令和6年7月8日

俺の本棚~面白いッ書 第686回

7月に入って直ぐの日、9階の我がマンションの窓、6面(南側3枚、北側2枚、西側1枚)を全て開けて風を通しているのにも拘らず、室内温度は28度だった。 空気が生ぬるく、ボヨ~ンとしている感じである。 戸建ての方々は一体、何度になっているか、と気の毒に思う。 熱中症対応の救急車は忙しかっただろうナ、と推測している。

 

PGAは久常涼だけ。 ・・・予選通過。 ・・・77人中、52位だった。

LPGAは今週は試合が無い。

欧州ツアーはドイツで、星野陸也、中島啓太の二人。 ・・・共に予選通過。 ・・・星野6位(69千€)、中島20位(25千€)だった。

 

日本女子第19戦は札幌で。 道産子は11人。 ・・・予選通過は、小祝さくら、菊池絵里香、政田夢乃、内田ことこ、成沢佑美の5人。 21才・川崎春花が優勝。 道産子は内田18位を始め全員下位に沈んだ。 これで18勝1敗、アトは全勝出来るのでは?

男子はメジャー戦を岐阜県で。 道産子4人の内、片岡尚之だけが予選通過。 ・・・22才杉浦悠太が優勝! 片岡は25位。 男も女も21才・22才と、若年が最大の力の発揮できる歳なのだろうか? 前途洋々たる日本プロゴルフ界、と言う前兆だろうか?

 

 

山口恵似子「幽霊居酒屋⑤ 枝豆とたずね人」(書き下ろし)

雷鳴が轟いて大粒の雨粒が屋根を打つ音がする、かなりの土砂降りである。 その時、ずぶ濡れの若い男女が飛び込んできた。 30才前の十倉準平と25才位の最上莉奈は、偶然、近くに居合わせた、咄嗟の雨宿りの積りである。 それと察した秋穂は、乾いたタオルを差し出して、→ゆっくり雨宿りをどうぞ、と労った。 ビールとホッピーを注文した二人は、お通しのシジミの醤油漬けを口にして驚き、→これ美味しい、どこの名産品ですか?と同時に訊いてきた。 スーパーの特売品で、冷凍すると旨味成分が4倍になる事を教えられた二人は唖然としている。 店の雰囲気は訝し気だったが、出てくる品々が本当に美味しかった。 特にモツ煮は絶品だったようだ。 準平が莉奈に聞き出していた。 莉奈が、→美大を卒業して絵画教室のアシスタントです、美術の教師免許も持っていますが・・・、と答えながら名前を交換していた。 準平は塩原不動産に勤めていてアパート・マンションの管理会社だった。 手作りコンビーフを勧めると、その味に感激した二人は、〆に秋穂が勧めたコンビーフ丼ハーフとオイルサーディンのスパゲティを堪能した。 ・・・意気投合した二人は、来月盆休みの13日の、ここでの逢瀬を約束して別れた。 只、二人の会話はデジタルとか、コンピューターグラフイックとか、見慣れない四角いスマホとか、秋穂の理解のできない話の内容だった。

 

一ヶ月後、6時の開店と同時に入って来た準平は11時になっても来ない莉奈を待っていた。 秋穂が勘定書きを差し出すと、どうやら振られた見たいです、と情けない声で言う。 →実は僕、小説家志望で、あの時は最終選考に残ったのに次点で受賞出来なくて、もうやめようかと弱気になっていたから、画家志望のようだったあの子に自分も含めて元気付けようとしたんです、だから頑張って昨日やっと新作を書き上げました、あの子に見て貰おうと持ってきたんですが、女将さん、これを預って下さい、彼女に捧げますので、もし、彼女が来ることがあれば渡してください、小説は茨の道ですが僕は書き続けます、と決意顔で深々と頭を下げて出て行った。

 

・・・莉奈は「米屋」を探しているが見付からない。 先週、莉奈のもとに銀座の大きな画廊の店から連絡が入った。 公募展で佳作に入った作品を見たので、画廊が主宰するグループに入らないか、という誘いだった。 遂に画商が付いた、これからはもっと大きなチャンスがやってくる、もっと大きな兆戦が出来る、一刻も早くこの喜びを準平さんに伝えたい。 なのに「米屋」が見付からない。 思い悩んで「スナック優子」のドアを開けると、壁のポスターに「早瀬亮の世界」というタイトルと男の顔が写っている。 あれは間違いなく、十倉準平である。 →「米屋」なら「とり松」にいる筈の年寄に聞いて、とママに言われて隣の焼き鳥屋を覗くと、4人の年寄がカウンターで吞んでいた。 同じポスターが貼ってある。 →あれはどなたですか? 谷岡古書店の隠居の資(タスク)が、→20年も前に亡くなった小説家で、今になって再評価が始まってね、小説を原作にした映画が三本撮られて、去年、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞したのサ、と言う。 莉奈は膝が抜けて崩れ折れそうになった。 まさか、あの人は幽霊だったの? 「米屋」の事も尋ねると、→秋ちゃんだって亡くなってもう30年近くになるよ、と言われて莉奈は震え出した。 ふたりとも幽霊だった? 髪の毛を薄紫に染めた80代の井筒小巻は、→あなた、もしかして最上莉奈さんって人? それなら亡くなった秋ちゃんからあなたに渡すようにって預ってるものがあるわ、と言ってスマホして持って来させた封筒には、「最上莉奈様 ・・・愛と感謝を込めて」 「十倉準平」 中にはワープロ打ちの原稿が入っていた。 莉奈の心から恐怖心は消えて、代わりにとても温かいものが満ちて来て、大粒の涙となって零れ落ちた。 →それを書いた人と秋ちゃんの事、覚えてあげてね、亡くなった人には忘れないでいてくれる事が一番の供養だから。 莉奈は涙を流しながら頷き、心の中で、→準平さん、女将さん、ありがとう、お二人の事、一生忘れません、そして誓います、私は諦めないで絵を書き続けます。 莉奈は雨上がりの星空を見たような気がした。

 

スナック優子のオーナーママ・志方優子には一人娘の瑞樹がいたが、就職した会社で上司と不倫関係になって駆け落ちし、未だに行方が知れない。 それから優子は瑞樹の存在を一切拒否してきた、始めから居なかったように名前さえ口にしなかった。 今朝の朝刊に、「瑞樹、全て完了、直ぐ帰れ、優」という三行広告が目に止まった。 これは、優子ママ・・・ 間違いない、優子は母子関係を修復したいと願っているのだ、先日、→尋ね人欄て、新聞に無くなったのかね、と秋穂と会話していたのである。 ・・・常連の年寄二人に問掛けると、見ていない、と言うので二階から新聞を持ってきた。 二人とも優子ママと娘の事は知っているので、→先ずは母親の方が折れた訳だナ、上手く解決すりゃイイがな。

・・・今日は早仕舞いしようかと11時に思っていたら、人品卑しからぬ威厳の初老の男が入って来た。 相良優は力尽きた様に腰を下ろした。 疲労困憊の様子である。 朝から新小岩界隈を歩き廻っていたのだった。 ビールの突き出しにシジミの醤油漬けを出されると、意外なほど旨くて吃驚した。 食欲が無かったのに、出された小鉢はどれも旨くて次第に食欲が湧いてきた。 特にモツ煮は絶品だった。 〆の豆ごはんも奇麗に平らげた所で、写真を取り出して、→女将さん、ウチの息子、今年29才になるんだけど見たことがないかナ? と6年前の写真を見せられたが、まったく見覚えが無かった。 相良家は千葉県で六代続いている醸造メーカーだが、息子は結婚が決まっていた相手を差し置いて5歳上の水商売の女と駆け落ちしたと言う。 一人息子で大事な跡取りだったから厳しく育てました、嘘を付いてはいけない、弱い者虐めは絶対するな、弱気を助け強きをくじく人間になれ、卑怯な振舞いをしてはならない、弱っている人間には親切にしろ、と。 女との結婚の決意を曲げない息子に、結婚とは別な形でつきあったらどうだ? 別れる時は充分に手切れ金を出してやる、と言った途端に、息子は青筋立てて怒り狂いました。 お父さんは彼女だけではなく、僕の事も侮辱した、僕はそんな卑怯な汚い選択をする人間じゃない、この家もお父さんも腐れ切っている!と。 →私は偽善者です、口先ばかり立派な事を言って、やる事は卑しかった、全て私の身から出た錆です。 息子は恋の為に家も財産も捨てた、愛人関係という甘い提案も蹴飛ばしたンです、息子を新小岩で見かけた、という話が昨日から二件続いたので、一日中、探し回っていました、と疲労困憊の理由だった。 もし、息子に似た話があったら、ここに連絡をお願いします、と差し出された名刺は世間に良く知られた醸造会社の社長だった。 相良優は、帰途、どうしてあんなにペラペラ打ち明けてしまったのか、不思議だった。

 

それから数日後、ホストらしき若い男と30代半ばの女がやって来た。 それを追いかけて離婚届を手にした30才位の男が、→梢!と言いながら入り口で凝視している。 梢の夫に見せ付けるように、ホストにしな垂れかかり乍ら、→アンタにはもうウンザリ、凡庸で退屈、だから、もうさようなら、とホストに頬をすり寄せて、嘲る様に片手をヒラヒラと振ると、夫はクルリと背を向けて立ち去った。 梢は財布から一万円札を取り出し、ホストのポケットに入れて、→もう、イイわよ、と片手を払った。 どうも、と言いながらホストは店を出ていく。 秋穂は、どうしてあんなお芝居を?と訊くと、→あのくらいやらないと見限ってくれないから、あの人、凄く優しいのよ、そして背負い切れないくらいの荷物を担いで押し潰されそうになっている、可哀想で見てられないの、私は20才の時にアルバイトでホステスをしながらある大企業の社長から経済的な援助を受けていた、歳が行っても性への執着が強くなる人に始めはお金に目に眩んで言いなりになっていたけど、段々嫌気が差してきた頃、ひとり旅で行った沖縄で彼と出会ったの、いいとこの坊ちゃんだったのに、親と喧嘩して家を飛び出して私と結婚してくれたの、まるで夢みたいだった、本当に一生分の幸せを貰ったの、この間、新聞に尋ね人の広告が載ったの、「瑞樹、すべて完了、直ぐ帰れ、優」 お父さんがあの人を捜しているのよ。 秋穂は、え!と思った、あれは優子では無く優だったのか、そして子供は同じ名前の瑞樹だったのか。 梢は、→いま、このチャンスを逃したらあの人は二度と実家に戻れない、だから、絶対、今しかないのよ、と言い切った。 それでも相良社長は、今の二人で帰って来てもイイ、と言ってた事を告げて、別れなくてもイイのでは?と返すと、梢は、微笑んだまま、涙を流し、そう、良かった、けど、それならなおさら一人で帰らなくちゃ、私はあの人に足を向けて寝られないくらい良くしてもらったのに、私はその恩を仇で返してしまった、でも、やっと今、恩返しが出来る、私、嬉しくて堪らない。 その気持ちは秋穂にも涙を流させた。 →女将さん、私はこれからどんな事があっても不幸になんかならない、一生分の幸せを貰ったから!と最上の幸せ顔で立ち去って行った。 翌日、相良瑞樹がまた店に来たから、梢の幸せだった気持ちをキチンと伝えた。

 

・・・相良瑞樹は30年振りに新小岩に足を運んだ、三日前に見知らぬ施設から死亡通知が届いた。 前野梢、離婚した妻であり、運命の女でもあった。 梢は介護の仕事に進み、介護士からケアマネージャーとなり、定年まで職を全うしたアトもボランティア活動をしていたがこの度、脳梗塞で亡くなったという。 葬儀のあと、あの米屋の女将の言葉を想い出した。 →奥さんはあなたの愛と誠実さに出会って幸せでした、あなたと出会わない人生より、遙かに幸せでした。 不意に涙が溢れた、→梢、俺も君と出会って幸せだったよ、君に出会わない人生よりず~ッと幸せだったよ。     

(ここ迄、全五話の内、第一話、第二話まで)

 

(ここ迄4,700字越え)

令和6年(2024)7月8日(木)