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オトナ女子のためのソーシャルサロンテーブルコーディネーターのMIRIです169.png

MIRIのblogに訪問してくださってありがとうございます。

アメブロに引っ越す前のblogです

 

 

誰がお父さんとお母さんを決めたんだろう

私がここに生まれた意味はなんだったんだろう

当時はわかりませんでした。。

 

ただ、母には笑っててほしい。

子供ってそういうものですよね

前回のblogです↓

【世界観blog】③2重人格の始まり?

 

 

 

 

小学生の5年生の頃、私は父の仕事の都合で大阪から金沢へと引っ越しました。

 

新しい土地、新しい言葉(金沢の男子に関西弁訛りの私を「やんか弁」とからかわれたので。。。笑)

 

綺麗なマンションに引っ越しをして、自分の部屋をあてがってもらったことで、

 

とても嬉しくワクワクした気持ちで新生活をスタートしたのを覚えています。

 

その頃からです。。異様にインテリアに興味を持ちました。

 

自分の家具をおねだりして買ってもらったのも初めてのことでした。

 

自分の部屋のインテリアを素敵にしたい!当時、大好きだったカントリー風の家具で揃えてみたい!

 

当時の愛読書↓

 

この雑誌に自分が出たくて、自分の部屋の写真を撮りまくっていました。(笑)

 

結局、小学校5年生の私はどうやって応募していいかわからなかったので、応募はしませんでした。

 

こちらもかなり読み込んだ雑誌「私のカントリー」

 

 

こちらは今でも続いているのですね!!

 

 

 

私が読んでいたのが、1990年くらいなので、約25年も続いているなんて!!すごい〜〜

 

金沢の生活はとても楽しく、仲のいい女の子が3人でき、いつも4人で遊んでいました。

その子たちは、私が大阪に帰った後も、大阪に遊びに来てくれたりと、

 

1年しかいなかった金沢生活でしたが、

 

とても充実した楽しい思い出ラブラブラブラブラブラブとして残っています。

 

そんな中でも、やっぱりの喧嘩は続いていましたよ・・・えーんえーん

 

父と母の夜中のケンカ。

 

ある時、ケンカしてそのまま二人は仲直りせずに、

 

私と母と弟で、お友達家族に誘ってもらった白山にスキー旅行に泊まりで行くという機会がありました。

 

本来なら、

 

「行って来まーーーーーす」グリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツ

 

と元気に出発するところが

 

「お父さん、もうさよならだね」・・・

(随分あっさりだな。。と当時の私に突っ込みたい 笑)

 

という気持ちだったのを覚えています。

 

1泊か2泊のスキー旅行でしたが、

 

私たちが出て行くときに、父は怒っていながらもなぜか寂しそうにみえたのです。

 

あんなに、一緒にいるのが嫌で、父と母を一緒に見たくない!といつも思っているのですが、

 

子供の本能は、やっぱり親は大切なんだ!と思っているのでしょうか。。。

 

やっぱり一人にしてしまうのは、なんか気がひけるな・・・・

 

という気持ちでした。

 

女の子なので11歳となれば、だいぶ物事がわかって来て多感な時期に入ります。

 

いっそ、離婚して、私たちが父に会いに行くというようにしたらいいのに。。。

 

と思い始めていました。

 

合理的に物事を解決する歳になってきていたのですね・・・・

 

楽しい金沢でしたが、なんと!!1年でまた大阪に戻ることになります!!

 

 

そして父は、単身赴任で伊豆へと向かい・・・

 

私は、解放された生活を送るようになります。。。

 

人間解放されると、、、

どんなことが起こるんでしょうね!真顔真顔真顔

自由になるとどうなるんでしょうね!笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

でもそれは本当の自由だったのか??ニヤリニヤリニヤリ

 

 

つづく↓

 

【世界観】⑤自分の世界を謳歌して親を忘れる

 

 

 

読んでいただきありがとうございました^^

 

 

 

 

 #親#自己肯定感#インテリア#テーブルコーディネート#大阪#箕面#悩み解決#光#大丈夫#親子問題

 

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