令和6年1月25日

俺の本棚~面白いッ書 第658回

LPGAは古江彩佳が2日目にトップに立ったが、惜しくも4位(76千$)に終わった。 稲見モネは19位、畑岡奈佐は22位だった。 欧州ツアーはアラブ首長国連邦で、川村昌弘が7位(201千€)、星野陸也は予選落ちだった。 PGAは久常涼が11位(212千$)、蝉川泰果は予選落ちだった。 20才のアマチュア・米国人が優勝、33年振りだと言う、また、超新星が現れた。  

 

 

山口恵似子「ゆうれい居酒屋④ とり天で喝!」(書き下ろし文庫)

若い男・坂垣充はラジオ局のデレクター、連れのAD・木村昇は愛媛の出身でシジミの醤油付けに舌包みをうっていた。 こんなに冴えない居酒屋で出てくる摘まみではないほど旨い! →シジミは一度冷凍すると旨味が四倍になるんですヨ、と女将が教えてくれた。 充と昇は次々と出てくる肴の意外な旨さに箸が進んでいた。 →僕たち、ラジオ番組で、週一で商店街から生中継するんで、今日はこの商店街の下見です、デビューしたばっかりの演歌歌手の森永ひろしが来週月曜日に出演します。 秋穂は、毎週仕込みをしながらその番組を聞いているが、そんな歌手は知らなかった。 →きっと観に行くわ、と約束した。 最後にご飯ものを、と頼まれたので、元からあったアサリの汁かけご飯を勧めた。 充分満足した二人は、→肴が美味しくて意外なお店でしたね、と帰り足で言葉を交わしていた。

 

月曜日の当日、午後三時、先週のAD・木村昇が若い男を連れてやって来た。 若い男が急に崩れ落ちた、→歌手の森永ひろしが朝から高熱なんです、と言う。 額に手を当てると39℃は超えていそうだ。 二階に上げて布団に寝せた。 昇は血の気を失っている。 今夕の生中継が中止になったら、下っ端のADは責任を取らされてクビになる、デビューしたばかりの演歌歌手なんぞ、番組にアナを空けた、と悪評が徒となり、出演依頼は激減するだろう。 秋穂が依然、流感に罹った時の処方された抗生剤が残っている。 効き目は市販薬の比ではない。 ミネラルを含んだスポーツ飲料で吞んだ方が効果がある。 昇に買いに行かせた。 発熱はこまめな水分補給が必要なのだ。 →何とか熱を下げて生中継に間に合うように頑張るから、アンタは現場に戻りなさい、と秋穂が追い払うと、昇は頭を畳に擦り付けて、→すみません、宜しくお願い致します、とすっ飛んで行った。 ・・・森永の額に汗が浮かび始めた、ハンカチを取り出して拭っていたので、タオルを氷水で冷やして額にかけ、電子レンジで作った蒸しタオルでフトンの中の森永をひっくり返して背中を擦った。 やがて寝息を立てて来たから、一階に下がって仕込みを続けた。 5時になって、二階に上がると目を覚ました森永に体温計で測ると、37℃に下がっていた。 高熱で朝から何も食べていないだろう、とアサリの汁かけご飯を作ると、ゆっくり食べ始めたが徐々にスピードが早くなって奇麗に完食した。  目に力が出て顔付もしっかりしている。 5時半を回った、森永の背中にカイロを貼り付けて、→これから始まる20分間があなたの人生の正念場、悔いのない様にしっかり歌ってネ、と励ますと、目に涙を浮かべて、→ハイ! ありがとうございました、と深々と謝意を表して駆け出して行った。 玄関に、今日は6時半から営業いたします、と貼り紙をして秋穂も会場に足を運んだ。

 

商店街には歌手・森永ひろしとAD・木村昇他、局の音声スタッフが顔を揃えていた。 応援の声掛けをした秋穂の常連も揃っている。 デビュー曲「恋形見」の、のびやかで艶のある、力強い声で歌い出すと、誰もが引き込まれて聞き惚れていた。 大変な拍手で歌い終わると、昇が駆け寄ってきて震え声で、→女将さん、本当にありがとうございました、何とお礼を申しげてよいか判りません! と体が二つに折れた様に言うと、ひろしも囲まれていた俄かフアンから抜け出して、秋穂を見詰めて目を潤ませ、→女将さんの言葉、一生忘れません、人生の正念場、これから大事な瞬間に想い出します! 秋穂は答えた、→お二人がこの先、責任ある立場に立ったら、困っている若い人に力を貸してあげて下さいね、と言い残して店に帰ると二階に男物のハンカチが残っていた。 森永のハンカチだ、ラジオ局に届ければいいのかしら?と思いながら割烹着のポケットに入れた。

 

・・・森永ひろしの弟子の高井真は、憔悴して居酒屋「米屋」に迷い込んだ。 先生から言われた買い物を間違えて怒鳴られたのだった。 慌てて買い直しに行くとそこは本日休業だった。 何回もヘマをして今度こそ勘弁して貰えない、でもあの先生が好きだから何とかしなくちゃならない、と悄然とした思いで入ったのがこの居酒屋だった。 先に居た隣のスナック「優子」のまま、志方優子がアサリの汁かけご飯を掻き込んでいた。 秋穂が、→有線で森永ひろしの「恋形見」をリクエストして、とお願いしていた。 →この間、商店街で歌った歌手よ、物凄くイイからデビューシングル買っちゃった、今度貸してあげるわ、と喜色満面で言っている。 高井真は吃驚した。 天下の森永先生がそんな安い営業? とても信じられ無かった。 だとしたら、そうだ、落ち込んでなんかいられない、と思った途端にハラが減って来た。 隣のママが食べているアサリが美味しそうだ、それを注文しながら、→ボク、森永ひろしの弟子です、と名乗ると、秋穂は吃驚した。 デビューし立てで、もうお弟子さん? と思いながらも、4日前の忘れ物ハンカチを洗濯していて、→これ、森永さんの忘れ物、お渡しして、と頼まれたのだった。 ・・・演歌の大御所、森永ひろしは洗足に屋敷を構えている。 住み込みの内弟子3人と家族が4人なので、結構な広さがある豪邸だった。 森永は自己嫌悪でやりきれなくスタジオでウロウロ歩き回っていた。 下っ端の弟子に声を荒げてしまった、近頃はトラブル続きで心が乱れていた。 普段なら軽い注意をするだけなのに・・・。 もしかして老いの徴候だろうか? 一番弟子が顔を出して、→真が戻ってきました、先生の忘れ物のハンカチを居酒屋から預かって来たそうです、と後から付いてきた真が差し出したのは、デビューの頃、無理して記念に買ったブランド物だ。 →米屋という居酒屋の女将さんが・・・、と真に言われて、森永ひろしは驚愕のあまり、顔が強張って固まってしまった。

 

ラジオ局の常務の木村昇は次期社長が確実視されている。 森永ひろしからスマホが入った。 →ウチの真が「米屋」の女将さんに会ったと言ってるがどうも話がオカシイ、一緒に行ってくれないか?と、言うではないか・・・。 驚いた! 即、承知して同乗したが、現場に着くと真がオカシイな、と首を傾げている。 米屋が見付からない、昭和レトロな「優子」の看板に聞いてみようとドアを開けると、隣で一緒にアサリ汁かけご飯を食べていたママがいた。 →米屋がみつかりません、何処でしょうか? ママも一緒にアサリ汁ご飯を食べましたよネ、と問うと、ブルブル手を震わせて、→それは私の母です、米屋の秋ちゃんが30年以上前に急死して、店は代々替わって、今5代目の「さくら整骨院」です、私は母のアトを継ぎました。 吃驚である。 だとしたらあの女将さんは幽霊? 真が茫然としていると、木村常務が、こちらでも聞いてみよう、と隣の焼き鳥屋「とり松」に入ると、4人の年老いた客がいて、→チョッと伺います、この子が二時間前に米屋の女将さんに会ったと言うんですが・・・と問うと、老主人夫婦を始め、カウンターの4人が一斉に振り向いた。 髪を薄紫色に染めた井筒小巻が、→お兄さんが秋穂さんに会ったのね、元々、学校の先生でね、困っている人を見ると、放って置けない人でね、どういう訳か、最近、秋ちゃんに助けられたって人が訪ねて来るんですよ、不思議な話です、と説明されると、森永ひろしがハンカチを顔に押し当てて嗚咽を洩らした。 →私が今日あるのは女将さんのお陰なのに、お訪ねする事もなく、30年以上が経ってしまった、何という恩知らずな・・・と泣きながら呟くと、木村常務も、→私だっておんなじです、女将さんの機転がなかったらあの日の中継は台無しになっていた、それなのにケロリと忘れて今日まで来てしまった、ホントに恥知らずのロクデナシです、と肩を落とすと、→秋ちゃんはそんな事、気にしませんよ、今日は皆さんお揃いで訪ねて来てくれた、そっちの方を喜んでくれてますよ、と昔の常連の子供達4人が口を揃えた。 小巻が、→あの、そっちの方、もしかして森永ひろし? ・・・その夜、焼き鳥「とり松」からは、和気藹々とした歌声と笑い声がいつまでも響いていた。

(ここまで、全5話の内、第2話・歌う深川めし、のみ。 取り敢えず急いでアップした。 4,000字足らずで申し訳ない)

 

令和6年(2024年)1月25日(木)