令和6年3月14日

俺の本棚~面白いッ書 第669回

 

文庫本5冊購入。 山口恵似子「ライト・スタッフ」(単行本は2020年)、近藤史恵「南方署強行犯係 狼の寓話」(2007年文庫本の新装版)、堂場瞬一「罪の年輪」(書き下ろし)、はらだみずき「山に抱かれた家」(2023年月刊誌)、遠田潤子「紅蓮の雪」(単行本は2021年)である。 近藤史恵のは古過ぎた、購入後気付いて残念!

 

PGAは松山英樹と久常涼。

日本女子は鹿児島高牧CCで。 高牧CCは札幌のシーズンオフに何度も行った事があるので、臨場感が堪らない。 金曜日から3日間、BSでたっぷり楽しめる。 道産子は小祝さくら、菊池絵里香、阿部未悠、宮澤美咲、内田ことこ、吉本ここねの6人。

 

 

楡周平「黄金の刻 小説・服部金太郎」(単行本は2021年)

明治の初め頃、服部金太郎は13才の時に、東京の洋品問屋(欧州モノを輸入)「辻屋」に丁稚奉公して2年が過ぎた。 店主の粂吉・23才は金太郎の商人としての資質を見抜き、年の離れた妹・浪子(金太郎と同い年)と将来結婚させて、店を継いで欲しいとの願いがあった。 粂吉は横浜の外国商館に何度も出向き、輸入の折衝等々、英語も堪能で東京の洋品店では群を抜く成長振りを示していた。 教養、見識の高さ、書を良く読み、知識人として周囲が認める人物であった。

 

「辻屋」には25人の従業員がいる、内7人は4月に二年間の年季が明ける。 金太郎は辻屋を実質仕切っている大番頭の蒲池伊平から呼び出された。 蒲池は従業員の面倒を良く見ていて、相談や進言にも耳を傾ける度量を供えていた。 →君は年季が明けるが、旦那様はこのまま店に居て欲しいと強く望んでいらっしゃる、君はこの一年、妹様の長唄の稽古の送り迎えの役を仰せ使っているだろう、妹君は掌中の珠だけに、信頼出来る確信があればこその人物だからだ、私は辻家に丁稚として入ってから30年以上になる、君は仕事の飲み込みの早さ、丁重な接客、そして向学心、誰よりも優れている、何よりも己を律する精神力に長けている、だから旦那様は君を失いたくない、君を立派な商人に育てたい、一緒に君の将来を見てみたいと仰っている、その思いは私も同じだ、と断言されて、旦那様に金太郎の一から十まで、報告しているのは大番頭さんだ、と直感した。 粂吉は蒲池に絶対的信用を寄せている、だから蒲池は粉骨砕身、誠実かつ忠実に仕えているのは傍目からも良く分かる。 有難い事だ。 しかし、金太郎は戸惑った、このまま店に居て欲しいだけなら即OKだが、まだ15才の身で結婚なんて重い責任を負える訳がない。 更に身分の格が違い過ぎる、大店のお嬢様としては丁稚にも親しく接してくれて申し分のない方であるが・・・。 蒲池は又も言った。 →君が通っていた星雲堂の井上塾長は、成績優秀、志操堅固な君を高く評価して養子に迎えて跡継ぎにしたい、とご両親にお申し出になった事も知っているよ、旦那様だっていろいろ調べるさ、服部家の一人息子だからとお断りしたそうだが、旦那様は妹君に服部姓を名乗らせてもイイ、とまで仰っている、そこまで君を買って下さっているんだよ。 金太郎は感謝の涙が溢れそうだったが、じっと堪えて、お時間を下さい、と願って部屋を辞した。

 

このお話はお断りする、と決めて蒲池大番頭に告げると、辻屋の応接室で粂吉から穏やかな声で問われた。 →ここを辞めて君は何をやる積りなんだね、金太郎は、→身に余るお言葉を頂戴したのに誠に申し訳ございません、実はどうしても時計商の道を進みたいのです、鉄道が開通して時刻表通り正確に運行されます、だから駅員も機関士も必ず時計を持っています、何れ日本各地の都市が鉄道で結ばれる時代がやって来ます、利用者は正確な時間を知る必要に迫られます、そこに大きな需要が生まれますし、生活の全てが時間を基準にして行われるようになります、と一気に打ち明けると、→金太郎、君は一人でそこに気が付いたのかね、と驚愕の顔だった。 きっかけは、粂吉が欧州視察旅行から帰国して全従業員を集めた講和だった、イギリスの鉄道のすばらしさ、人の移動手段を変えるばかりじゃなく、物の流れも変える、移動時間が短縮されると商業活動は活発になって商圏も拡大していく、と話しながら懐中時計をチョッキから取り出したのである。 その時計は金太郎には宝石に見えたのである。 あの美しい彫刻が為された中には、ギッシリと小さな歯車やバネ等の部品が詰まっている、時計は人間が作れる宝石なんだと。 近くの小林時計店を見ていて感じた事は、時計を売る、修理する、手入れをする、と三つの商機があり、天候に左右されない事、元手はなくとも一人でも独立出来る、と言う事だった。

 

話を聞いた粂吉は、更に金太郎を手放したく無くなっていろいろな懐柔策を示すが、一向に応じない金太郎にハラを立てて、つい、→ここまで言っても断わると言うのか! もう、勝手にしろ!と怒りの声高く、吐き捨てて出て行った。 二年もお世話になって最後に主の怒りを買ってしまった、と悄然として部屋にいると、蒲池がやって来た。 →旦那様は君を店に置いておきたいばっかりに酷い事を言ってしまった、そんな自分にもっとハラが立った、と凄く後悔している、日本橋に亀田時計店がある、昵懇にしているから時計職人の奉公先として是非、世話をさせて欲しいそうだ、と有難い申し出だった。 金太郎に否応がある筈がない。 粂吉の温情に胸がはち切れんばかりに感謝が一杯になった。 蒲池は、→旦那様は服部金太郎の将来が見たくなった言われた、並外れた才能を辻屋に縛り付けては金太郎の為にはならん、とまでに・・・。 金太郎はその温情に大声で泣いた。

 

亀田長次郎・40才は、→ウチにきて早や2年か、早いモンだねェ、と一緒の銭湯帰りの金太郎に声を掛けてくれた。 →金太郎は算盤は飛び抜けて上手いし、帳面付けも完璧だ、おまけに修理代金の計算方法まで纏めてくれた、最近は帳場仕事はお前ひとりに任せっ放しだ、修理を教えるのは二の次になってる、済まねえナ、職人頭の江藤俊郎にゃ、修理時術を教えるよう命じていたんだが、逆にカネ廻せって言われて断わっているンだろ、最近は嫌がらせが酷くなっているナ、このままだとお前の仕込みを頼まれた辻屋の旦那に顔向けできねェ、黒門町の坂田時計店の店主は俺の兄弟子だ、お前のことを引き受けてくれると快諾を得た、夜遅くまで、或いは徹夜して迄、時計を解体して組み立てている事も知っている、坂田兄は直ぐに教えてやるとよ、どうだ? 金太郎はこの二年間、長次郎親方の言う通り、いろいろな理不尽な目に遭ってきた、しかし、耐え忍んできたことで、更に夢に向って一歩も二歩も踏み出す喜びと、恩義に与る人がまた増えた、と胸の中に多大な感謝が込み上げてきた。

 

坂田時計店は8時半から5時まで。 店主・久光は稀に見る好人物で入店した翌日から修理技術を教えてくれた、腕が立つ、と評判の高い店主が一から懇切丁寧に、かつ、熱心に技術やコツを教えてくれる。 この熱意に応えるべく、朝5時に起床して7時の朝食までひたすら仕事に没頭する日々を送った。 その甲斐あって腕は瞬く間に上がり、その上達ぶりには店主も驚くばかりで、一年たった今、一人で修理を熟せるようになっていた。 仕事・夕食が終わってからの7時から9時まで、漢籍を教える中村塾に通った。 辻屋粂吉から頂いた、福沢諭吉の「学問のすすめ」を、より深く理解したい一心だった。 塾長の中村直は、雨の日も風の日も休まない熱心な出来の良い生徒が可愛いくて、休日には自宅に招いて昼食や夕餉のご馳走になりながら、語り合う事も多かった。 ・・・こんな充実した日々を送って来たが、最近、風体の良くない男達が頻繁に顔を出すようになった。 店一番の古株が、→親方が親戚の借金の請人になってこの家も全部取られてしまうらしいぞ、と囁かれた翌日、三人の借金取りが現れて、先ず、売り物ばかりじゃなく修理で預った時計までもを全部鞄に入れ始め、→ここの地券を出しねえ!と言いながら座敷に上がり込んで金目のモノを漁っている。 従業員の6人は茫然としてそれを眺めていたが、三人が引き上げると、通いの5人が地獄の思いでいる久光店主を責め立て始めた。 気の抜けた女房・房江共々、畳に額を擦りつけている。 金太郎は見ていられなくて二階に引き籠った。 従業員5人の怒号が途絶えてから、金太郎は蓄えておいた給金(僅か7円、給金は月2円、中村塾の月謝を払って爪に火を灯して貯めたカネである)と道具箱を手にして階下に下りた。 →親方、大変お世話になりました、あの・・・これ、本当に僅かですがこの一年貯めたお金です、7円しかありませんが謝礼です、給金を頂きながら修理技術を叩き込んでくれたお気持ちに感謝しております。 てっきり他の従業員と同じく責められると覚悟していた夫婦であったが、先ず、大声で房江が泣き崩れた。 店主は、肩を震わせながら、→服部君、ありがとう、君のような弟子を持てて、わたしは、わたしは・・・、と滂沱たる涙を流しながら声を詰まらせた。 金太郎は、道具箱を差し出して、→お借りしていた道具をお返し致します、再起を図るには道具が必要です、と言ったが、→店を持つのは、もう無理だ、仲間に頼んで職人として雇ってもらうしかない、君はもう独立するだけのウデがあるし、この道具はその時の為に使ってくれ、と押し返された。

 

坂田時計店で学んだのは修理技術ばかりじゃなく、借金の怖さ、豹変する人の本性を思い知った。

おりしも古物商を営んでいた父親が体を悪くしたので、実家に時計修繕所を開業した。 背伸びせず、自分の腕だけで道を歩むと決めた。 しかし、客足はサッパリだった。 そんな時に、修理を頼みたい、と一人の男が現れて最新式の時計を持ち込んできた。 修理経験のなかった時計だったが、三日かかって完璧な状態に仕上げることが出来た。 修理品をお渡しして三日後、又してもそのとこが現れた、何か不都合があったのか、と見構えたが、→俺は伝馬町の桜井時計店だ、ウチで働きながら息子・富次郎(20才)に時計の修理を教えてやってくれ、と吃驚の申し出だった。 名人と謳われる腕の持ち主、弟子を取らずに一人で切り盛りしている有名な人物・桜井清次郎だった。 清次郎が眼病で仕事が捗らない、ますます、視力が落ちてきていると言う。 →あの時計はイギリスの最新作だ、アンタは完璧に仕上げた、それと人となりだ、全財産を失った坂田さんに有り金全部差し出したんだってナ、心配して駆けつけた仲間に真っ先に話したのがアンタの事だったそうだぜ、アンタが仏に見えたのは間違いない、絶望の中で、希望と生きる勇気をアンタに貰ったのさ、俺はアンタに惚れた、俺の願いを叶えてくれ、この通りだ、と深々と頭を下げたのだった。

 

清次郎からも多くの事を学んだが、他人への信は己の信に繫がる、と言う事だった。 「あの桜井がが弟子を取った」と噂になり、清次郎に請われて息子の富治次郎に仕事を教えている、と同業者の注目の的になった。 坂田久光に対する美談に加えて、坂田に居たあの服部か、桜井程の名人が仕事を任せている、ならばウチも、と仲間修理も増加した。 中でも、本郷5丁目の時計商・中山直正からの依頼は、開業資金を貯める大きな助けとなった。 両店とも修理依頼はヒケも切らず、金太郎の取り分は4割である。 桜井と中山の看板に寄せる客の信頼である。 四年経って150円の資金を手にした。 「服部時計店」の看板をやっと上げる事が出来た。 中古時計の販売も始めるのだ、一年間の保障を設け、その間の故障は無料にした。 果たしてこの売り方にどんな反応が?と思案していたところに、辻屋粂吉が熨斗の付いた角樽2本を下げて祝いに顔を見せた。 驚いた金太郎が、あッ、旦那様! と駆け寄ると、 満面の笑みを浮かべている粂吉は嬉しそうに、服部君、おめでとう!と有難いお声だった。 →やっと、浪子の嫁ぎ先が決まってね、軍医をなさっている方に、是非に・・・と見染められてね。 実は金太郎も、亀田長次郎から娘・はま子を貰って欲しいと、直談判されたのだった。 亀田時計店に住み込みであったからはま子の事は見知っていた。 お嬢様然としているが、良く母を助け、贅沢するでもない、しっかりしていた、しかし、恋心を抱いた事はない。 即答は避けたが、母・はる子は俄然乗り気で、願ってもない縁談じゃないか、と親同志の合意で決まった次第だった。

(ここまで、全442ページの内、113ページまで)

 

今月で結婚53年が過ぎた。 穏やかな日々が続いている。 感謝だろうナ。 結婚記念日の二日アトが誕生日の娘も51才になった。

 

(ここまで5,200字越え)

 

令和6年(2024年)3月14日(木)