俺の本棚~面白いッ書 第691回
令和6年8月1日
結城真一郎「#真相をお話しします」(単行本は2022年)
第二話「ヤリモク」(性犯罪用語で、犯るのが目的の男)
妻子持ち・42才の、偽名のケントは32才と偽ってマッチングアプリで知り合った、自称23才の子をお持ち帰りの途中だった。 半年ほど前、妻の奈々子から、→娘の美雪が最近、高価な嗜好品を身に着けている、ルイ・ヴィトンとか、ブルガリとか、あの子の部屋に溢れ返るブランド品の山々、まさか、マッチングアプリで変な事してないでしょうネ、と心配顔で相談されたのだ。 だから美雪と似たような子を誘い出して、既に6人も殺害している。 必ず、「マッチングアプリ利用女子懲らしめ隊参上!」とメッセージも残している。 それを知った美雪が怖がって辞めてくれる事を願っている父親の願いだった。 今晩も美雪によく似た子だった。 タクシーを降りた時、お持ち帰りのマナが、→ねェ、こんな事は何回目?と訊くから、7回目だよ、と正直に答えた。 横道に入った5階建てのマンションの404号室、そこがマナの部屋だという。 一般的な1DKである。 →お風呂をどうぞ、と言われてシャワーを浴びる。 タオルを腰に回してからズボンからバタフライナイフを引き出し、そろ~っと玄関の鍵を掛ける。 万が一の援軍が入って来れないように、という先程からの部屋の違和感がそうさせた。 ところが、居間にはベッドに腰掛けるマナと、胡坐をかく見知らぬ男がいた。 しまった、シャワーに入って直ぐだったか!と後悔するも不思議と落ち着いていた。 逞しい体躯の男はケントの財布と、親子三人で写したプリクラが握られていた。 →娘もいて、似たようなマナを抱こうとするのは、クソキモイぞ、この野郎は・・・、タオル一枚でヤル気満々か、と嘲笑う男に近付いて、隠し持っていたナイフを横一線に振った。 ひゅっ、と言う声と共に男の喉笛が切り裂かれ、真っ赤な鮮血が溢れ出て来た。 →タオル一枚なのは返り血を浴びたくないし、同じヤリモクでも、こっちは殺ル方なんだ。 男の胸に止めを差してから、今回は余計な犠牲者を一人増やしてしまったな、と思いながら、マナの胸にナイフを振り下ろした。
シャワーを浴びて返り血を洗い流したアト、気が付くと男のスマホにメッセージが入っていた。 →お疲れ様です、もう、部屋空きましたか? 今から私も使いたいンですが… 「メッセージ from みゆき」とあった。 美雪なのか! ケントは絶句した。
第三話「パンドラ」
夫・翼と妻・香織と娘・真夏17才は、テレビ報道されていた、15年前の「連続幼女誘拐殺人事件」を、テーブルで目にしながら朝食中だった。 犯人の宝蔵寺雄輔(当時27才)が逮捕され、死刑宣告を受けて投獄されていたが、ここに来て無罪の新証拠が出てきて再審になると言う。 服役中の宝蔵寺は、当時のエリートサラリーマンで、妻はマスコミから早や逃げ、実の母は重度の心労で緊急入院、弟は就職も縁談も白紙となり、失意の中で自殺という、酷い家族環境に陥っていた。 もし、これが冤罪だとしたら誰もが救われない事態である。 警察の責任は取り返しのつかない重さである。 真夏は、→犯人の当時の顔はパパに似ているネ・・・ おッ、血液型運勢は私のAB型が運気サイコー! と気勢を上げている、香織はB、翼はAである。
・・・大学の同期だった香織と結婚したのは25才の時、暫くは夫婦二人で楽しく、と三年を過ぎたが、香織の高校同級生の親友二人が揃って妊娠した、と知ってから香織は自分も子供が欲しくなった、と気持の変化があった。 しかし、それから一年半経ってもその兆候が現れず、正月に実家へ帰省した時に、満面の笑みを浮かべて、翼の母から、→そろそろ孫の顔が見られそうかしら? 楽しみにしているわ、と投げ掛けられて、香織は、あなたの実家にはもう行かない、と塞ぎ込み、表情が乏しくなり、思い詰めた顔でパソコンと睨めっこする時間が増えて行った。 →ねェ、知ってる? 私みたいな人を石女(うまずめ)って言うんだって・・・ 自分に原因があるかも知れない、と思っている香織は頑なに検査を受ける事を拒んだ。 夫としても、敢えて原因の所在を突き止めずに置く、そう、パンドラの箱を開けずに置く、という判断が優先したのである。 ・・・そうした苦難の日々が続いた一年半後、病院で妊娠を告げられた香織と翼は顔をクシャクシャにして大泣きしたのだった。 そうして授かったのが真夏である。 8月5日生まれのベタな名前であるが、文字通り、真夏は我が家の太陽となった。
真夏が2才になり、「連続幼女誘拐殺人事件」が世を騒がせている頃、職場で精子提供の話題になった。 夫婦で不妊症で悩んでいた頃を思い出し、自分なりに調べてみたら、結構な人々が人工受精に縋っていた。 無精子症の夫であれば、他人の精子を人工受精してでも我が子が欲しい、という夫婦も多かった。 自分もひと肌脱げるかもしれない、と考えて香織に相談した。 条件は、相手の夫も本件に同意している事、この人なら大丈夫、と見極めた相手だけ、実際の性行為ではなく、「シリンジ法」(専用の器具で精液を注入する方法)、匿名ではなく素性を明かす、生まれた子に告知するかしないかはその夫婦次第、等々である。 香織は両目を微かに潤ませながら、→絶対、それがイイと思う、出来るなら私もその子に会ってみたい、と賛成され、晴れて妻公認の精子提供を始めた。 正直に、血液型A、年令、大学名、職業、体形、条件等々を記して・・・。
二週間前の土曜日、朝食を慌ただしく終えて真夏が部活に出かけたアト、翼にメールが入った。 →母から事情を聞きました、近々お会い出来ませんか、出来れば奥さんに知らせずにお一人で・・・とあった。 今、土曜日の昼下がり、ゴルフの打ちっ放しに行ってくる、と嘘を付いて、二つ先の駅前のカフェでもう一人の我が子と向き合った。 翔子と言います、と自己紹介した子は14才・中二、岐阜で母親と二人暮らし、ここ迄一人でやって来た、と言う。
・・・精子提供を決意して二ヶ月後10月中旬、「連続幼女誘拐殺人事件」が無事に解決して世の中がホッと一安心した頃だった。 →プロフィールを拝見致しました、いきなりですが明日会えませんか? ・・・約束したビジネスホテルへ向うと、エレベーターホールにそれらしき女性の姿があった。 目深にかぶったキャップ、口元を隠すマスク、事前に知らされていた通りであった。 翼の姿を認めるなり、仰天したように目を見張る彼女は、久し振りの友人と会った感じが強かった。 →込み入ったお話は私の部屋で・・・と言い、初対面の男をイキナリ部屋へ?と訝しく思ったものの、アトに続いた。 素顔を晒した相手はかなりの美人だった。 しかし、かなりな疲労の色も濃い。 色白美人より、顔面蒼白の表現が勝るほどだ。 美子、と言います、下の名前だけでも教えて下さい、翼です、と自己紹介を終えた。
翔子は、→母は離婚していました、元の夫は宝蔵寺雄輔です、そう、あの連続幼女誘拐殺人事件の犯人です、私は殺人犯の娘なのか、と母を問い詰めました、すると、母は、あなたは精子提供によって生まれた子で決して殺人犯の子ではない、と。 彼が逮捕される前日の晩に性交渉に及んでいた、ところが翌日、夫が逮捕されて動転した彼女は、間もなく押し寄せて来るだろうマスコミから逃れるべく、あのビジネスホテルへ移った、このまま子供を身籠ったら殺人犯の子になってしまう、それは我が身に宿った命であり、堕胎は決してしたくない、4日が経っていたが実の親を確定させない受精卵の上書き、という荒業に美子は踏み切ったのである。 ・・・思い当たることが数々ある。 会った瞬間に吃驚した顔は、血液と共に夫に顔が良く似ていたのだろう、(確かに娘の夏子も言っていた)、会った瞬間から決めていたんです、この人にしようって・・・、精子提供者の情報も希望の光だったのだろう。 明日までに相手を決めてしまいたい、と言ったのは、妊娠期間のズレを恐れたのだろう。 今日この場でお願い出来ませんか、と差し出されたシリンズ法キット、どうか私を助けて下さい、という必死の顔、ありがとうございました、このご恩は一生忘れません、と涙ぐんだ顔・・・、あれ以降、二度と彼女と会ったことはない、程なくして妊娠したお礼の知らせはあったが・・・。 翔子は、→血液型を確認させて下さい、それでどちらかの子か、自分で判断します、母はO型、宝蔵寺はA型、私はB型なので宝蔵寺の子じゃない、と思いますが、宝蔵寺と同じ血液型の精子提供者だった、と母は言ってましたから不思議なんです。 どちらかの血液型が間違っていた、という事を確認する為にこうして会いに来た理由です、もし、翼さんがB型なら私はあなたを父と信じて生きていきます、と長い打ち明け話が終わった。
・・・献血ルームから出て来た翼の献血カードにはハッキリとB型の表示があった。 翼の、古い血液型が間違っていた証拠である。 パンドラの箱を開けてしまった、→B型だった、翔子は僕の子だよ、と予め知らされたスマホにメールした。 とすると、AB型の真夏は誰の子なんだろう? 香織も翼もB型、A型が生まれる訳がない。 翔子の声が甦る、翼の部首は羽、美子の部首は羊で組み合わせると、翔になる。 翼と美子の子、翔子・・・。 では、これから香織を問い詰める? こっそり人工授精したのか? 真夏に真実を告知する? イ~ヤ、そんなことが出来る筈もない。 この世に生を授かった二人の我が子には、まさにこれから羽ばたかんとする、優雅で逞しく、美しい一対の翼があるのだ。 何があっても、これからも香織の夫であり、真夏の父であり続けるだけだ。 ・・・土曜の雨の夕方、駅まで迎えに来た父の車に、真夏は部活を終えて、スポーツバックとラケットケースを抱えて小走りに駆けてくる。 実に軽やかに、これから大空に舞い上がらんばかりに。
西加奈子の2冊を連読したが、どちらも完全理解出来なかった。 「i アイ」(単行本は2016年)、「夜が明ける」(単行本は2021年)、長編だったから時間もかかったし、途中で止めようかと思ったが、意地で読み切ったけれど、次回からは恐らく手を出さないだろう、と思う。 作者は1977年イラン・テヘラン生まれ、エジプト・カイロと大阪育ち、とあった。
(ここ迄4,200字越え)
令和6年(2024)8月1日(木)