令和7年3月6日(木)
俺の本棚~面白いッ書 第732回
図書館から借用した文庫本、池永陽「いちまい酒場」(初出は、月刊誌2017年)
(第一話 味噌の味)
西武新宿駅に近い裏通りの酒場「いちまい」、店主は室井諒三で、「いちまいセット」という、ビール大瓶か焼酎2杯、串揚げ4本か味噌おでんの選択で、1,000円札一枚の格安に今宵もふらりと客がやってくる。 常連客の理代子は近くで小さな「中島化粧品」を営んでいる。 薬剤師の資格を持っていた夫の茂夫が、三年前に心筋梗塞で呆気なく死んでしまったので、薬局は閉じて化粧品専門の店にしたのだった。 その時、理代子は41才、二年前に一人息子の勇人は長野の大学に合格してこの家を出て行った。 今、20才である。 都内の大学にして・・・、と理代子の数度の哀願を、おれ、都会よりも山が好きだから、と母を振り切って旅立ったのだった。 ・・・理代子の故郷は岐阜の郡上八幡市である。 実家では自家用味噌を作り、家族の誰もが、味噌煮が大好物だった。 その味に通じる「いちまい」の味噌ダレだった。 串カツにもおでんにも絶品の味噌ダレだった。 勇人がいなくなり一人になってから、「いちまい酒場」で一人寂しく時を過ごす事が多くなった。 ・・・勇人と久し振りに電話で話したが、大学を卒業したら東京で就職するだろう、と決めていた理代子であったが、こっちで就職する、いつでも山に行けるし、そっちに帰る気はないよ、と青天の霹靂があって、不意打ちを喰らった気持が胸を塞いでいた。
10日ほど前、化粧品の集まりが銀座であって午後7時に散会となってブラブラしていたら、後から声が掛かった。 →もしかして渡辺理代子じゃないか? オレだよ、小中学校で一緒だった、村橋豊だよ、と相手は顔中を綻ばせていた。 折角だから、ちょっと話をしようよ、と近くの居酒屋に入った。 中堅どころの鉄鋼会社で営業係長までいったところで、折からの不況でリストラに遭った、そこで離婚されて子供の親権も向こうに・・・、今は小さな警備会社に勤めている、江古田の安アパートで一人暮らし、と打ち明けられた。 学校時代は端正な顔で成績も良く人気者だったが、今は若干、面影は残っているものの、腹が大きく出て額の生え際も大きく後退している。 理代子も名刺を出して小さな化粧品店や、三年前に夫に死に別れ、息子は長野の大学にいる、等々を打ち明け、互いの、女房と、浮気性でギャンブル塗れだった亭主の悪口に花が咲いて、瞬く間の二時間だった。 中学の時、村橋君の事、好きだった、オレも理代子のこと好きだった、と昔の思いを募らせるほどに酔っ払うと、外にはラブホテルの明かりが瞬いていた。 →理代子の事、一度でイイから抱きたかった、今はお互い独り身だから誰にも後ろ指を差されない、頼むから抱かせてくれ、と泣き出さんばかりの表情だった。 この人壊れてしまいそう・・・と、昔の村橋の顔を思い出し、可哀そうになって、一度だけなら、と約束して応じてしまった。
それから二日後、村橋から携帯があった。 →一昨日はありがとう、理代子も満更じゃないようだったから、肌が合いそうだし、これからも逢った方がイイかと思う、とヌケヌケと言った。 →莫迦な事言わないで、一度だけの約束でしょ、と睨みつけて立ち上ると、→理代子、肝心な話はこれからだ、これを見ろ、と携帯の写真を見せられた。 村橋と理代子の裸の上半身が映っており、小振りな乳房が鮮明である。 二枚目はシーツが足元まで下げられて理代子の全身が映っている。 目を閉じた姿で薄い茂みもハッキリ際立っていた。 理代子は悲鳴を上げた。 行為が終わった時、ほんの少し眠った記憶がある、あの時に・・・と、舌を噛む。 →理代子が俺と結婚してくれなければ、これを郡上の10人程の同級生に送りつける。 おれは警察に逮捕されてもイイ、刑務所でタダ飯を食らって働かなくてもイイし、もう、どうせ希望の無い人生だから・・・と、昏い目をしての恐喝だった。
数日後、何十回もの電話には一切出ず、無視していたが、「いちまい酒場」に入ると村橋が座っていた。 →電話に出ないから、秘かにアトを付けたのさ、今日は先回りだ、と得意そうに言う。 →結婚して二人で「中島化粧品」を盛り立てよう、いい家庭も築こう、もう、夫婦と一緒なんだからここの支払いも宜しく、と肩を叩いて出て行った。 店主の諒三が心配そうな目でこちらを観ていた。 理代子は歯を食い縛って涙を堪えた。
・・・理代子が「いちまい」に通い出して1年後、若い女の隣りに座った男が盛んに話し掛けていた。 →ねえちゃん、上手い焼き肉を食いにいこうや、こんなちんけな串揚げより、よっぽど旨い店だからよ、と強引に言い寄っていた。 若い子は震え声で、→あの、一緒に行く気はありません、と断わると、悪相の男は、→行く気がねえだと! これだけ下手に出て誘ってやってんだ、筋を通して一緒に来るのが礼儀だろう、とドスの効いた大声で、滅茶苦茶で勝手な言い草だった。 →お嬢さん、そんな筋は無視しなさい、お客さん、ここは楽しく酒を呑むところだ、場所柄を弁えなさい、と店主が諭すと、→てめえ、俺に喧嘩を売るってのか、クソオヤジ、買ってやるよ、思いっきり高くナ、命のやり取りはこっちのモンだ、あとで吠え面かくんじゃねえぞ、と怒鳴り上げると、店主の両目に力が漲った。 悪面を射すくめるような目だった。 底光りする鬼の目、理代子は震え上がった。 睨み合って間もなく、先に目を逸らした悪面がコソコソと店を出て行った。 途端に店内から拍手喝采が挙がった。 悪相に襟首を掴まれて震えていた若い子に、申し訳なかった、と深々と頭を下げる店主だった。 このアトで、客の中で飛び交った噂が、店主は以前、ヤクザの大親分だった。 しかし、滅相もないですよ、と笑って取り合わない店主だった。
・・・写真を見せられてから10日後、理代子は恥辱を決心して、村橋との事を全て諒三に打ち明け、協力をお願いした。 驚いた諒三は、強面で引き受けてくれた。 4時キッカリ、村橋は「いちまい」に現れた。 →村橋クン、私はあなたと結婚する気はありません、あの写真を消して下さい、もう、一切逢う事もありません、と力強く宣告した。 →俺には未来なんてない、これを送信して理代子が死にたい、というなら死ねばイイ、と立ち上って叫ぶ。 諒三が静かに柔和な目で村橋を見詰めながら、→その前にこれを食べてみないか、アンタたちの故郷の味の味噌煮だ、結構苦労したが味はかなり再現されている筈だ、と土鍋の蓋を開けた。 湯気と一緒に懐かしい匂いが漂った。 最初にスプーンを手にした理代子は、懐かしい味がさあっと口に広がった。 →村橋クンも食べてみたら・・・ 美味しいよ、肉は鶏だよ。 村橋は携帯を左手に持ち替えて、右手のスプーンで具を掬いながらゆっくりと口に運んだ。 噛み締めて喉の奥に飲み込むと、呻く様な声で嗚咽を漏らした。 味噌煮を噛み締め乍らすすり泣いていた。 そして、泣きながら携帯を理代子に差し出した。 →ごめん、オレ、とカウンターに突っ伏して泣いた。 諒三は柔和な神様のような目で微笑んでいた。
(以下、七話が続く。 最終話「幻の右ストレート」で、諒三の過去の姿が浮き彫りになり、それに気付いたヤクザが真の勝負をしたくて対決を仕掛ける。 刺された諒三に駆け寄った理代子が本音を諒三の耳に叫ぶ。 ・・・ちょっと乱暴なストーリーであるが、結構、読ませてくれた文庫本だった)
兵庫県の百条委員会の結果が県議会で承認された。 命を懸けて訴えた、亡くなった元・県民局長が指摘した問題点を、嘘八百、と断じて人事処罰した斉藤知事の姿勢や、公益通報者保護法に違反している可能性が大きい、と結論されていても、法的な縛りが無いからか、知事は、そういう解釈もあるでしょうね、だから反対の解釈も・・・と、厚顔無恥の堂々とした受け答えだった。 正に、怪物である。 これから先、この怪物がどう葬られていくのか、県議会の真実と力が試される。 此の儘、知事職が継続される事態があるのだろうか?
PGAは招待試合で松山だけ。
LPGAは中国で、馬場咲希、古江、竹田、山下、勝、吉田、畑岡、西郷、西村の9人。 岩井ツインズは日本の初戦に廻った。
欧州ツアーは南フランスで、日本人ゼロ。 これまで出場ゼロだった川村昌弘は、今季は手首の故障で長期静養に入るらしい。
日本女子初戦は沖縄で。 道産子は、小祝、政田、内田、阿部、吉本の5人。
三年振りにブックオフに古本を買い取って貰った。 持ってきた段ボール箱に4個だった。 最近は文庫本ばかりなので、僅かな買い取り価格だろうと思うが、さて?
(ここまで約3,600字)
令和7年(2025)3月6日(木)