦7勝で終えたが、3歳になっても相変わらず荒っぽいレースぶりで3冠レースを戦うことになる。

 
圧倒的1番人気に支持された「ケンタッキーダービー」では、バックストレッチから進出して行き、直線でもスピードが衰えることなく2着シャムに2馬身半差で優勝。 優勝タイム1分59秒4は9年前のノーザンダンサーのレコードを更新するタイムで現在も破られていない。
2冠目の「プリークネスS」ではバックストレッチで先頭にたつと後続を寄せ付けず、レコードタイムで2着のシャムに2馬身半差をつけて2冠を達成。
そして3冠最終戦「ベルモントS」は、前2走とは違い一転して逃げの戦法を取り、後続を引き離し、唯一ついて行こうとしていたシャムは早々にバテてしまい直線は独走状態。 結果、2着トワイスアプリンスに31馬身差をつけてレコードで優勝。 歴史的圧勝劇となった。

 

その後、古馬との初対戦となった「マルボロC招待H」で古馬の強豪リヴァリッジを退け、「マンノウォーS」ではトラックレコードで快勝し芝のレースでも強さを発揮した。 引退レースとなった「カナディアン国際」も他馬を寄せ付けず圧勝。
アメリカ競馬の歴史を見てもセクレタリアトほど人気を集めた馬はほとんどいない。

 

数々の功績をたたえられ、ケンタッキーホースパークとベルモントパーク競馬場に銅像が建てられた。

 

伝説の31馬身差のベルモントSの映像です。
http://www.nyracing.com/Belmont/video.asp?track=B&mon=6&yr=1973
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