令和5年9月22日
文庫本4冊購入。 金子成人「ごんげん長屋つれづれ帖⑦ゆめのはなし」(書き下ろし)、山田詠美「血も涙もある」(単行本は2021年)、吉田修一「湖の女たち」(単行本は2020年)、石田衣良「池袋ウエストゲートパーク⑰ 炎上フェニックス」(単行本は2021年)である。
高田郁「あきない世傳 金と銀 契り橋 特別巻・上」(書き下ろし)
・・・第1巻から13巻まで全て購入しているが、ここには一度もUPしていない。 オカシイな・・・。
この特別巻は、五十鈴屋シリーズに登場した4人を、各篇の主人公に据えた4話短編集。
第一話 風を抱く
大阪天満橋の「五十鈴屋」旧・五代目店主徳兵衛こと、惣次は出奔して今、江戸にいた。 飛び出す時に持ち出した銀三貫は羽二重の生産地・羽村に融通するモノだった。 羽村の仁左衛門たちに、→店主の器にあらず、と断罪され、あろうことか奉公人たちの面前で、→女房の幸の方が店主に相応しい、とまで言い放たれてしまったのだ。 あの屈辱は終生忘れない。 ただ、その後、五十鈴屋も立ちいくように手は打っておいたのだ。 弟の智蔵に六代目を継ぐよう引導を渡し、幸との離縁を惣次の味方の桔梗屋店主・孫六へ願い伝え、そしてお家(え)さんの冨久、「五十鈴屋の要石」と呼ばれている番頭の治兵衛、そして幸が揃っている。 案ずるには及ばないだろう。 これからは、雁字搦めに縛られてきた習いや柵(しがらみ)から解き放たれて、思う存分、己の商才を試せることが惣次には愉しみでならないのである。
江戸に着いて半月、街中を具(つぶさ)に見て回って、銭両替商「井筒屋」の隣に入居した。 手持ちの銀を必要最小限だけの銭に替えると、五十がらみの店主・井筒屋保晴は、→やはり、大阪の方ですか、と言葉と大阪商人が好む紅うこんの紙入れを見た目利きらしい感想だった。 十二畳ほどの部屋の布団にゴロリと寝転がって、幸を想い出していた。 惚れて惚れ抜いた恋女房だったが、日に日に開花する商才を見せ付けられるうち、愛おしさが疎(おぞ)ましさへと変わり、更に奉公人や羽村の衆の心まで掴んだ女房が、惣次には脅威になってしまったのだ。 惣次にとって初めての女、羽二重にも似た艶やかで美しい女、この手がまだ幸の肌を覚えている。 二つの名を捨て、この江戸では新六と言う名で生きていく。 →ええ名ぁやないか、と満足そうに呟いた。
根城が決まったので、先ず、古手売りで身を立てるべく古手商を廻り歩いて人々が求める古手を探ったが、大阪と江戸の呉服の違いがあり過ぎて、なかなか迷いが出て仕入れには至らない。 疲れを滲ませて戻る惣次を見かねて、井筒屋の店主は、ほぼ毎日、店内に招き入れて茶を振舞ってくれる。 店を見渡すと手代らしき若者がキビキビと客に応じているが、番頭らしき姿は見えない。 小僧と呼ばれる丁稚と店主の三人で商っているらしい。 店主の女房は早くに亡くなり、奥向きの事は通いの老婆に任せているらしいが、ひとり娘の姿も見た事もないし、年頃の娘の噂も入ってこない。 →ご馳走さん、お陰で温もりました、と声を掛けて腰を伸ばすと、奥に続く土間に女物の草履が置かれていた。
12月、古手回りから帰ったら隣の井筒屋が何やら騒がしい。 暖簾の隙間から覗くと、齢の頃四十代半ばの羽織姿の、ごく真っ当な商人風情の男が主人に詰め寄っている。 「包銀」のままならいざ知らず、丁銀の剥き出しで用いる事は稀である。 金貨は枚数で、銀貨は計量して使用される為に中には九割が銅という悪貨がある。 大量の銀貨・丁銀を持ち込んで直ぐ両替しろ、と迫る嫌がらせである。 同業者が井筒屋に恥を掻かせ暖簾に泥を塗るのが目当てだろう。 惣次は胴巻きからズシリと重い四角い紙包み三つ(二十五両)を取り出し、→これは常是包(じょうぜつつみ)、中身に疑いを持つ事はおかみを冒涜することでもある、これとそちらの丁銀と交換してアトからゆっくり井筒さんに鑑定して貰いましょう、その代り、あんさんの身許も確かめますで、あんさんの後ろに誰が居てんのか、そこまで辿りますよってなあ、と切り出すと、相手の顔から汗が滴り落ちて来た。 男の耳元へ、→あんさんなぁ、悪い事は言わへんよってそのまま去になはれ、さもないとややこしい事になりますで、とキツイ目を向けると丁銀を抱えて泡食って去って行った。
二ヶ月後、井筒屋保晴は新六こと惣次に対して、板敷に平伏したまま懇願していた。 →19の娘・雪乃の婿養子になって店を継いで欲しい。 実は何れ娘婿に、と心頼みにしていた番頭の横領が発覚して三月前に暇を取らせたが、つくづく人を見る目が無い自分に嫌気が差した、しかし、新六さんは違う、今度ばかりは私の目利きに自信がある、と強引である。 →顔も見た事もない娘さんだし、雪乃さんかて、同じだすやろ、そんなに簡単に人を信用してええんですか、と固辞しても断固として引き下がらない。 →これから古手売りを始めても先は長い、それではあなたの出来上がっている大阪商人振りが勿体ない、との台詞には惣次の胸を抉られた。 惣次は妥協した、→先ずは私に銭両替の仕事を仕込んで頂けませんか、見込みがあると思われたら何ぞ新しい試みをさせて頂き、それがあんじょう上手くいったら改めて婿養子の話をさせて頂きとうおます。 絶対断わられると内心諦めていた井筒屋は瞠目して、→新六様、本気にして宜しいのでしょうね、と震える声で確認した。 →これからは新六、と呼び捨てにしておくれやす、どうぞ、宜しゅうお頼の申します、と丁寧に頭を下げた。
それから二ヶ月、手代の栄五が感嘆するほどに新六の呑み込みが早かった。 小僧の太吉も、→お客様の顔と名前を直ぐ覚えて皆さん、気持よく挨拶してくれます、と感心し切りである。 しかし、この間も雪乃の姿を見ていないから、惣次は思い切って栄五に尋ねたところ、→雪乃様は陽に当らないせいか肌は青白く、櫛で梳けば髪が抜けるばかりで・・・、まるで幽霊のようだと悪し様に言う者もいて、ますますひと目に付くのを厭うようになったのです、が、気持の優しいのは確かです。 その晩、店主の保晴から、→新六、付いてお出でなさい、と奥座敷へ向った。 →雪乃、入りますよ、と断わりながら十六畳ほどの座敷に入ると、→新六、いいえ、今は新六様と呼ばさせて頂きます、これまではあなた様に娘を会わせる事に強い躊躇いがありましたが・・・、と虚弱体質ではあるが命を左右する重篤な病はない、と説明が続いた。 雪乃、挨拶なさい、と言われて姿を見せた娘は、痘痕が顔中に残り、頬の肉は削げ落ちて、目は虚ろ。 髪は薄く地が透けて見える。 手は骨ばかりで、なるほど、これは確かに幽霊だ、と惣次は思ったが、→新六と申します、ただいま、井筒屋さんに仕込んで頂いてます、お目にかかれて嬉しゅうございます、と温かに伝えた。 →雪乃、良かったなあ、新六様、これからは度々雪乃と話をしてやって下さいまし、と店主は平伏する。 幸とは正反対の女、ゆくゆくはあの幽霊を娶る事になるのか・・・、江戸で身を立てる、その足掛かりにする為の相手故、あれで充分である、商才に恵まれた女房など、厄介極まりない事は骨身に染みている、と寝床で天井を見上げながら、くっくっくと呵々大笑するのだった。
店主が旅姿の初老の男と話し込んでいる。 武蔵野の国で酒造を専らとしているが、販路を求めて江戸に出て来たという。 貸し付けを受けたいが何処の両替商も相手にしてくれないらしい。 地回り酒である。 上方から運ばれた酒を下り酒と言い、江戸近郊で作られる地回り酒はどうにも不味くてならない。 しかし、半値以下である。 江戸っ子は安上がりに酔えるから不味いと言いながら飲み続けているのだ。 初老の男は切々と訴える、→良い米と良い水で作っていますから、江戸の人の口に合うと思うんですがね~、と嘆息している。 気のイイ店主は親身になって聞いているが受ける気は無いだろう。 惣次はハッとした、昔、京西陣の絹織りに比して粗悪な為、「田舎絹」と小馬鹿にされていたが、そのうち、各地で技が磨かれ、田舎絹は西陣を脅かす迄になったのである。 →旦那さん、このお方に少々お尋ねしても宜しいか、と話し相手を変わった。
それから二年、井筒屋の店先には安房や下総の樽酒が並び置かれている。 二年前のあの日、やり取りを終えた惣次はその足で蔵に出向き、蔵主に詳細な話を聞き、更に周辺を廻って様子を探った上で井筒屋店主に貸し付けを受け入れるよう提言したのだった。 惣次は、運び方や売り込み先、味を広める術を共に考え、万全の協力を惜しまなかった。 そして年ごとに上々の味に仕上がっていき、その為、安房国だけではなく下総国の酒蔵が井筒屋との取り引きを望み、地回り酒はこの二年で評判が上がりっぱなしであった。 以来、酒元の信頼を得ての繁盛振りで井筒屋の利は鰻登りである。 井筒屋店主は惣次の先見の明に感服であった。 今では惣次は番頭に収まり、手代も二人増やしていた。 ・・・更に一年、惣次は井筒屋店主の懇願に負けて、雪乃と夫婦になり、三代目保晴を継ぐ事を決めたのだった。
夫婦になって半年も経った頃、惣次は雪乃の目が色の見分けが出来ない事に気が付き、→親父殿、形の見分けは出来ますが色だけは出来ないようです、と告げると、→申し訳ない、女房と二人、諦めるしかなかった、婿殿には言えなかった、と悄然として肩を落とした。 雪乃には何の罪科もないのだ。 雪乃は飽かずに樹に咲いた花を見ている。 →吹く風は見えませんが枝を揺らしてくれるので見る事が出来ます。 女房の言葉は惣次の胸を打った。 立身の為に受けた縁組ではあるが、雪乃のしなやかさで強い性根に、からからと声を上げて笑った。
五十鈴屋を捨て、郷里を捨てて江戸へ出て六年、井筒屋の墓所は本成寺にある。 境内の手水舎でそこにある手拭を借りようとしたら、鈴が五つと五十鈴屋の文字が見えて惣次は柄にもなく狼狽えた。 地続きで他院が二軒あるがそのどちらにも水場に同じ手拭が掛かっていた。 青みがかった緑色は、大阪時代に、→先ずは五十鈴屋の名ぁを売る事だすなあ、と幸と離れの広縁でやり取りした事が甦った。 神社仏閣には必ず手水舎があり、奉納された手拭は重宝される。 そして誰も盗まない。 店の名を売るのにこれほど優れた方法があるだろうか? 弟の智蔵にはとうてい無理だ、幸が江戸店を開いているのか、これは負けてられまへんなあ、と井筒屋三代目としての性根が座った。 指先で手拭を弾いて元に戻したのである。
翌年皐月、駿河町に井筒屋は、銭両替商から昇り詰めた本両替商として新店を開いた。 恰幅の良い惣次が三代目として二十人程の奉公人を従えて道行く人々に挨拶の声を掛ける。 →本両替の井筒屋でございます、なにぶん、新参者でございます、どうぞご贔屓賜りますように、と声を張り上げると、その様子を見守る初老の二代目井筒屋が夏羽織の袖で瞼を拭っていた。 ・・・本両替商の寄り合いを終えると、蔵前屋の店主から声がかかった。 虫の好かない腹黒な輩が多い本両替の仲間であるが、蔵前屋は唯一人、別格な店主であった。 →浅草に面白い店があるんですよ、五十鈴屋と言って師走十四日・赤穂浪士の討ち入りの日に開店した呉服太物商ですがね、店主も小頭役も女で、月に一度、帯結び指南をタダでやっています、歌舞伎役者の稽古着で表と裏で生地を替える事を考案したり、感心する事ばかりです。 惣次は、女店主は幸、小頭役はお竹だろうと内心確信しているが、自分で確かめに行かなくても勢いのある店というのはこんなふうに漏れ聞こえて来るものだ。
(ここ迄、第一話83ページの内、73ページ迄)
大相撲、我が一山本は十両ながら一敗で優勝へ突ッ走している。 今場所は押しが強くて、それ故に引き技が効く。 殆どが押して勝っているから気持が良い。 今日は金曜日だから残す3日間、ワクワクドキドキしながら観戦しよう。 高校クラス会でI町の文化センターのポスターに、「一山本後援会募集」の案内があったが、恐らく街中で盛り上がっている事だろう。
ゴルフ日本男子の道産子は、片岡尚之、植竹勇太、安本大祐の3人。
女子第29戦の道産子は、小祝さくら、菊池絵里香、内田ことこ、宮澤美咲、吉本ここね、山田彩歩の6人。
欧州ツアーはフランスで、比嘉一貴、久常涼、星野陸也、川村昌弘、岩崎亜久竜の5人。
さて、誰が予選通過するのか、週末の楽しみとしよう。
(ここまで、約5,200字)
令和5年9月22日(金)