俺の本棚~面白いッ書 第696回
令和6年8月19日
町内会のカラオケ会長・Mさんに誘われたマアジャンは、3階建てアパートの狭くて急な階段の最上階に住む、独り暮らしのNさん宅での10円ゲームだった。 このアパート(15部屋?)は近くに住むNさんの息子さんの持ち物だという。 自分以外のそれぞれが、缶ビールとか摘まみを持ち寄っての吞みながらのノンビリゲームだった。 そんな事を知らずに何も持たずに参加した自分が、一番多く吞んで食った上での最高賞だった。 M会長が負担してくれた往復4,000円のタクシーの送迎も有難い限りである。 しかし、次回お誘いを受けたらどうするか、考え処である。 昼12時半に出かけて7時に帰宅すると、お風呂のお湯は既に洗濯に使われて、浴槽はカラだった。 嗚呼・・・。
PGAは今季最終戦のプレーオフが始まった。 最初は70人、日本人は松山だけ。 第2戦は50人、最後は30人、さて、松山は30人に残れるか、否か。 ・・・二日目を終わって松山が首位である。 楽しみ! いつものキャデイーの早藤君ではない、オリンピックの帰途、空港でパスポートを盗まれて帰国するしか無かったらしい。 代人は日本人らしき顔だが、よく、ピンチヒッターがいたモンだ。 ・・・それにしても3日目を終えて2位に5打差を付けてのダントツである。 こんな調子のイイ松山なのに、早藤君は残念だろう。
・・・やった、松山が優勝した(360万$=5億4,000万円)、中盤までダントツのトップだったが、後半に4つ落とし一時首位を奪われた。 しかし、最も難関の17・18番ホールで連続バーデイとし、2打差を付けての快勝だった。 世界の松山、ホンモノである。
LPGAはイギリスでメジャー戦の前哨戦、古江、勝、西郷、畑岡、原英梨花、西村、渋野の7人。 渋野が痛みが出て急遽、棄権した。 ・・・原と西村が予選落ち。 ・・・古江3位(97千$)、畑岡15位、勝48位、西郷57位だった。
欧州ツアーはチェコで川村と久常、・・・久常が予選落ち。 ・・・川村43位に沈んだ。
日本女子第23戦は箱根で。 道産子は内田、政田、菊池、阿部、宮澤、吉本の6人。 小祝は次週の世界メジャー戦でイギリスのプレーに参加するので不参加。 日本人19人の挑戦、果たして何人が予選通過なるか。 ・・・吉本、宮澤が予選落ち。 ・・・川崎春花が優勝! 北海道に続けての快挙である。 若い子の力に脱帽である。 阿部3位、内田20位、菊池39位、政田44位だった。
浅田次郎「母の待つ里」(単行本は2022年)
松永徹は、母の待つ里の駅頭に立って、山々や空を見渡した。 透き通った風を胸いっぱいに吸い込み、都会のチリを吐き出した。 これぞ正しく天然の味である。 この二日間は奇跡的に会議も来客も会食も無かった。 秘書にスマホして、→法事だから電源を切らしてもらう、明日の午後には入れておくから、と断わっておいた。 世間に名の知れた大企業の社長の個人的な事情を探る部下や秘書ではない。 一時間に一本の、停留所に来たバスに、→相川橋には行きますね、と確認して乗り込む。 40分で相川橋に着いた。 橋を渡って来た軽四が停まって、→じゃじゃ、トオッちゃんでねがか、と真っ黒に日焼けした農夫が言う。 愛想笑いを返しながら、昔は確かにそう呼ばれていたが、見覚えのない予期せぬ旧知の出現に戸惑った。 →おめはん、ちっとも変わらねえな、おが(母)さん、首さ長くして待ってるど、40年振りか、道さ忘れてねが、そこのお寺様の角ッこを上がっての、まっつぐ行けァ、じきに柿の木も曲がり家も見えるで、だば、せいぜい親子孝行すてくんなんせ、と去って行った。 曲がり家に近付くと、畑から母らしき人が立ち上がって、→きたが、きたが、けぇってきたが、と迎えてくれたが、松永は、こんな人だったか、と老いた母を見詰めた。 →もうはァ、八十六にもなって体も思うように動かねがら、下の田畑は若え者に借りてもらってる、死んだおど(父)さんにはすまねェと思やんすが、ここでおらほで食うものだけこしらえ(作る)てるのす、と悲しそうに言い訳する。 →トオル、おめはん、まんま(飯)食ったか? ひっつみばこしぇるべ、おめはんの好物だべし。 松永はどんな食べ物なのか、思い浮かばなかったが、それじゃ、ごちそうになります、と応じたら、→なあ、トオル、そんな他人行儀な物言いやめてけろ、東京でなんぼ出世すたって、ここはおめの生まれた家でおらはおめの母親だじゃ、と言った母の肩を思わず抱き寄せた。 曲がり屋の鉤型に曲がった片側は厩だが、今は馬はいない。 紛れもなく「松永」と言う表札が掛かっている。 忘れたのか、何もかも、こんなにも美しいふるさとと優しい母と懐かしい家も・・・ 一向に戻らぬ記憶を空惚けて母屋のご膳に付いた。 おれは親不孝者だナ、と呟くと、→そんなことはねえて、大学出て立派な会社に入って、社長さんにまで出世すたど。 お父さんも死ぬまで鼻高々じゃった、今更、無理っくりに帰ってこなくてもえがったのに、おらは果報者だじゃ。 松永徹は思わず顔を被った、捨てて来たものが多すぎる、忘れてしまった事が多すぎる、これほど非情な人生ならば、努力も能力も関係なく誰だって成功出来る筈だ。
仏壇に線香をあげて数枚の遺影を見上げるが、どれにも見覚えが無い、軍服の若者は戦死した伯父だろうか? ひっつみの熱い汁を啜りながら問うた、→親不孝な息子が故郷を捨てた上に母親の名前まで忘れてしまいました、お名前を教えて下さい。 →親の名前さ訊ぐ倅がどこにいる? 松永ちよだべ、・・・どうだ、ひっつみはうめえが? もうめんどうくしぇ話はそこまでにしてけろ、と松永の口を封じてしまった。 風呂に入っていると、母が問うてきた。 →おめ、なじょすて嫁っ子取らねんだ? →東京じゃ珍しくないよ、と軽く躱す。
・・・母の寝物語もいくつも聞かされた。 そしてひと晩経って今日は帰る。 母の用意してくれたみやげは、新米一升と燻したタクアン漬け、手作りの豆味噌、結構な荷物が入った鞄はズッシリと重い。 昨日から今朝も父の墓参りを、という母の願いを拒んできた。 それだけは何とも気が進まない。 お寺の僧侶が落ち葉を掃く手も休めずに、→あんやぁ、トオッちゃん、もうはお帰りか?と上の敷地から声を掛けられたが、墓参りもせずに帰る積りか、と責められているようでいたたまれない。 老婆二人だけのバスに乗って最後尾に座り、携帯電話の電源を入れた。 小声で名を名乗る、→ユナイテッドカード・プレミアムクラブでございます、松永様、この度はホームタウン・サービスをご利用頂き、ありがとうございます、何か、不都合がありましたでしょうか? と淀みない応答が返ってくる。 →素晴らしかった、満足だったよ、一泊50万円の価値は充分にあった、あまりにも申し訳なくて早目に切り上げて来た、ところでリピートは出来るのかナ? →喜んで承ります、但し、ヴィレッジのチエンジ、ペアレンツのチエンジには添いかねます。 →そうだろうね、親が気に入らないというのは我が儘過ぎる、日程は近々、連絡します。 電話を切ると、ようやく心が落ち着いてきた、あまりにも出来過ぎていて、虚実がわからなくなっていた。 ただ、これほど満ち足りた気分が、かってあっただろうか? 松永は逃げるように帰って来た事を悔んだ。
室田精一は退職金が振り込まれた日、妻から離婚を宣告された。 預貯金と退職金の合計額を折半、不動産や有価証券は要らない、と言う条件だった。 嫁に出した二人の娘も賛成しているという。 ・・・年会費35万円のユナイテッドカード・プレミアムクラブからの案内書は、「ふるさとをあなたへ」と言うモノだった。 ・・・相川橋のバス停、慈恩院と言うお寺が見える、軽トラックの農夫は、→じゃじゃ、室田さんとこのセイちゃんではねがか、と吃驚している。 見慣れぬ顔に、室田はこれはエキストラか? と思う程だった。 お寺の老僧にも、あんやァ、セイちゃんじゃねがか、と懐かしそうに声を掛けられる。 曲がり屋では老母が、→きたが、きたが、けえってきたが、と迎えてくれた。 「室田」という表札もかかっている。
古賀夏生は母に死なれてから60の歳の重みがのしかかり、自分自身の老いを感じた。 看護婦だった母から、ドクターになりなさい、という勧めがあって女医になったが、恋愛するチャンスの無いまま、この年になってしまった。 母は定年の勤めが終った途端、耄碌が凄まじくなって、今は施設に入っている。 ・・・相川橋の停留所で、→あんやあ、おめはん、ナッちゃんでねのすか、古賀さんとこの、わだすは、同級生の佐々木サチコ・・・、と言われても、いったい何が起こっているのか、夏生は戸惑った。
・・・ご推察の通り、ユナイテッド社の特別会員に対する、企業が仕掛けた村全体のフェイクである。 良くもそれぞれの会員の生い立ちの特徴を捉えての、登場人物の名演技に驚愕する。 特に老母を演じる名優振りは驚愕である。 その彼女が亡くなった、と松永が置いて来た名刺の電話番号に、農夫だった男から連絡が入った。 ・・・葬儀場に松永、室田、古賀、三人の顔が揃った。 ・・・さて、物語はどんな結末となるのか、中々、意味深な物語であった。
(ここ迄、約3,900字)
令和6年(2024)8月19日(月)696回