令和5年(2023年)3月5日  第595回

日本女子は道産子・小祝が予選落ち、菊池が棄権、22才・阿部未悠と21才・内田ことこ、この二人が予選通過。 PGAは松山も今田も予選落ち。 アジアンツアーは、17人のうち、嘉数、阿久津、香妻、浅地、米澤、池村、木下、堀川の8人が予選通過。 さて、どんな結果になるか?

・・・アジアンツアー、池村2位、嘉数12位、米澤22位、浅地26位、堀川・香妻・木下が35位タイ、阿久津が44位とマアマアだった。 池村は惜しかったなァ、賞金は表示されていなかった。

日本女子は、韓国人が優勝、一時は上田が首位に立ったがボギーで崩れてしまった。 道産子の阿部は14位、内田は24位だった。 日本人、幸先が悪いぞ。

LPGAは、古江が3打差の3位、惜しい! 笹生6位、畑岡11位、渋野33位、西郷はビリ同様の65位だった。 西郷は去年終盤からオカシイ、心配である。

 

 

 

山本甲士「民宿ひなた屋」(文庫本 図書館から借用)

・・・前回・第594回から続き

粘児は思い出していた。 どこかの地域の諺に、「人を信じたければカネを貸すがイイ、愛を信じたければ結婚するがイイ、神を信じたければ教会に行くがイイ、奇跡を信じたければ釣りをするがイイ」 まさに釣りをしながら民宿食事のヒントが次々と沸いてくる、それはもしかしたら、希美が持っているのかも知れないが・・・。 粘児は昔、良くコイの釣れた、池のように大きい水路に希美を連れ出した。 仕掛けを投げ入れた辺りに寄せ餌をバラ撒いた。 15分ほどで竿の先の鈴が鳴って、粘児がリールを巻いて65cmの野ゴイを釣り上げた。 →次は希美ちゃんに任せるぞ、と順番をゆずると、→いいの?と嬉しそうに竿をしならせた。 昨晩、母親の知希からLINEがあった。 →釣りしている希美の大はしゃぎ、ホントに嬉しそう、あんな顔を久し振りに見た、ネコも可愛いって、ひなたと言う名前を勝手に付けたってサ、と喜びと興奮が伝わる返信だった。

民宿に引き込んだ水路にコンテナ籠を沈め、3日前に釣り上げた野ゴイを入れてある。 泥を吐かせる為である。 目隠しをしておとなしくなった野ゴイを調理場で捌く。 鯉こくには輪切りである。 頭は食べないが、イイ出汁が出るので一緒に煮る。 イノシシ鍋は赤味噌だが、鯉こくには白味噌を使った。 味見は絶品! オッシャーと粘児は拳を握りしめた。 母ちゃんと希美の反応も上出来だった。 →上品な味やねェ、骨まで柔かい、としみじみ呟いている。 コイは年中釣れるし、コンテナ籠を増やして水路を生け簀がわりにすれば充分対応出来る。 コイ一匹で3~4人分、夕食はイノシシ鍋と鯉こく鍋のどちらかを選んで貰おう。 ・・・今夜の客から初めて鯉こくの注文が入った。 母ちゃんが食器を下げに行くと、→私の息子が作った、と言ったら挨拶したいってさ、ほれ、行っといで、と促されて行くと初老の夫婦だった。 ご主人が、→私はイノシシ鍋のフアンでね、家内は女将さんに勧めらて鯉こく鍋にしたんだが、あんまり旨そうに食べてるんで、残った三分の一を交換してくれと頼んだのに断わられてしまった、癪だからもう一泊して私も鯉こくをタップリ食べたくてネ、材料は大丈夫かね? と嬉しい話である。 →なべしま市内の河川で釣った天然物をコンテナ籠で泥を吐かせてますから充分在庫がございます、と説明すると、自分で釣っているのかい、と驚かれてしまった。

 

ひなた屋のブログに、希美が鯉こくの事をUPしたものだから、問い合わせも多くなってきた。 宿泊客だけへの提供で、鯉こく鍋単品では出来ない、とハッキリ断わっていた。 イノシシ鍋との二枚看板が確立しつつある。 今ではコンテナ籠3つに常時10匹程が待機していた。 ブログを見た大串から、→なべしま新報に知り合いがいるから取材を持ちかけてみる、しかし、やっぱり古場は持っているネ、しっかり、釣りを商売にしているもんね、と言われて、はッとなった。 確かに釣りで食材を獲っている、頭のモヤモヤ濃霧が去って、急に視界が開けてきた。 翌日、さっそく、梅野彩子と名乗る文化部の記者から連絡が入り、鯉こく鍋だけではなく、イノシシ鍋も実食した上での記事にしたいと申し出だったので、即、OKした。 梅野記者は20代後半、カメラマンも女性で、杉山と名乗って粘児と同じ年頃だった。 料理の撮影が一段落すると、→古場さんの上半身も数枚お願いしますね、とパチリパチリと連写している。 →古場さん、撮られるのに馴れてらっしゃる、キメ顔を作れていますよ、と言ってくれたので、→実は釣り関係のライターやレポーターをやっていて釣り雑誌や釣り番組で撮られていました、と打ち明けると、今度は梅野記者が、→そっちの話も聞かせて下さい、とスマホを検索した。 →釣りの世界では有名な方だったんですね、全く存じ上げず失礼致しました。 この後のインタビューで梅野記者の記事にドラマ的な文章が出来上がるのだった。 彼女は興奮して、→民宿ひなた屋物語、親御さんとの確執・対立を乗り越えて、今では力を合わせている、久し振りにストーリー性のある記事が出来ます。 旅好きな杉山カメラマンの話から、ひなた屋のキャッチコピーが頭に浮かんだ。 「なべしまを召し上がれ、佐賀を召し上がれ、ひなた屋は地元食材をご堪能頂ける民宿です」 これをブログにUPしよう。

 

なべしま新報には、「地元の食材で名物料理 民宿ひなた屋 元・釣りライターの挑戦」と題した記事が載り、粘児の経歴、両親との確執、ネコのひなたも紹介され、宿は小さくても夢は大きく膨らむ、と締められていた。 希美ちゃんを連れて病院へ行くと、父は、→新聞は見た、母ちゃんが10部以上買って親戚中にバラまいとるわ、ひなた屋を粘児が立て直してくれると期待しとるぞ、もう、好きにやったらエエ、と言ってくれた。

 

びっくり腰だった母親の知希は退院したが、希美は、もう少しこっちに居たい、と昨夜言われたから、コイ釣りやブログの作成、掃除などの手伝いをしてくれる希美に労いと敵情視察を兼ねて、エンペラーホテルのジビエランチに向かった。 希美は毎日のように釣りが出来る事、トラ猫のひなたがいる事、そしてひなた屋の戦力になっているという自覚などから、自分の居場所を見付けたのだろう、いつまで居たって構わない。 また、粘児の同級生だった大野杏子に絵の技法を教えて貰いに直売所にも率先して買い物に行っている。 ある時、スケッチブックを見せて貰ったが、ひえ~ッと声が出たほど、カメラで撮った写真か、と見間違えてしまった。 彼女を画の先生として心から尊敬している事が伺えた。 大串からも電話が入った。 集団面接官だった課長が、「まっしぐら」の結果は本当に僅差だった、課長が窓から粘児を見下ろしていると、植え込みに捨てられていたペットボトルやポリ袋をジャンパーのポケットに入れて持ち去ったのを見て、あれこそプロのアングラー、と感心して票を入れたが叶わなかった、と打ち明けてくれたらしい。 釣りをやっている内に身に付いた習慣が意外な所で評価されていた。 ホテルのジビエ料理は、イノシシ、シカ、エミューの3種類で、料理法は、スモーク、炭火グリル、シチューを日替わりで出すようにしており、飽きないから良いって週2~3回も来ている人もいるという。 レストランの壁に新聞紙大の額縁に入った絵が飾ってあった。 希美が食い入るように見詰めている。 希美が、→ユズリハだ、ユズリハタケシロー、世界的に活躍している超有名アーチスト、画家っていうより、イラストレーターだった筈、と呟いたので、粘児も知っていた。 なべしま市の出身で、杠タケシローと頭で漢字が変換された。 すかさず希美がスマホで確認して、すげェ~と感激している。 更に動画には、米・ホワイトハウスに招かれたタケシローが、有名なハリウッド俳優やスポーツ選手と握手を求められていた。 心からタケシローを尊敬していて会えたことの幸運を喜んでいる。 粘児は、同郷とは誇らしいね、と素直な本音を口にした。 タケシローは幼少期に父親が亡くなり、母親は他の男といなくなって、児童養護施設で過ごしたようだ。 郷土にはイイ印象は残っていないのだろうが、隣町の佐賀市に来るのが精々なのかもしれない。 ウエイターに聞くと、→タケシロー様はこのホテルに泊まった事があって、オーナーがお声がけして知己を得たようです、それが縁でこの絵を購入した、と聞き及んでおります。

 

ジビエ料理は旨かった、ハイキングコースまでの送迎も考えると、こりゃ叶わん、と正直にバンザイした。 でも、食材としてオイカワが頭に浮かんだ。 さっそく、希美と行って12cm程の20数匹を釣り上げ、南蛮漬け、フライを料理した。 退院して来た父親は鯉こく鍋を絶賛、オイカワも希美と共に、むっちゃ旨い!と目を見張ってくれた。 これまでの朝食の塩ジャケや塩サバに、この二つを選択肢に入れて貰う考えだった。 翌朝、さっそくフライも南蛮漬けも二食づつ注文が入った。 翌週、今度はコイの仕掛けで鰻が釣れた。 何しろ天然である、コンスタントに釣れるなら蒲焼をメニューに加える事が出来るかも知れない、ホンの一切れでも喜んでくれるお客様はいるだろう。 次はスジエビだった、網で水草を救うと、ビンゴ! 十数匹が入っている。 スジエビは一年中獲れる、鰻の餌でもある、一時間ほどでクーラーボックスには200匹以上になった。 帰りの車の中で希美は、→粘児さんて呼ぶのが照れ臭いから、これから、師匠と呼ばせて下さい、釣りと調理の師匠! 民宿に帰ってから、父親に野菜を千切りにして貰って、スジエビはかき揚げにした。 これも朝飯のメニューに入れる。 父は、→鯉こく、オイカワのフライと南蛮漬け、ウナギのかば焼き、スジエビのかき揚げ、どれもこれも仕入れ値ゼロっていうのがまた凄い事やナ、と感心し切りである。 体がまだ本調子では無いのに、表情には生気が漲っていた。

 

廃刊になった釣り雑誌の鎌原編集長が夫婦同伴でやって来た。 ネットで人気になっているひなた屋と粘児に会いたいのと、今、「ローカルに浸る旅」と言う雑誌の編集部にいるが、年下の編集長が煮え切らないので、自腹で予備取材に来たという。 →古場は釣り場で捨ててあった釣り糸を拾っているし、編集部の車を掃除する、真面目な男、スタッフを思いやる仲間思いの奴だったから、契約を解除した時は他の連中から怒られた、怒られた、と打ち明けてくれた。 奥さんが、→イノシシ鍋と鯉こく鍋を夫とシエアしたけど、美味しくて、箸が止まらなくて、今朝もオイカワのフライと南蛮漬け、スジエビのかき揚げも旨くて佐賀平野を丸ごと頂いたわ、それで料金は安くてもう最高!と激賞してくれた。 数日後に鎌原からメールが届いた、11月下旬に二泊三日で取材したい、釣りの様子と調理の様子、イノシシ処理施設も取材したい、ウチより先に他には取材を受けないでくれ、との内容に勢いがあった。

 

希美のイラストは、ひなた屋の料理を全て描いてあった、写真よりも旨そうにみえる、hopeとサインを入れさせて、「謎のイラストレーター少女、hopeさんに描いて頂いてます」と注釈を入れてブログにUPすると、プロ級ですね、旨そう、食べたい! 美味しさが伝わってくる、と絶賛の書き込みが続いた。 トラ猫のひなたも評判がイイ。 希美は不登校で失っていた自信を取り戻している。

 

ニット帽の白人男性が泊まりに来た。 翻訳アプリでやり取りすると、退役軍人でベンと名乗った。 自分で魚を釣って料理もしたいと言う。 戸惑ったが承知した、しかし、30分ほどで、→全然釣れない、と憮然として帰って来たので、粘児が同行して教えると、オイカワが即、釣れた。 オ~マイガーッと拍手である。 コツを教えて一人で釣らせると一時間少しでズッシリと重くなったポリ袋を下げて満面の笑みで、→コバセンセイ、アリガトゴザイマス、と最敬礼だった。 フライと南蛮漬けの調理も教えた。 翌朝、料理は全て美味しかった、どれほど釣りが楽しかったか、と熱心に話してくれた。 金曜日、大串が少・中学校時代の釣り仲間を集めて4人で泊まりに来た。 粘児の再出発を激励する会だと言う。 グッシーこと大串、肥料会社の課長のノボル、自転車屋を継いだサトシ、印刷会社の営業マンのコーイチである。 様々な話で盛り上がった。 大野杏子が「まっしぐら」に就職した市川と付き合い始めて、再婚話になっているらしい。 杏子は希美の画の先生である。 悦ばしい事だ。 翌朝、半年後にまたやろう、と散会したが、大串が、→営業チラシを作れ、市役所や観光協会に手配できるぞ、と提案してくれたので、希美に作ってもらおう。 サトシは、→この辺り、坂道が多いから、電動自転車レンタルをやったらエエ、中古を斡旋できるし・・・と、眼からウロコだった。 さっそく3台を揃えたのは言うまでもない。

 

ある日、スッポンが釣れた、希美の竿に掛かったのである。 超高級食材である。 スッポン鍋、希美は食べた事が無い、と言うので、今夜はその旨さを確かめて貰おう。 仕掛けの5ヵ所にひとつは獲れるから毎日3食分位は大丈夫と思う、と両親に説明しながら4人で試食した。 母親が、→あ~、新婚旅行以来のご馳走!と感激している。 希美は、→口の中が今まで一番の幸せです、と蕩けていた。 これは別料金で提供しよう。 すると、母ちゃんが、→食材を獲るのは楽や無かろうから、調理以外は全て私らに任せんしゃい、知希さんにも、来てくれんねって頼んでみたらどげんね、と全てを肯定した言葉が出て来た。 大野杏子の母親が毎年漬けている果実酒を持て余している、5年前に父が亡くなっているのに、母が毎年作って仏壇に供えているが、吞む人がいないから溜まる一方なので、民宿で使って頂戴、と希美に二リットル瓶、二本を持たせてくれた。 杏子のメッセージが付いていた、→ナナカマド酒です、実家にナナカマドの木があるので、毎年、母が作って仏前に供えていますが溜まるだけです。 押し付けで申し訳ありませんが飲んでみて下さい、先日は私の顔を希美ちゃんが描いてくれました、とてもステキで寝室に飾っています、とあった。 味見すると、五臓六腑にしみ渡った。 これは食前酒でいける、食欲増進の効果があるだろう、有償で譲ってもらうことにした。 市川が挨拶にやって来た、ひなた屋はお得意様だから当たり前だが、粘児の竿やルアーを見付けて感心している。 廃棄するイノシシの牙でアクセサリーを作ったら売れるんじゃないか、と提案してやった。 →アイデアの塊たいね、古場は、アクセサリーが実現したら、俺も上から点数が上がるわ、ありがとう、と去って行った。

(ここまで、アト少しで終り。 誕生日プレゼントを、言うと、希美がドローンが欲しい、加代さんが裏の山林を買わないかと持ちかけられているので、そこでドローンレースの競技場が出来ます。 ひなた屋に泊まってドローンで遊び放題、これはいけるかも知れない。 エンペラーホテルの副支配人とユズリハタケシローの秘書がやって来た。 二人からの頼まれ事とは? 希美は本当に救世主だった、粘児の快進撃が続く)

 

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令和5年3月5日(日)