オトナ女子のためのソーシャルサロンテーブルコーディネーターのMIRIです
MIRIのblogに訪問してくださってありがとうございます。
いつも不安だった
笑っていようって決めたけど
本当に笑っていいのかな?とも思ってた。
何をしてもビクビク
何もしなくてもビクビクして
どうせ私がやることなんて、どうせ何をしてもできない、とグータラ諦め女子で
生きてきたらこんなことに!!!!
こんな修羅場になってしまった!!!!
ところから現在に至るまでの、、ストーリーを綴っているのが
「世界観blog」です。
今、人との関わりでうまくいかないことがあっても、
誰にも必要とされていないのかもと思ってても
愛する人が離れてしまっても、
絶対に光![]()
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が見える時が来る
貴方にメッセージが届けばいいな。
と思って書いています
(たまに泣きながら
✳︎毎日22時に配信しています)
MIRIの世界観blogまとめ記事はこちらです。
お時間あれば、お付き合いください💗
↓
前回のblogはこちらです
何日も、時々過呼吸の症状が続いたため
会社に併設されていた「精神科」を受診することを勧められました。
事の重大さに、また、心臓がばくばくします。



『え??????精神科???うつの人が受けるところだよね??
私、気がおかしいの? 病気ってこと?』
恥ずかしい娘を持ったと思われたくない、、
今でこそ、うつ病は普通の人とも隣り合わせだと思いますが、
その時はよっぽど特別な病気だと思っていたんです・・・
母に言うのもかなりためらいました。
だけど、私は1人ですでに運転できない症状が出ていたのです。
それは何か・・・・・
睡眠薬です。
この頃には睡眠薬を飲まないと、夜、眠れなくなっていました。
そして、睡眠薬を飲むと、気持ちがリラックスすることを覚えてしまい、、
家庭教師の仕事中に、時々、眠りそうなこともありました。
これは、精神科を受診したほうがいい、、と自分でも薄々、、わかっていました。

そして、母に打ち明けて、母に精神科に連れて行ってもらいました。
「一緒に入ろうか?」と聞かれたけど、恥ずかしい気持ちが先立ち、
1人で受診しました。
最初は、症状を淡々と話していましたが、
先生が家族のことを聞いてくると・・・・・

もうダメでした・・・
誰にも言えなかった幼少期のこと
父と母が喧嘩して、家に帰りたくなかったこと
父が母を投げたシーンの忘れられなかったこと
父に反対された中学入試
父に反対された高校入試
父に反対されたアロマ起業案
(blogで書いていませんが、色々と反対されています
)
初めて期待されて行ったアメリカ留学で私がヘマして韓国に行き、期待を裏切ったこと
反対されても自分が押し切ってやればよかったんじゃないかと自分を責める気持ち
結局父のせいにして、頑張れない自分を正当化しているのかという気持ち
営業成績と自分に向きあってきて
わからないモヤモヤしていたものがぜーーーーーーんぶ号泣とともに、先生の元で吐き出されました。
私は、、、、ただの小さい3歳児のように泣いてしまいました
初めて、人前でこんなに泣いた・・・・
病名はうつ病と、診断されました。
その日から、処方された薬を飲んで、死んだように眠る日が続きました・・・・・・
さて、、、話が変わりますが、
MIRIはこの証券会社勤めの間に
ある1つの新しいことを始めていました。
今でもそのおかげで、MIRIの昔の知り合いに
「整形した?」




と聞かれることもあります。
鬱を救ってくれたのも、ひょっとしてここがターニングポイントだったのかも?
と思います。
続く・・・・・・・↓
読んでくださってありがとうございます💝
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