令和5年(2023年)3月20日  第599回

大相撲大阪場所に桟敷席の妖精の姿が今回も見えない。 その代り、東側観客席に懐かしい元・NHK大相撲アナウンサーの杉山さん・91才の観戦様子が見えて、何故か嬉しい。 まだ、現役でどこかの観戦記事を書いておられていると思うが、老いて益々盛んな姿が逞しい。

・・・廃車にした愛車にゴルフのニューボール三個入りが6箱あった。 さて、誰に差し上げるか、ゴルフの上手なOさんはボールも無くならないだろうし・・・。

 

鹿児島・高牧CCの女子ゴルフ、道産子は5人だった。 小祝、菊池、内田と、もう二人、佐藤未悠と宮澤美咲がいた。 申し訳ない。 金曜日から始まった3日間競技、どのホールも何回も経験して熟知しているからテレビ画面からの臨場感が堪らない。 初日からどっぷり3時間も釘付けである。  ・・・しかし、予選通過は小祝のみ、欧州も久常が予選落ち、週末の楽しみは小祝だけになってしまった。 最終日、四打差でトップで出た上田桃子が5連続バーディで圧倒的な首位を走っていたのに、後半思いもよらない7オーバーと崩れて本人の悔しい思いがこっちの胸にも届いてしまう。 無念! それにしてもtodaY-8と追い上げて大逆転した30才・青木瀬令奈に大拍手である。 道産子・小祝は3位に終ったが上り調子なので次回に期待しよう。

 

 

山口恵似子「バナナケーキの幸福」(初版は月刊誌、文庫本書き下ろし)

栗田茜・七の親子が開いた店が「アカナナ洋菓子店」である。 もう、18年になる。 私鉄の急行停車駅の街で、渋谷や新宿へのアクセスも良くて人気が高い。 最近の一番のお得意様は、昼の屋形船の一時間コースからの注文である。

・・・2001年1月4日、栗田七は民事専門の法律事務所で働き出して3年目であった。 母・茜のバナナケーキは絶品だった。 今日も病院事務局への差し入れで焼いていた。 しかし、その日の母は、焦点の合わない目付きで茫然自失の態、→パパがネ、離婚するっていうの、と声を絞り出した。 母は50才、父・敏彦は関口綜合病院の院長で53才、七は青天の霹靂で二の句が継げない。 →別の人と結婚したいんだって・・・、新しく来た女医さん、と言われて少し納得した。 敏彦の長兄が事故死して、母・はつ子が病院の理事長、叔母のみつ子が事務長の経営に一切タッチ出来ない我が身を改めて知ることになった。 茜は病院の経営的には何の力を持っていないのである。 今度来た女医さんであれば関口家の全員が諸手を上げているのだろう。 七は、→ママ、大丈夫だよ、この仇は絶対に討つからね、と三か月後の離婚成立を迎えた。 弁護士からアドバイス頂いた調停前の財産仮抑え処分が執行されて関口一家は仰天したらしいが、非は不倫の敏彦にあり、争いが長引くと病院に悪評が立つ、と心配したらしく、茜の要求は全面的に受け入れた。 茜は財産分与が認められ、多額の慰謝料も受取った。 七は、確実に父と関口一家に一矢を報いた、調停で圧勝したのだから・・・。 七が生まれ育った関口の家を出て、茜が生まれ育った街の駅前商店街、懐かしい思い出と懐かしい人達が残っている。 喫茶店「ルナール」の萩尾有二・まり夫妻もそうである。 茜はバナナケーキを焼いて昔馴染みの家を「お裾分け」と称して配って回った。 そうすると、萩尾夫妻が、→こんなに美味しいケーキ、売った方がイイ、充分、売り物になる味だよ、と提案してくれた。 →先ず、ウチの店で様子を見よう、カットしたケーキの他にお土産用の一本丸ごとも置こう、評判が良ければ知り合いの喫茶店やスーパーにも紹介出来るヨ、 茜は直立不動で90度の最敬礼で、→やります!と叫んでいた。 それを聞かされた七は、→他の店にも卸すようになったら、私が配達してあげる、ママに自分の人生を取り戻してほしい! ママ、頑張って!

 

この商店街には「ウエスト」というスーパーがあり、二代目社長の西脇卓人は茜と幼馴染、その息子・健人は七と同じ大学の先輩だった。 大手出版社に就職し、今は、「週刊時代」でスクープ記事を連発していた。 日曜日の昼下がり、茜と七、二人で「ルナール」に配達に行くと、コーヒーをご馳走してくれた。 店内は6割ほどが埋まっている。 そこに60代位の男性が入って来た。 帽子姿が決まっていた。 「ルナール」には初めてらしく、→カウンター、イイかね?と断わる姿はどことなく威厳があった。 コーヒーとバナナケーキを平らげて、→バナナケーキが美味しい、今まで食べた事がない味だった、お土産もあるなら二本下さい、娘の家を訪ねるので手土産に、と如何にも目の高そうな紳士が茜と七の目の前で買い上げてくれたのだ、こんな嬉しい事はない。 すると萩尾マスターが、→お客様、このケーキの作者をご紹介させて下さい、と振ってくれたのである。 二人は深々とお辞儀して感謝の意を表した。 →素人でこの味を考案なさったのならいよいよ大したものです、と最大限の褒めようだった。 茜は嬉しさにはち切れそうになっていた。 自分が工夫したレシピ・・・ 自信が深まっていく。

 

一週間後、「ルナール」のマスターから電話が来た、→茜ちゃん、大変だ! 先週のお客様は作家の六角丈太郎だった、刊行200冊記念の祝賀会を開くので、お客様に手渡すお土産を200本注文された! 茜は息が止まりそうだった。 →はい、勿論、頑張ります、と大きな声で即答した。 オーブンをもう一台買わなきゃ・・・と喜びながらも、七は「週刊時代」の西脇健人にもメールを入れた。 週刊誌に人気小説を連載しているから満更無関係じゃない、→六角先生の肝いりなら神風が吹いたようなモンだ、と歓びの返信があった。 茜は生き生きと張り切っていた、彼女の人生でここが正念場なのだ、ここを乗り越えたら一段も二段もステージがあがる、きッとやり切ろう、と七は心に誓った。 ・・・期日までに200本のケーキが完成し、七は二回に分けて会場のホテルに運んだ。 紋付きの羽織袴姿の六角先生に呼び止められ、→お疲れさん、よくやって下さった、きっとお客さんも喜んで下さるだろう、お母さんによろしくお伝え下さい、と労られ、七は感激で涙を流しながら深く頭を下げた。 更に週刊誌のエッセイに、凄く好意的に茜とケーキの事を書いてくれたのだった。 もう、神風そのものであった。 お墨付きを得たケーキは、「ルナール」のマスターが紹介してくれた全ての喫茶店が仕入れてくれたのは言うまでもない。 わざわざ「ルナール」に食べに来てくれるお客も増えて、萩尾マスターからの注文も増えた。

 

茜の疲れがピークを迎えていた、もう、これ以上、ケーキを作れない程の注文数になっていた。 浅草の老舗喫茶店から毎週10本の注文を断わざるを得なかった。 「ルナール」の萩尾夫婦に相談して、3~4時間のパートを探すことにした。 募集のチラシを「ルナール」や商店街の数軒に貼って貰った。 数人から問い合わせがあったが、電話で感じの良かった三人に絞って、茜と七が面接した結果、→最期の人が一番気に入ったわ、と二人の意見が一致した。 前野里美・45才、夫は公務員で子供は無い、給食センターでパートをしていたが、手が遅いと、主任から怒鳴られるばかりで気が重くなってきた、という理由だった。 →食べ物を作る職場で怒鳴るなんて信じられ無い、と茜が憤然とした。 ・・・一緒に働き出すと、信頼感が増していった。 ひと月もすると、すっかり自分の役目を頭に入れていた。 真面目な努力家で、意欲的に取り組んでいる事が茜には嬉しい限りだった。 前野さんは、→結婚三年目で不妊治療を始めたんですが、辛い二年目が終った時、主人が、もう止めよう、君にこんな辛い思いをさせて迄、僕は子供を欲しいと思わない、僕は君と一緒に暮らせればそれで幸せだ、と言ってくれたんです、産んであげられなくて本当に申し訳ないんです、私には勿体ない様な夫で、一緒になれた事は奇跡のように思っています、と涙を誘う話を打ち明けられた。 夫婦となって子供まで為した敏彦に裏切られた我が身を振り返って、茜はしみじみと感じ入ったのだった。 ・・・もう一台、オーブンを買っても前野さんとなら増やせる、と茜が言い出した。 しかし、配送が出来ない。 今ではスーパー「ウエスト」から全ての食材を仕入れている。 七は思い余って二代目社長の西脇卓人(茜の幼馴染)に相談した。 すると、→打ってつけの人がいる、植村さんて豆腐屋さん、夜明けから仕事に掛かって昼過ぎには殆ど仕事が終る、午後の時間に少しでも稼いで、息子と娘の有名私立の学費にしたいってさ、けど、帯に短し、タスキに長しでイイところがないのサ、丁度イイじゃないか、紹介するよ。 月~金の5日間、都内の契約先に一日5,000円で、と植村さんは承諾してくれた。 それから一ヶ月、15軒の喫茶店をチエーン展開している「バルト」から週二回配達で50本の予約が決まった。

 

商店街の中に「きぬた屋」という老夫婦がやっているパン屋があるが、「店主急病につきしばらくお休みいたします」とシャッターに貼り紙があった。 開業40年を超えて昔懐かしいコッペパンが大評判だった。 脳梗塞で右半身に麻痺が出たらしい、退院したら店を売って二人で老人ホームに入ることにしたらしい。 「ルナール」のマスター夫婦からその事を聞いた七は、茜に言った、→ママ、ウチが買い取ろうよ、きぬた屋さんのオーブンは業務用で焼ける数が段違いよ、ケーキ屋さんを開こうよ、と切り出すと、萩尾夫婦は、→それはイイ、今は喫茶店の卸売りだけで採算が取れているし、ここはある程度の小売り客が見込めるよ、とアト押ししてくれた。 商店街の羽佐間不動産が間で仕切ってくれて両方が納得する金額で落ち着いた。 リフォームは前野里美から紹介されたインテリアデザイナー・榊原ハルに格安でお願いした。 壁にはイラストレーターに画を描いてもらいましょう、とアイデアも出してくれた。 →店の名前は、茜と七の店なので、アカナナ洋菓子店でどうかしら?と茜が発案したので、七は胸が熱くなって、有難く了承した。 秋もたけなわの10月、アカナナ洋菓子店は開店した。 公務員の夫を持つ里美さんには、今まで通りの週四日、但し、もう一時間延長をお願いし、了承してくれた。 茜は力強く言った、→ここをママの心の故郷にするわ、勿論、七にも安心して帰れるところよ、と20数年も連れ添った夫に捨てられて婚家を追い出されたが、今、未来へ向かって羽ばたくのだ。 スーパーの西脇社長が10時から7時までのフルタイムの店員を紹介してくれた。 田北その子・50才、スーパーの青果コーナーのパートだったが腰を痛めて部署願いが出されていたので、洋菓子は軽いからどうだ、と振ってくれたら、即、OKされたという。 田北さんはシングルマザーで、高二の娘・莉乃も5時から閉店までの二時間アルバイトに決めた。 

(ここ迄、全233ページの内、120ページまで。 洋菓子店は順調に発展するが、関口病院には大変な事が起こっていた。 さて、七の結婚相手は?)

 

(ここ迄4,600字越え)

 

令和5年3月20日(月)