令和7年1月27日

俺の本棚~面白いッ書 第723回

文庫本3冊購入。 山口恵似子「食堂のおばちゃん⑰ お雑煮合戦」(書き下ろし)、山本甲士「かみがかり」(2009年文庫の加筆改稿)、梶永正史「デラシネ (根無し草、の意)」(書き下ろし)である。 

 

PGAは5人。 松山英樹、久常涼、金谷拓実、星野陸也、大西魁斗。 予選通過は松山だけ。 ・・・32位(52千$)だった。

欧州ツアーは前週と同じく、アラブ首長国連邦で中島敬太と桂川有人。 二人とも予選落ち。

 

大相撲、我が一山本は、関脇・小結の弟・兄を連覇して千秋楽勝越しをした。 自己最高位での勝越しである。 来場所は横綱・大関ともぶつかる事が多くなるだろう。 兎に角、怪我をしないで息の長いお相撲さんであって欲しい。 ・・・覚醒した王鵬は優勝決定戦まで星を伸ばしたが、アト一歩で優勝を逃した。 残念! それにしても前半に3敗して絶望感が漂っていた豊昇龍がその後全勝して優勝決定戦で勝ち上がったのは見事だった。 横綱になるのが豊昇龍で、琴桜でないのが悔しいが・・・。 明暗が大き過ぎるわィ、琴桜は負け越して来場所はカド番である。

 

 

 

山本甲士の古い文庫本2冊を読み返した。 (2017年書下ろし)「ひなた弁当」、(2018年書き下ろし)「がんこスーパー」である。 どちらもリストラに逢った50才間近な主人公が、「ひなた弁当」を立ち上げ、潰れる寸前の田舎のスーパーを「がんこスーパー」として見事に蘇らせた物語である。

 

・・・50才目前の芦溝良郎は「株式会社王崎ホーム」の課長補佐であったが、6年前に前社長と交代した二代目社長の不動産投資・株式投資が失敗して業績不振に陥り、100名の早期退職募集の対象にされたのだった。 再就職先は必ず全員に斡旋する、と言いながら、実際は人材派遣会社であり、派遣先はキツイ仕事ばかりであった。 芦溝は元々腰痛の持病があった為に、どこに派遣されても力仕事は永続きせず、会社に裏切られたンだ、と遅まきながら気付いたのは情けない限りだった。 ・・・心が折れて発狂寸前の時に、昔、住宅展示場でアルバイトをしていた栗原小奈美に誘われて彼女の会社で紅茶をご馳走になった。 NPOで貧しい国から雑貨やコーヒー、紅茶を仕入れて支援していたが、それを基に小さな会社を立ち上げて社長になっていたのである。 感心して帰途、「市民の森公園」に立ち寄った時に、ドングリを拾い集めている母子に出会った。 そう言えば縄文時代にはドングリを食べていたんだよナ、と小学校の授業を思い出した。 拾い集めてインターネットで検索すると、数件の調理法が見付かり、味の感想等々が載っている。 結構な人が今でも食べているんだ、と妙に感心した。 塩をふった水煮と煎ったドングリを試食すると、旨い! 探すと、食べられる数多くの野草があった。 ウド、ゼンマイ、ワラビ、セリ、ナズナ、ヨモギ、ツクシ、タンポポ、ミツバ、フキ、ノビル、ギンナン、キクイモ・・・

 

川の土手でミツバを摘んでいると、上で英国紳士風の上品な老人が見詰めていて、→何か、採ってらっしゃるんですか?と尋ねられたので、正直に、ミツバをと答えると、へ~ッと驚いた。 食べられる二ビルも摘んでミツバと共に差し上げると、礼を言いながら嬉しそうに受取ってくれた。 今日はお休みですか?とも訊かれたので、住宅販売会社をリストラされて、失業中でなかなか仕事が見つからないので、暇つぶしにオカズ用に野草を採っています、との答えに紳士は、→ほお、それは凄い、今時、頼もしいお方ですね、と破顔した。 (アトで判ったのは、この方は王崎ホームの大株主で、二代目社長の経営方針に見切りをつけていたのであった)

 

市内を流れる小川では食用に出来る小魚がよ~く釣れた。 オイカワは勿論、マブナ、ヘラブナ、コイ、モツゴ、タナゴ、ブルーギル、ナマズ、ウナギ、そしてスジエビやスッポンまで多種多様な魚種に吃驚だった。 ・・・弁当屋「いわくら」は大手スーパーの惣菜弁当に押されて売り上げが激減し、店を締めようとしていた店主は開店休業中だった。 →私を雇って頂けませんか? いわくらさんの名前で弁当を売りたいんです、食材調達と売り方は私がやります、厨房を使わせて頂いて、料理を手伝ってもらって、米や調味料や光熱費を差し引いた残りの利益を6対4でお願い出来ませんか? いわくらの大将は、良郎の作ったスジエビのかきあげ、テナガエビの唐揚げ、オイカワの南蛮漬け、マブナの甘露煮に舌鼓をうって感動し、調味料と光熱費はこっちで負担する、その上で取り分は3割でイイ、と絶大な協力を申し出てくれた。 ・・・400円と決めた良郎の弁当がこうして始まった。 最初に王崎ホームに頼みに行ったが、良郎を派遣会社に嵌めた総務部長には、ケンもホロロに追い返された。 こんな非道なヤツだったか、と改めて怒りを覚えた。 ウナギの罠を十数個沈めて結構な数を確保し、畜養しながら、弁当に天然ウナギ一切れ入り、と銘打ったので、お客が着実に増えて行った。 良郎は早朝から3時間ほど食材収集に精を出し、8時から11時までにいわくらの大将と弁当を作り、最初は30個だったが後にギリギリの45個まで増えていったのである。 動き回っているせいか、いつの間にか腰痛もなくなった。 英国紳士風の初老の方も姿を見せてくれて、元の会社に売りに行っては?と助言されたので、弁当屋を始めて最初に頼みに行ったけれど、追い返された、と正直に申し上げた。 栗原小奈美の会社や周囲の方々、引き籠っていた子に釣りの楽しさを教えて笑顔を取り戻した事もあった、その父親が礼を言ってくれたが、実は新聞社の社会部長で、後に、ひなたで売って頑張る弁当屋さん、と紹介してくれて更に売り上げが増えて行った。 栗原小奈美の会社のブログにも紹介された。

 

・・・その内に王崎ホームの総務部長が走り寄ってきて、→明日からウチに来ていいから、ジャンジャン売ってくれ、と言ってきたが、今や、常連の方々だけで手いっぱいである。 申し訳ありません、と断わると、拳をブルブル震わせて、→大株主の織島さんからお叱りを受けた、あの方とお知り合いだと判っていたら直ぐに売らせて上げたのに・・・  断わるッて、君は私に復讐したいのか、貴様、後悔することになるぞ、と吐き捨てたが、良郎はここまで買いに来てくれる常連客の方がもっと大事だった。 

 

王崎ホームを同じ時期にリストラされた古賀課長がやって来た。 上司だった営業部長は糖尿病でぶっ倒れて失明した、残った連中も仕事がキツクなって精神状態に異状を来しているのが多い、業績が回復しないままなので、二代目社長や取り巻きの常務、総務部長は一掃されて、先代の右腕だった専務が社長になる、陰で大株主の意向が強く働いた、らしい。 古賀は、→リストラされた俺たちの方が幸運だった、残っていたらボロボロにされていた、と豪快に笑い声を上げた。

 

テレビ局が「いわくら」の厨房に取材に来た。 天然ウナギが本物か?と疑っていた船田さんは、申し訳なかった、紛れもない本物だった、と謝り、旅行会社に勤務している方だったので広くPRしてくれている。 小学校の校長からドングリ講座をお願いされ、地元在住の作家さんから良郎をモデルにした小説を書きたいと申し込まれ、新聞社の部長からは講演を頼まれ、提示された講演料金は驚くほどの高額だった。 旅行会社からはウオーキングイベントで食べられる野草を見つける計画に協力を依頼され、更には、講演が成功裏に終われば次は全国でお願いしたい、と驚かせられた。 また、リストラされた人から、弟子にしてほしいと土下座された。 ・・・前途洋々な未来が良郎を待ち構えていた。

 

 

「がんこスーパー」

青葉一成はワタキミ食品の課長である。 ワンマン社長の富野民夫が資産運用の失敗が響いて業績が深刻な状態に陥っていた。 今回、課長職に早期退職勧告をすると決まったのは、二ヶ月前に課長職に昇進した青葉をこの一団に入れる積りだったのだろう、とホゾを噛む。 しかし、青葉は友人の清水からイイ話を頂戴していたので、早期退職を受け入れた。 九州北部の中小のスーパーが共同出資して共同購入や独自ブランド品を作っている「グリップグループ」の開発課長である。 清水はそこの総務課長である。 会社の規模は小さくなるが、給料は僅か下がるだけ。 通勤時間も今の半分で済む。 部下の浅野は通勤が「うきは市」の同じ方向なので、彼とだけは焼肉屋での送別会を受け入れ、請われて、グリップグループの話も打ち明けた。 心から羨ましがられて帰宅すると、妻の友枝と中二の娘・理多が待っていた。 焼肉屋で切っていたスマホの電源を入れると清水から留守電が入っていた。 4ヶ月前にグリップグループへの話を持ちだしてくれた時には、ワタキミ食品の早期退職の話が洩れていたから、渡りに船だった。 さっそく電話すると、→申し訳ない、実は体調悪化の社長が交代して、キョウマルスーパーの片野社長がグリップグループの新社長に就任した、その社長の新方針でお前の受け入れが難しくなった、と言う。 一成は、ぐらぐらと安定感を失い、辺りが暗くなった。 →何を言ってる、俺は今日、会社を辞めて来たんだぞ!

 

新社長は前社長と不仲だった為に、悉く、前社長の方針をひっくり返しているらしい。 退職した開発課長のアト釜は俺がやる、キョウマルスーパーでもやっていた、開発課長は暫く不在でやる、とアトに引かないらしい。 清水とて会社のタカが課長である。 社長の方針に意見は言うが命令は絶対である。 数日後に清水が引き出してくれた条件は、研修と言う形でグリップグループに加盟しているスーパーの副店長で勉強して貰いたい、という事だった。 「みつばストア」は佐賀市にあり、通勤時間が長くて単身赴任するしかなかった。 妻を伴って視察に行くと、見るからに貧相で、中で働くパートの人にもまったく覇気が見られない。 競合するスーパーがキョウマルと大手があって、みつばは間に挟まれていた。 業績も相当厳しいようでスーパー未経験の身としては、これをどうやって持ち直せるのか、見当も付かない。 立て直しが出来なければ首を切られる公算が大である。 この新社長の思惑に気付かされた時、青葉一成は絶望感に覆われたのだった。

 

みつばストアの吉野店長に挨拶すると、→アンタ、キョウマルのまわし者なんだろ、ウチがどれだけ経営状態が悪くなっているか逐一報告しろ、そして早く潰れるように内部から業務を妨害しろッてか!と、舌打ちしながら睨みつけてくる。 社長は父親だと言うが、息子の店長と経営方針の違いがあり過ぎて、最近は店に出ていないらしい。

 

清水課長が用意してくれた単身赴任の家は中古の一軒家で、4棟並んでいたが、ウチ2軒は空き家だという。 みつばストアの周辺にはウイークリーマンションのような借家は無いらしい。 小型の電化製品や家具等々、生活用品はすべて揃っていた。 清水が帰ったあと、隣の家から白髪姿の品の良さそうな老女が、→こんにちわ、と声を掛けてくれた。 引っ越し挨拶のタオルを差し出して自己紹介し合った。 年金生活の真鶴さん、アルバイトで介護のお手伝い、入居者の話し相手、連れ合いは10年以上前に他界、息子二人は遠くでサラリーマン、等々の情報を教えてくれた。 自転車を買って中華で昼飯を平らげて帰ってくると、家の周りの雑草が奇麗に刈り取られていた。 真鶴さんがやってくれたのだ、感謝を申しげながら、余っていたタオル4本を全て差し上げた。

 

翌朝、吉野店長が店員の皆様に面白くなさそうに紹介してくれたが、パートリーダーの高峰さんは好意的だった。 トイレを始めとした掃除、商品の陳列、倉庫作業等々が主で、事務所への出入りを禁止された。 キョウマルスーパーからのスパイ容疑が店長の頭を占めていて用心が丸見えであった。 高峰さんにはここへ派遣された次第を隠さずに打ち明けた。 すると、得心がいったのか、ああ、それで店長がスパイかも知れんから何か気付いたら報告しろ、と言ったのね、と教えてくれた。 ・・・そんな状態で、数日が過ぎた。 パートのみんなには○○さんと、出来るだけ声をかけた。 雨の日に洗濯ものを取り込んで得くれたお隣の真鶴さん、昔、教師だったので近所の教え子が無農薬有機野菜を届けてくれるから、そのお裾分けと作った料理もご馳走になった。 事務所には店長の甥っ子だという、専門学校生の二十歳そこそこの小文字クンが帳簿付けをやっているらしい。

 

週一の会議で一成はどんどん意見を上げた。 パートリーダーの高峰さんも同意してくれてパートも協力してくれた。 無農薬有機野菜農家の宇佐さんを紹介してもらい、道の駅のように、農家が持ち込んで、値付けしてラッピングする、預り方式を取り入れたところ、形は不揃いでもその本物の旨さに目覚めたお客様から大評判になった。 賛同してくれた農家が10軒になり、ラッピング場は彼らの情報交換で和気藹々のは話で盛り上がった。 バスで来てくれるお客様の為に待合所を整えると、幼児たちに折り鶴や子守唄を披露する老女が現れた。 お客様から処分に困っていたピアノを引き取って、誰でも遠慮なく弾いて下さい、と案内札を立てると、意外に多くのお客様が群がった。 無農薬有機野菜をもっと売れないか?と考えて、お惣菜を作り始めると、その旨さに納得したお客様がコーナーに殺到した。 家族の食の安全だけを思って、頑固に作り続けてきた農家の大勝利だった。 マスコミが取材に訪れるようになると更にお客様が倍増した。 キョウマルスーパーを脅かすまでになった時、社長と店長から、→ウチの正社員になってくれないか?と申し込まれた。 時同じくして、グリップグループの社長であり、キョウマルスーパーの社長でもある片野から、→活躍は立派だ、もう戻って開発課長をやってくれ、と横柄に命じられたが、持ってきた退職願いを差し出して、→みつばストアの社員になります、と断わると、悔しそうに歪んだ顔が痛快だった。

(ここまで、約5,800字)

 

令和7年(2025)1月27日(月)