令和6年2月17日

俺の本棚~面白いッ書 第661回

道新の「おくやみ」欄で同級生Nの名前を発見、昨年9月にⅠ町でのクラス会参加のSと共に、Nから昼食をご馳走になっていたから、吃驚。 5年前には、余命宣告を受けていた事を食事中に聞かされていたが、とてもこの先、半年足らずに亡くなるなんて事が信じられない程、快活に喋り、食べていたのに・・・。 A組49人中、これで亡くなったのは12人となった。 行方不明2人を含むと、生き残っているのは35人である。 誰が最後まで生き残る長命なのか、恐らく混沌とした団子レースであろう。

 

文庫本6冊を購入、佐伯泰英「芋洗河岸② 用心棒家業」(書き下ろし)、まさきとしか「あなたが殺したのは誰」(書き下ろし)、小路幸也「花咲小路2丁目の写真館」(単行本は2022年)、日明恩(たちもりめぐみ)「濁り水」(単行本は2021年)、中山七里「テロリストの家」(単行本は2020年)、越智月子「片をつける」(単行本は2021年)である。 越智は初めての作家である。

 

PGAは松山だけ。 前半2日間を9位で凌いだ。 サウジアラビアで日本女子7人が参加、岩井ツインが予選落ち、古江彩佳が日本人のトップ、男子も女子も世界で活躍している事を頼もしく思う。

 

 

東野圭吾「ブラックショーマンと覚醒する女たち」(Oさんから借用の新刊)

・・・第650回にブラックショーマンの前作をUPしています。 そちらを先にご覧ください。

 

「トラップハンド(罠の手)」は元、アメリカで活躍していたマジシャン・神尾武史が経営するバーである。 神尾真世は不動産会社のリフォーム担当の一級建築士で、亡き兄・英一の娘である。 二年前に病死した兄嫁の葬儀以来、真世は何回か、ここに来ている。 今晩の客は、新規で一週間前に「ブルーハワイ」一杯を吞んだだけで帰った男が美人を伴ってきた。 美菜さん、清川さん、と呼び合っている。 ハワイの一軒家の別荘の話、それを撮ったスマホを見せながら指を二本出して、購入価格を訊かれた男が答えていた。 恐らく200万ドルだろう。 →ブルーハワイは如何ですか?と、清川から問われて頷いて出されたカクテルは真っ青だった。 奇麗! 美味しい!と美菜はひと口含む。 次の瞬間、突然、美菜の視界が塞がれた、→お話中済みません、何かお摘みは如何かと思いまして・・・、とマスターが差し出したメニューだった。 食事を終えていた二人は、特に結構です、と答えたが、メニューを戻した流れるような手付きが滑かで、美菜は思わず見とれてしまった。 二人の出会いに・・・と、清川が乾杯を促し、喉に流し込む。 →ご自宅は広尾の賃貸マンションって何故ですか?と美菜の質問が続く。 →同じ場所に長く住むのが性に合わなくて、数年ごとに引っ越すものですから売れなかった時に面倒ですからね、値下げなどしたくはないし・・・ それを聞いた美菜は、この人物と、結婚するならば早い段階で高級マンションを購入せねば・・・ 更に、未亡人になった時の将来の為に複数軒、と思った。 カクテルの2杯目はマスターにお任せした。 お仕事は?と美菜が尋ね続けていると、清川が突然の欠伸である。 失礼、と言いながらも両目の瞼を揉みながら頭を振っている。 更に何度か深呼吸を繰り返し、マスター、トイレは何処かな?と言いながらトイレに消えた。 マスターは、→お二人は今夜が初めてお会いになったんですね、彼の資産状況を大胆にチエックしておられましたね、イイ事だと思います、一生の問題だから遠慮は無用です、と言いながら清川のスマホを操作し始めた。 →あのまま眠り込まれたら誰かに連絡しなきゃイケませんからちょっと借りました、とハワイの別荘の画面を美菜に向ける。 →このスマホには広角機能がないのに、これはどこかの雑誌に載っていた広角レンズの写真を撮ったモノです、彼は一週間前に初めてここに来てブルーハワイ一杯を吞んだだけで帰りました、今夜、美人の女性を伴って現れ、ブルーハワイを注文したから、これは何かあるナ、と考えるのが当然でしょう、彼の動きを注意深く観察していたら案の定、指の間から白い粉を落としました、それを混ぜると真っ青になります、ブルーハワイに入れても解りません、これは睡眠薬です、あの男がトイレで眠りこけているクスリです、お摘みは?と、メニューを差し出した時にすり替えました、あのままだとここを出て30分後にこうなります、とスマホを操作すると、ベッドで横たわる全裸の別な女が映し出された。 →この店で卑劣な犯罪が行われるような事は見て見ぬ振りは出来ません、グラスをすり替える時にテキーラを混ぜました、徹底的に彼を懲らしめる為にです、あのまま暫く眠りこけます、あなたはもう帰りなさい、この次は真に素敵な男性といらっしゃることを祈っております。 美菜はマスターの顔を見詰めた、この人物は何者なのか? ・・・以降、美菜は同行した人物査定をこのマスターに尋ねる回数が増えて行った。

 

港区白金のマンションは100㎡以上の広さがあるから、築20年以上とは言え2億円以上はした筈だ。 305号室の40才程の上松和美さんから電話があって伺ったばかりである。 三か月前に購入して以来、今回、改築を決めたという。 ひとり暮らしなので2LDKを1LDKに作り変えて欲しい、という要請だった。 久し振りの3,000万円以内の大型案件である。 真世は緊張しながらも張り切っていた。 提案する前にいろいろ尋ねたが生活様式を答えてくれない、更に、プランを出せないなら他の会社にお願いするわ、と冷たく言われて狼狽してしまった。 →一週間後に幾つかプランをお持ちします、今、仮住まいの恵比須のワンルームマンションで宜しいですか? →今の部屋は狭いからどこかイイ所がないかしら? と言うので、叔父の「トラップハンド」の開店前の誰もいない時間を了承してもらった。

 

叔父にはアトから不機嫌のまま、5時のお許しの許可を貰った。 ライフスタイルがわからないから設計思想が決まらない事も愚痴ると、→わかった、俺に任せておけ!と頼もしかった。 5時過ぎに上松和美さんが顔を出すと、→真世の叔父の神尾武史です、いつも姪がお世話になって有難うございます、お名前を姪から聞いてから、ひょっとして、と思っていましたが上松コウキチ様の奥様ですね、横浜のお屋敷に伺った事があります、趣味仲間です、こっちの方の・・・と右手を意味ありげに動かすと、→あ、それ、もしかしてチェスでしょうか?と返答があった。 →その通り、今から7~8年前にインターネットのサイトで知り合ってから何度か対戦するようになって、その内、一度、直に会ってみようとなって私がお宅へ訪ねていきました、丁度、奥様は外出される処で、ご挨拶だけはさせて貰いましたが・・・と言うと、→そういえばそんなことがあったように思います、主人の所にはいろいろなお客様がお見えになったので、ごめんなさい。 武史は、→奇遇ですね、今、お一人暮らしとは、ご主人は? →主人は三年前に他界致しました、糖尿病で82才でした、それからもず~ッと住んでいたんですが、数ヶ月前、不在の時に空き巣に入られて怖くなってしまって、今の恵比須のマンションに引っ越したんです。 →奥のテーブルへどうぞ、奥様、姪は人間としては半人前ですが建築士としては結構な腕前だそうです、どんどん注文を付けてやって下さい。

 

打ち合わせが済んで上松和美さんを見送ってから、真世は叔父に、事前に私にも教えておいて、上松コウキチさんて誰?と文句を言った。 →あんなのはアサメシ前だ、不動産屋に連絡して横浜で売りに出ている一軒家を調べて貰ったら上松と言う持ち主の一軒家があった、屋敷も映ってあった、とスマホを翳す。 →上松幸吉氏が9年前に購入、1億6千万円を即金で払っている、実業家で70才の時に夫人が亡くなって一線を退いたが、77才の時に電撃的に結婚、子供はおらず、82才の時、糖尿病が悪化して永眠、とある、これだけの事実を掴んだらアトは作り話だ、と悠々と言う。 驚きの洞察力である。 →一人になってからは囲碁か将棋かマアジャンか、どれかの趣味があるかと思って、右手を意味ありげに動かしてみたら、チエス、と先に言ってくれたのサ、と得意げでもある。 →上松さんは糖尿病の爺さんをうまく誑かして結婚にこぎつけた、子供がいないから旦那が死んだら全財産が自分のものだ、まんまとその通りになった、俺は賞賛を贈りたいくらいだ、孤独な爺さんが財産を抱えたまま死んでもせいぜい国が喜ぶだけだ、爺さんも最後の何年かは若い妻と一緒に過ごせたんだから本望だろう、死後、未亡人が遺産を湯水のごとく使ってくれたら周りの皆が幸せになれる、余ったカネが回って俺にも来ると嬉しい限りだがナ、と締めくくった。

 

結局、上松和美は真世の三つのプランの内、極めて普通ながら高級品揃いの最高額を選んでくれた。 更に後日、「トラップハンド」で詳細を詰めていた時、→次回は、ここに兄を連れて来てもイイですか?・・・、もう何十年も会っていなかった実兄です、私が小さい頃、両親が離婚して私と兄は母に引き取られました、しかし、中二の時に母も亡くなって私は施設に預けられました、既に、高卒で就職していた兄は何かの責任を負うのを嫌って以後、全くの音信不通になりました、私には家族はいないと割り切ってこれ迄、生きて来たんですが、最近引っ越した恵比須のマンションに突然やってきて、親父の事で話がある、と引き下がらないし、承知してくれるまで何度でもここに押し掛ける、と言うので、後日連絡すると約束して電話も教えました、どうして知ったのか、恵比須のマンションには入れたくないし、喫茶店だと不安だし、ここなら何か心強い気がします、と懇願されて、叔父は、→ラフなノーネクタイで来た、というのは金銭絡みの可能性が高いですね、それと実の息子は母親の戸籍を取れます、そこには、和美さんが結婚して除籍した記録が残っています、籍が移った先の筆頭者が上松幸吉さんですから、横浜の住所も判明します、だからあの家を訪ねたと思います、引っ越し先がわからなくても、超小型GPS発信機をゆうパックかレターパックに入れて横浜の住所に送る、転居届けが出されていれば勝手に転送されます、心当たりは?と尋ねると、→そういえば二週間ほど前に知らない会社からサプリの試供品が送られてきました、ケースに入っていました、マンションの郵便受けには名字だけ書いてあります、ああ・・・と悲嘆の声である。 →いいでしょ、あなたの不安な気持はよくわかります、どうぞ、ここを使って下さい、お兄さんとの再会シーンに私も立ち会いましょう。 

 

その日から4日後、4時に約束した上松和美は落ち着かない様子で体を固くしていた。 実兄の名は、竹内祐作、47才で和美の四つ上である。 短髪で無精髭の小太りの男が茶色のブルゾンを羽織って現れた。 二人で話したい、外で話そう、と詰め寄って来たが、和美は、人に訊かれたらまずい話でもする気?と、臆する素振りは見せずに堂々と視線を受け止めていた。 →この方は主人のお友達で神尾さん、横浜の家にも来られた事があるわ、ここのマスターよ、奥のテーブルなら静かな音楽を流して貰ったら、ここ迄聞こえないわ、と向うと、竹内もしぶしぶ付いていった。 叔父が小さいワイヤレスイヤフォンを差し出してきて、既に彼の耳にも入っている。 いつセットしたのか、全く、油断も隙も無い叔父である。 →俺達の親父は茨城の老人ホームにいる、親子の縁を切ったと言っても扶養義務は残っている、横浜の家を見て来た、随分な遺産があるらしいナ、月50万円で手を打とう、・・・お好きにどうぞ、って本当にいいのか? あんた、和美じゃないだろう、一体、どこの誰なんだ? 俺にはわかる、何十年も会っていなくてもあんたは俺の妹じゃない、と言い出したが、和美は冷笑を浮かべて言った。 →そう、良く知っているわね、つまりあなたとは赤の他人、もうお会いする必要もありませんね、本当の和美は13才、4才上の兄に殺されました、それ以後、生きているのはニセモノの和美、ここにいる和美は偽物、だからそっちが言ってることは当っています、とイヤフォンの二人に は衝撃的だが、能面のような無表情の和美の顔が伺えた。 狼狽えた竹内は、→横浜に居た時、随分、重い病気で通院していたと訊き込んだ、と言い放ったが、→もうスッカリ治ったわ、ガセネタね、お気の毒様、もう、お帰り下さい、と言われてテーブルを叩いて立ち上った竹内は、→いいか、後悔するぞ、と最後ッ屁を浴びせて店を出て行った。

(ここ迄、全347ページの内、54ページまで。 さて、この話はどう展開していくのか? 以降、アト4話が続き、最後は美菜の一世一代の内容で締めくくられる。 ますます、磨きが掛かる東野ワールドである)

 

(ここまで、5,300字超え)

 

令和6年(2024年)2月17日(土)