令和6年12月23日

俺の本棚~面白いッ書 第716回

元会社のO・BのHさん、AとMとH、計5人で旧交を温めた。 古い話や懐かしき人名が続々と出てきて楽しいひと時だった。 帰途、Hさんがタクシー乗り場までの僅か200mの距離を、二回歩くのを止めて休憩したのには驚いた。 相当の足腰の弱体化である。 MがHさんを介護しながら体を支えてタクシーに乗り込み、我がマンションより先のHさんを送って行くって言うので、同乗させてもらって有難く途中下車したが、Hさんの自宅からMの自宅までは更に1,500円以上が掛かると思われる。 現役の稼ぎの良さに感謝である。 この会を一年に3~4回開催することを約束して別れたが今後が楽しみである。

 

 

畠山健二「新・本所おけら長屋①」(書き下ろし)

澤田彦乃進は信州諸川藩がお取り潰しになって江戸に出てきたが一向に仕官が出来なかった。 今は、紙問屋・相馬屋の用心棒となり、離れに住み着いた。 主の舛次郎が好人物で何かと彦乃進を気遣ってくれた。 勘定方であった彦乃進の助言は大いに役立ち、用心棒としてよりも商いの補佐役として重宝されている。 そして妻子を持ち、歳月が流れる。 此の儘、相馬屋で世話になるのも悪くない、と思い始めている。 夕刻、彦乃進は相馬屋の塀を見回っていた。 塀や木戸、蔵の錠前を確かめていた。 老番頭の滝蔵が恐縮している。 →澤田様、毎日有難い事で・・・ 奉公人の誰もが、気さくで真面目な彦乃進を褒め称える。 すると、一人の武士が木戸の中を窺っている。 →何か、ご用ですか?  →彦乃進、捜したぞ! 驚いた、諸川藩で一緒だった佐々木淳一郎だった。 →この度やっと下野国の奥沼藩に仕官が叶った、下命があって昨日、江戸に出て来た、お主が紙問屋にいる事を風の噂に聞いていたから、ここを探し出すのが大変だった。 →そうか、近くには島田先生もいるぞ、と剣術指南役だった島田鉄斎の事を教えた。 淳一郎の腕前は諸川藩では敵なしだった。 淳一郎は奥沼藩の江戸藩邸ではなく、同行してきた二人と共に旅籠に泊っている、と言う。 明日は先生を相馬屋に呼ぼう、だから今日は吞むぞ!と話が尽きなかった。

 

翌日、島田先生を迎えた佐々木淳一郎は感涙に咽んでいた。 →まさか、江戸で先生にお会いできるとは・・・ もう、思い残すことはありません。 先生は、→小さな剣術道場で指南役の真似事と、商家の用心棒、頼まれればなんでもやっている、と近況を伝える。 淳一郎に酒を注ぎながら、→おけら長屋暮らしは気ままなものだ、身分も定めも無い、人と人の絆だけ、私にはそんな暮らしの方が合っている、と断言して、→島田先生は武士の手本となるお方なのに・・・と淳一郎は絶句した。

 

彦乃進は淳一郎の話に疑義が生じ、尋ねた。 →下命なのに藩邸ではなく旅籠に寄宿しているのは何か、理由でもあるのか? →実は上意討ちを命じられた、ひと月程前に剣術大会が開かれて七人を勝ち抜いた、それで下士として仕官出来た、殿からの下命は上意討ちだった。 国許から二人が同行しており、一緒に旅籠に同宿している、彼らは相手の顔を知っているので探し当てたら知らせる、と言って毎日江戸を歩き廻っています、私は相手の名前も上意討ちの理由も何も聞いておりません。 島田先生は呆れて、→その為に腕の立つ者を捜していた、と言うのか、武士道も地に落ちたものだ、返り討ちにあってもどこの馬の骨かも判らん男だとは、浪人の気持を弄んでいる、と吐き捨てた。

 

おけら長屋の万造と松吉コンビは居酒屋「栄屋」で転がっていた。 そこに島田鉄斎が顔を出し、旅籠に泊っている佐々木淳一郎の同伴者、高田藤兵衛と甲山福蔵の様子を探って欲しい、と頼み込んだのである。 ・・・数日後、鉄斎は二人に呼び出された。 高田と甲山は毎日のようにお上りさんのような江戸見物をしており、上意討ちの相手を捜しているとは到底思われない、と言うのだった。 金もふんだんにありそうで、まさしく物見遊山そのものだった。 おまけに声を掛けられて尋ねられたのが、遊女と遊べる料理屋を知らぬか?との言葉だった。 その場所を知らせて一緒に酒を吞み交わしたが、二階に上がった二人のアトにはご相伴に預るようなイイ遊女は残っていなかった。

 

彦乃進は淳一郎を招いて妻・律と九歳になった進太郎を紹介した。 →お主は小百合殿とどうなったのだ? →ここに居る、小百合は自害した、と懐から黒髪の入った紙包みを見せられた。 諸川藩がお取り潰しになった時に、淳一郎は、→これからは仕官先を求めて過酷な旅に出る、小百合には過酷な旅になる、連れては行けん、そなたの母上の実家は名家だ、縁談話も出よう、おれのことは忘れて自分の幸せを考えるんだ、実は小百合の家の富と家名が欲しかったのだ、しかし、もうそれも意味がなくなった、と小百合の幸せを考えて、冷酷に嘘を言い除けた。 ・・・自害したと聞かされて引き返した淳一郎は、安らかな顔をしていた小百合を見て、両親に頭を下げて遺髪を貰い受けたのだった。 →仕官出来ずに武士の矜持を失ったら小百合に面目が立たん、これからの忠義を全うして、小百合の弔いにするのだ。

 

万造と松吉は鉄斎を藤兵衛と福蔵に引き合わせた。 鉄斎が彦乃進、淳一郎との諸川藩での師弟関係を打ち明け、この度の淳一郎の仕官と上意討ちを訊き出した、しかし、その理由も相手の名前も聞いていない、という事に不審を抱き、同じおけら長屋の万造・松吉に、お二人に近付いて貰った、と嘘隠しなく切り出した。 →高田殿と甲山殿はその相手を上意討ちにしたくないのではありませんか、私は淳一郎に上意討ちをさせたくない、私達は手を組めますよね、と切り込んだ。 その正直さに藤兵衛が福蔵に頷きながら、→相手の名は涌井六右衛門という我らの友です、上意討ちなどされる謂れも無い善良な男です、我が主君は悪癖どころか最早、狂病の持ち主で、生娘を手込めにする獣なんです、殿の悪行を許し力を貸す一派がいて、藩政を牛耳ろうとしています、これが公になれば藩のお取り潰しは必定、奥沼藩士は路頭に迷います、だから我ら一派は殿を隠居させるべく秘かに事を勧めているんです、と驚く様な藩政だった。 藩随一の剣客の六右衛門は護衛役として料理屋に付き添ったが、手込めにされそうになった娘が舌を咬み切って自害した。 殿派の次席家老が六右衛門に、→娘の悲鳴を聞き知っている料理屋には逃れようが無いので、手込めにした藩士は必ず出頭させる、娘の家には充分な見舞い金を支払う、とその場を収めた、そなたが身代わりになってくれれば、将来にわたって六右衛門一家も必ず守る、と説いたそうだ。

 

その晩、六右衛門はハラを決めた。 →お家がお取り潰しになって藩士が路頭に迷うより、己が殿の罪を被って切腹する、アトの事は頼んだぞ、何としても殿を隠居させ、弟君を主君にとしてお迎えするのだ、と駆けつけた同志に言い切った。 ところが翌日、覚悟を決めて昼下がりに登城した六右衛門に、奥の茶室から娘の叫び声を聞こえて駆けつけると、立ちはだかって邪魔する三人を峰打ちに倒し、殿も峰打ちにして手込めにされていた娘を救い出して場外の詰所に逃れ、丁度、そこにいたのが高田・甲山の二人だった。 一昨日の自害させた娘の僅か二日の間に・・・ 六兵衛は、こんな主君の為にハラを斬るのか、と危うく主君を討とうとしたが、やはり、主君は斬れなかった。 ・・・同志の計らいで手込めにされた娘・比呂と共に、江戸の丸星長屋に隠れ住んでいた。 そこに高田鉄斎が訪れた。

 

・・・さて、この話、どんな決着になるか。 正義の武道の心を秘めた、鉄斎、彦乃進、淳一郎、六右衛門の心が見事に通じ合う。 万造・松吉をはじめとするおけら長屋の活躍が一層の輝きを増す。 これは第一巻・全三話の内の一話のみ。 第二巻にも三話あり。 軽快に読み進める本である。 

 

 

U内科から借用した、2023年直木賞・山本周五郎賞をW受賞した、永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」は度肝を抜かれた。 ・・・雪の夜、芝居小屋の立つ木挽町で、美少年・菊之助は父親を殺めた下男を斬り、見事仇討ちを成し遂げた。 二年後、ある若侍が仇討の顛末を聞きたいと木挽町を訪れる。 芝居者の話からあぶり出される真相とは? とPR帯にある。

 

大柄な博徒が、赤い振袖を被った娘に近付いて声を掛けると、振袖を脱ぎ捨てた白装束が、→我こそは伊納清左衛門の一子、菊之助、その方、作兵衛こそが、我が父の仇、いざ、尋常に勝負! 道行く者達が固唾を吞んで見守る中、遂に菊之助が一太刀を浴びせ、返り血で白装束が鮮血に染まった。 そして首級を上げた菊之助は、首級を抱きしめながら野次馬を掻き分けて宵闇に姿を消した・・・・ この一件、巷間にて「木挽町の仇討」と呼ばれている。

 

若侍が聞き回った相手は、木戸芸者の一八、元お武家で殺陣指南の与三郎、亡き芳澤あやめ丈の部屋子だった、ほたるという女形、小道具の久蔵爺さんは無口で、あ、ウンしか返事をしないので「阿吽の久蔵」と仇名されている、お内儀のお予根さんは口から生まれたような人だから、そちらの方から聞きゃイイ、元武士ながら筋書きの金治さんは戯作者だから話しが巧い、序に小屋見物と奈落の絡繰りを見せてもらいナ・・・

 

若者は総一郎、菊之助は総一郎の妹・お美千との結婚が決まっているので、間もなく義兄となる男だった。 →方々はお達者であったか、それは何よりだ。 仇の作兵衛はこの三人の面倒を、良く見てくれた好人物だった。 その作兵衛が菊之助の父を何故、殺めたのか? →作兵衛が父を斬った理由、そして、あの二年前の仇討の真相を話そう、総一郎が聞き込んだ方々の重い役目も打ち明けよう。

 

・・・この作者の構成の見事さ、方々の優しさと芝居に関わる智恵の数々、どんでん返しの終章にはまったく恐れ入った。 悪所、下賤ものと蔑まされている芝居者であるが、人間味に溢れた言動に感激する。 最近一番のお薦め傑作である。

(ここまで、4,100字越え)

 

令和6年(2024)12月23日(月)