令和7年1月29日
俺の本棚~面白いッ書 第724回
現役を退いた頃、生島ヒロシの講演会を拝聴していたが、予定時間をオーバーして熱演していたので、こちらの約束していた呑み時間が迫って来た為、講演中の生島に向って謝罪の礼をして退室すると、生島の声が背中から聞こえてきた。 →今出て行ったあの方は中座する際の謝罪礼でしたね、礼儀正しいですね、人間、あゝ ありたいと思いますネ。 ・・・嬉しくてその後の呑み会はご機嫌だったのは言うまでもない。 ・・・しかし、今回、30年近く続いていた早朝のラジオ放送を降ろされた、と新聞で知った。 番組スタッフに対するハラスメント行為があった、と自分でも謝罪の言葉があった。 彼は今74才、あの時は60才過ぎだったと思うが10年でこんなにも変わるモンか?と残念に思う。
元会社の新社屋見学会と昼食会がOB向けに行われた。 53人の懐かしい顔が揃った。 テレビや新聞等、マスコミにも何回か報じられていて、竹中工務店が開発した木材多用の斬新な建物である。 ・・・驚いたね、良くもあれだけ産・学・官向けに考えたモンだ。 俺たちの時代にゃ考えられないスマートな中身だった。 今後、後輩たちがあれをどう生かしていくのか、みものである。 非常用LPガス発電機のバルク貯槽が2mの高さに設置されていた。 札幌市の水害予測の浸水が50cmなので、それに備えたとの説明だったが、そこまで危機対応をしている事に感心した。 飲料水・非常食は100人×3日分、軽油発電は40kW(200Ⅴ電動シャッター用)、水素コ・ジェネ5kW、等々頼もしい限りである。 ここを見学した道新の部長が、→この地区はかってシリコンバレーならぬ札幌バレーを目指していたが頓挫した、御社はこの建物に入居する産・学・官と協力して、再度、札幌バレーの発起点になってほしい、と記事に載った。 後輩たちよ、期待に応えなくちゃなるめェ。 ・・・直ぐ傍のイオンスーパーの駐車場は3時間無料だった。 食事会に缶ビールと缶チューハイが出たが呑めなかったのは残念だった。
文庫本2冊購入。 原田マハ「本日はお日柄もよく」(単行本は2010年)、高橋直樹「蔦屋重三郎」(書き下ろし)である。
山本甲士「かみがかり」(2009年文庫の加筆・改稿)
・・・かみとは、髪の事だった。
青柳真水(まみ)は、昨年の就職試験に失敗したので、今年は県庁や市役所職員を目指して猛勉強していたが、最近、どちらも裏金作りの不祥事が相次いで発覚したので、民間会社の中途採用試験に変更した。 五月病で辞めた社員の補充とか、結構あるようだった。 これから先輩やゼミ仲間から紹介された3社に面接に出かける。 合唱部で一緒だったひとつ先輩の長尾さんは「ハッピーサプリ」、準ゼネコンの「水野産業」はゼミで一緒だった古賀さん、不動産の「工藤興産」は学生時代に一緒のアパートだったふたつ上の四津川さん、先ずはOG訪問である。 真水の父は自宅から200m先にある「あおやぎ」と言う、うどん屋を経営している。 うどんも出汁も具材も全て業者から仕入れて、客が麺を茹でて、つゆを注ぎ、好きな具材を載せる、安価なセルフサービスの店である。 高校を卒業した時に、→店を手伝う気はないかと言われ、大学生になってちょくちょく手伝っていた。 最近、痛風で足先が痛むので、アト、2年位で店を畳む、と両親から聞かされていた。 だからあの時は、店を継ぐ気はないか?だったのかも知れない。
長尾さんに同行して車で廻り、昼食の時に、クレーム相手にスマホをかけ始めた。 社員にクレーム処理を割り当てているらしい。 返却は出来ない、薬事法違反と言える病状の治癒、等々のクレームに平然と答えている。 →青柳、ウチに就職したら親戚とか友達とか、たくさん買ってくれるような土産持参は当たり前だからね、と言いながら、老婦人が乗り込もうとしたエレベーターの閉ボタンを容赦なく押した。 途端に頭の中の「ハッピーサプリ」は消えた。
「水野産業」の古賀さんは当日の朝になって予定を午後に変更された。 何と、昨日の取締役会で40才以上の社員に退職勧告する事になったという。 人事課に所属する古賀さんは、→応じない人には遠隔地への転勤、ローンで家を買った人を狙い撃ち、研修辞令を出して単純作業や何もさせない、と退職させるような陰湿な方法を語り出した。 古賀さんは、該当する名簿リストを作り、他の課の人とは接触をしない、死刑執行人は課長以上の役目なの・・・と冷酷に言う。 「水野産業」も頭から消した。
「工藤興産」の広報部の四津川さんは、→連休前に二人が辞めたから中途採用の可能性、大よ、と満面の笑みだった。 同行して助手席に座ると、マンション建設予定地を視察した。 「ワンルームマンション反対!」と書かれた立て看板を何か所もスマホで撮影している。 近くの幼稚園から太陽光を奪う場所だった。 四津川さんは、→見てよ、この看板、2DKならいいのかよ、と噴き出している。 傘を差しながら自転車に乗った年輩女性が車に近付いてくると、四津川さんはクラクションを鳴らして、舌打ちした。 →ッたく、傘差してよろよろ自転車漕ぐなっての、接触して文句言って相手のせいにするんだから、と吐き捨てた。 「工藤興産」の名前も消えた。
帰宅すると一年先輩の末広さんからメールがあった。 彼女は大手化学メーカー「オザワ化学」に就職していた。 ・・・翌日、駅のホームで、約束の2時間前にスマホが鳴って、→ご免、今日ダメだわ、敷地内に高濃度のダイオキシンが検出されちゃったの、マスコミに知られちゃってテンヤワンヤなの、また落ち着いたら連絡するから・・・と、呆れてしまった。
組織は人を変えてしまう。 官庁も民間会社も例外なくである。 しみじみと身に沁みた。 心が荒んでいくと判っている方向に進むなんて真っ平だ。 人間は案外、弱いのだ。 良し!自分は今から修業して手に職を付ける、と決めた。 途中、有名な蕎麦屋があった。 妙に運命的なモノを感じて引き込まれるように店に入った。 同じように入った小太りの男が、カレー蕎麦ありますか?と訊くと、厨房の奥から野太い声が、→そういうのは駅の立ち食い蕎麦屋に行けば?と鼻先で笑う。 先の三人は黙々と蕎麦を啜っている。 お喋りをしたら怒鳴られそうな張りつめた空気が漂っている。 真水は堪らず店を出た。 食事は楽しく食べてこそ、美味しいモノだ、と憤慨しながら・・・。 恐らく味はイイのだろう、職人はたいした腕前なのだろう、でも威張ってイイと言う事ではないだろう。 歩いているうちに鳩の糞が頭に降りかかって来た。 チクショウめ! さっき、通り過ぎた理髪店で洗ってもらおう、と引き返し、店に入ると、30才過ぎ位の女理容師だった。 事情を話すと、→それは災難でしたね、と同情されて、お喋りを始めた。 一緒にやっていた夫と離婚して、この理容院を分捕った、男性相手で気を遣わなくてイイ、と気さくなものだから、真水も自身の事を口にした。 組織の中で働くのに向いていない、フリーでやれる仕事を見付けたい、今から修業するのに迷いはない、等々を告白し、洗髪されて肩や首のマッサージが気持良くて、→そういう強い気持ちがあれば大丈夫、案外簡単に向いてる仕事が見付かると思うわよ、と励ましの言葉が心地良く、つい、眠気に襲われた。 ・・・起こしますよ、との声で目を覚ました。 自動椅子が起き上がり、鏡に映った我が身の姿にゾクっと全身に電流が走った。 とんでもなく短い髪、額が大きく出ている、しかも金髪、何故か金髪、なんで金髪? →どう、かっこイイでしょ、組織で働く人間には絶対出来ない髪型、・・・あなたがそうしたいって言ったじゃないの、正確には私が提案してあなたがそれでイイっていたんだけどね、と笑いながら肩を揉んでくれた。 おぼろげな記憶であるが、確かに同意したしたような気がする。 腹がぐ~ッと鳴った。 もう、午後2時、家に着くと3時を過ぎる。 無性に「あおやぎ」のうどんが食べたかった。
客は一人だけだった。 父が目を丸くして驚いている。 何だ、その髪は? いいじゃん、別に、と言いながら、今日は客、と断わって麺を茹で、牛蒡の天婦羅と薄焼き卵を載せ、つゆを注ぎ、刻み葱タップリ、柚子胡椒を振りかけ、あきれ顔の父に代金を払う。 男子高校生が入って来た、早いナ、練習終わったんか? いや、クラブは辞めた、やる気なくなって。 親に心配かけるんじゃないぞ。 ウン、大丈夫。 と様子を知っている親しい会話だった。 今度はサンダル履きのお婆さん、あ~あ、と溜息。 どうした?また嫁に何か言われたのかい? この間の日曜日、息子夫婦と娘夫婦と孫たちが私だけをのけ者にして温泉に行ったのサ。 でも婆ちゃん、去年は孫が煩くて、とか文句を言ってたでしょ。 うるさいわね、さっさと、いつものうどん頂戴。 次の40才過ぎの水商売風のおばさんは、肩こりが酷くてかなわない、と零すと、父は、良くなるとイイね、と返している。 それだけでおばさんは満足したらしい。 作業服姿の男性客に、奥さんの具合い、どうですか? お陰様でもうすぐ退院出来そうですわ、と笑顔である。 良かったですネ、と父も笑顔である。 ・・・常連客との何気ない親しい会話が耳に清々しい。
真水は絵本の「ねずみの嫁入り」を思い出していた。 ねずみの父は娘をねずみより強い相手と結婚させようと、太陽さんの所に行くと、雲さんの方が私を覆い隠すから強い、雲さんは、私を吹き飛ばす風さんが強い、風さんは、私をはね返す壁さんの方が強い、壁さんは、私を齧って穴を開けるねずみさんの方が強い・・・ 結局、雄のねずみが相応しいとなるのであった。
真水は「あおやぎ」をず~ッとバカにしていた。 恥ずかしくてこんな仕事に誇りを持てる訳がない、と思っていたが、あの有名な蕎麦屋にない、お客様をもてなす心がある。 一番大切じゃないか。
お父さんッ、私お店やりたい、バカ言うな、儲かってねえんだぞ、判ってんのかッ、楽な商売だと思ってナメてんじゃねえのか、お前! なめてないッ! 暫く睨み合ってからお父さんは盛大な溜息を吐いた。 真水は走って自宅に戻り、お母さんにぶちまけた、 何!その頭、・・・30分ほどかけて、これ迄の経緯を叫ぶように訴えた。 だから私、店を継ぐッ!
店を手伝って10日ほど過ぎた時、この地にテレビ工場がある家電メーカーーの総務課長代理が訪ねて来た。 社員やパートや下請けも含めて4,000人規模の工場だという。 敷地内にある食堂の一角に入居しないか、と数件を廻っているとの事だった。 病院に行ってる父親にスマホすると、お前、やったらどうだ? 嫌よ、私はこの店のままでイイ、食べれればいいから。 俺だってお客と与太話も出来ないなんてご免だ。 じゃ、断わっていいのね。 ・・・その旨を課長代理に告げると、は?と、信じられない顔をしている。 帰り際、やれやれ、何様の積り何だか、と呟いたのが耳に届いた。 →待ちなさい、アンタ、今なんて言ったの! ちゃんとこっち向いて言いなさい! 課長代理は顔を引き攣らせて逃げるように出て行った。 ば~か、組織の権威を嵩に威張りやがって! 真水は両手で頬をパンパンと叩いて、気持を入れ直した。 よし、仕事、仕事。
(以上、全六話の内、道の巻。 眉の巻は私立学校の女職員が理事長から命令されて、偽造議事録を作り後輩の事務員からは軽く見られていた事から、あの理容室で髪型を変えて変身していく物語。 黒の巻は、31才の準大手建設会社の社員は、リストラされて、山中を彷徨って死を考えていた弱気なサラリーマンだった。 足を踏み外して崖から転落、九死に一生を得てあの理髪店で髪型を変え、ブラックジャーナリズムの記者となって、元の建設会社を脅かす物語。 アト、犬の巻、守の巻、花の巻と続くが、髪型変えれば人生前向きに!という、結構な読み応えであり、とても2009年の作品とは思えない。 流石の山本甲士である)
(ここ迄5,000字超え)
令和7年(2025)1月29日(水)