令和5年(2023年)1月3日 第582回

新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお付き合い下さい。

 

小野寺史宣「まち」(四六版は2019年)

江藤瞬一は187cm、75㎏、靴は28cmと堂々たる体格である。 両親の紀一・知枝子は自宅の失火で焼死したが、9才だった瞬一を引き取ってくれたのが祖父の紀介、瞬一が高校卒業迄、歩荷(ぼっか)を熟しながら養ってくれた。 アトを継ぎたい、と望んだが、→ダメだ、この仕事に先はない、お前は東京に出て人を守れる人間になれ、大学に進んでもイイ、と背中を押され、大学には行かずに東京で働いた。 コンビニや引っ越しのアルバイトで23才の今日まで生きて来た。 実家の火災保険や両親の生命保険等々の結構な金額を祖父から預けられたが、最初の時にチョットだけ使って殆ど残ったままで生活してきた。 運転免許は直ぐ取った、就職に必ず必要だからと祖父ちゃんに言われていた。 始めはコンビニ、去年の6月から引っ越しバイトを始めて丁度一年になる。 時給1,000円、基本8時間、残業は1.25倍時給となる。 日払いで毎日現金を手にしている。 キツイ仕事だが体は鍛えられる。 体力も筋肉もつく、腹筋も割れてくる、適度な疲れで夜も熟睡だ。

 

生家は群馬・片品村で「えとうや」という宿屋を経営していた。 歩荷の祖父ちゃんは尾瀬ヶ原寄りに一人で住んでいた。 登和子祖母ちゃんは10年以上前に亡くなっていて瞬一は顔を知らない。 チエックイン前の時間で客は誰もいなかったのは幸いだったらしい。 収斂(しゅうれん)火災、ステンレスボウルが凹面鏡の役目を果たし、陽光を一点に集中反射させて火が出た。 小3だった瞬一は午前中で学校が終り、トマト農家の師岡家、同級生の多門に漫画を借りに行った。 アトから推測できたのは、両親は瞬一を捜して火の中に飛び込んだではないか? 今になっても消防のサイレンが聞こえると体が強張ってしまうトラウマになっている。 祖父ちゃんの家は大きな庭と和室の3DKだった。 毎日ご飯を作ってくれて歩荷の仕事に出かけて行った。 4月中旬から11月上旬まで。 30代の時には100㎏の荷物を背負ったらしい。 冬は近くのスキー場で除雪の仕事だった。 祖父ちゃんがいない時には絶対火を使うな、と硬く約束させられていた。 中学校は遠いのでUターンして村役場勤めの鎌塚摂司さんが、息子の摂人君と一緒に車で送ってくれた。

 

江戸川区平井の「筧ハイツ」、A棟はワンルーム、B棟は2DK、一階と二階に各2室の計8室。 B棟101号室は笠木得三さん、70才過ぎの一人暮らし、その真上が瞬一の201号室、いつか祖父ちゃんと住むかも知れないから広い方を借りた。 202号室の隣人は君島さん母娘、敦美さんは30才前後、彩美ちゃんは小3のシングルマザー家族。 キャーと悲鳴が上がる、部屋にゴキブリがいる、と騒いでいる。 敦美さんから殺虫剤のスプレー缶を渡され、靴箱の下の空洞、お風呂のバスタブにはいない、靴の中、彩美ちゃんのスニーカーの中にいた! スプレー缶を噴射! 噴射! 7度目の噴射でゴキブリはひっくり返り触覚も脚も動かなくなった。 トイレットペーパーで包み、瞬一の部屋のトイレで流した。 母娘は大歓びだった。 この母娘は去年4月に引っ越してきた。 敦美さんがちゃんと挨拶に来られたので吃驚した。 祖父ちゃんから言われたので自分は粗品を持って挨拶に廻ったが東京の人は挨拶ナシだろうと思っていたのだ。

 

ここは海抜ゼロメートル地帯なので、川沿いにはず~ッと堤防がある。 階段を昇ってようやく河川敷に出られるが、河川敷はムチャクチャに広い。 野球場、ソフトボール場、少年サッカー場があって、道路も整備されているから瞬一はしょっちょうランニングをしている。 A102号室の井川幹太さんとコンビニのアルバイトで一緒になった。 瞬一が三年働き、去年の4月に井川さんが入って来た、4才年上だけど仕事は新人。 井川さんは大学時代に引っ越しのアルバイトをしていた、と知った時、瞬一も体を動かしたい、と思ったのだ。 今、帰りにスーパーで割引弁当を買っている。 自炊は火を使うから自粛しているのだ。 

 

7月になると高校生のアルバイトが増えて来る。 リーダーらしき天谷くんの三人組が社員やアルバイト先輩の悪口を言っている。 →只の引っ越屋がえらそ~にヨ、とか聞えよがしである。 休憩所に菓子パンの空き袋、ペットボトル、レジ袋をそのままに出て行きそうだったので、瞬一は、→ゴミはかたずけて行きナ、と注意すると、天谷は、→別に掃除する人がいるしょ、もう仕事は終わってんだから関係ねえだろ、アンタに言われることじゃねえ、と聞き入れない。 すると、同じバイト仲間先輩の野崎(21才)が強い言葉で、→捨てて行け、あとから来た奴が気分が悪い、正しいことを言ってるのはこっちだ、こっちが善、そっちが悪、ケンカしてもいいぞ、先に手を出せよ、ボッコボッコにしてやるから、と威嚇的に言い切ると、天谷は暫く睨んでいたが、大きな舌打ちをしてゴミ箱に入れた。 →まじ、ウゼ~、と捨て台詞。 野崎がすかさず、→おい、ガキ、ウゼ~のはお前だ、悪口は聞こえないように言え、気分が悪い、ひとりじゃ何もできねえくせに仲間がいると思って調子に乗るナ、年上には敬語を使え! 次にゴミを片付けなかったらぶっ飛ばす、じゃあナ、もう帰れ、お疲れ、と片手を振れば天谷はもう一度舌打ちして出て行った。 残り二人はすごすごと付いて行った。 瞬一は野崎に礼を言う。 二人して休憩所を出ると事務所から社員の狭間ゆず穂さんが出て来た、アルバイトに日払いの給料を渡してくれる人だ。 野崎が声を掛ける、→なァ、俺と付き合ってくんない? えッ、瞬一もゆず穂さんも驚く。 すかさず、ゆず穂さんが、→またァ? 5日前も断ったでしょ、今日もダメ! 申し訳ないけど、とハッキリ断わられていた。 野崎は、→これで6回目だ、いや~、馴れるモンだなァ、フラれるんのに・・・と屈託ない。 瞬一は呆れるよりも感心した。

 

インターホーンが鳴ってドアを開けると、隣の敦美さんがタッパーウエアを差し出してきた、→この間のゴキブリ退治のお礼です、肉じゃがです。 瞬一は恐縮して、→また出たら言って下さい、退治してあげます、と返し、それからそれぞれの働き内容を打ち明け合った。 こっちは引っ越し屋のアルバイト、敦美さんは、南砂町の店の名前、家具や生活雑貨の大きな店だ、行った事はないけど名前はよく聞いている、バス通勤、こっちは歩いて25分、と他愛なく礼を言い合う。

 

天谷たち三人のアルバイトは辞めることなく続いている。 ゴミもキチンと片付けているようだ。 お盆過ぎ、新しい高校生が来た、二年生の郡唯樹クン、礼儀正しく最初の日にも、→迷惑をお掛けするかも知れません、宜しくお願いします、と相棒の社員の隈部さんと瞬一に頭を下げた。 古いマンションから新しいマンションへ終了後、昼休憩に話し掛けて来た。 →もしかして筧ハイツの方ですよね、僕は大家の筧さんの隣に住んでいます、父が札幌支社に転勤になって、北海道に住んでみたい母親もついて行って、僕一人住まいです、と驚く次第である。 →午後はエレベーターの無い5階のマンション地獄、明日は恐らく筋肉痛地獄が待ってるよ、と優しく予言してやる。

 

かってのアルバイト先のコンビニはオニギリ100円セールをやっている日だから寄ってみると、案の定、井川さんがいた、同時に、古株の40代前半の大下七子さんが、→あら、江藤君、さすが来るわねェ、100円の日に三個、と見抜いている。 井川さんが、→それ、お客さんに言っちゃ不味いですよ、と咎めても、三人の笑いに包まれてしまう。 200円のお釣りを尻ポケットに入れて部屋に入ろうと鍵を開けると、隣のドアが開いて彩美ちゃんが、→大きな蛾がいる、と怯えている。 →家に入れたってアトでお母さんに言ってね、と断わりながら上がって行くと、白い壁に、5cmはある蛾がペタリと張り付いている。 鱗粉が飛ぶのもイヤなので、窓を開け、ゴキブリスプレーを噴射して窓から追い出した。 →ありがとう、と彩美ちゃんが礼を言う。 その夜、7時過ぎ、敦美さんから礼を言われる。 また何か作って持って来ます、と。

 

瞬一は今日も往復10kmの河川敷ランニングを終えて来た。 アパートの真下の笠木得三さんが、→凄いね、10kmも・・・、こっちは72才を過ぎたから歩くのもやっとだよ、と羨ましそうに言う。 更に、→折角だからもう少し話そう、とベンチに腰掛けた。 →5つ下の弟が葛飾区で湯本紙業という古紙回収リサイクル会社をやっている、婿さん社長だけど、もし就職する気があるならいつでも紹介するよ、俺の推薦なら一発だと思うし・・・。 一人娘は巻口貴代、世田谷に住んでいる、大手の印刷会社に勤めていて、旦那・玉男さんはグラフイックデザイナー、中二の娘は礼亜ちゃん、一緒に住もうと言ってくれている、と嬉しそうに語ってくれた。 就職の話は始めてだった、必要なフオーク免許は5万円ほど、あれば良しの中型免許は20万円越え、どっちも簡単に払える位の金はある。 就職の話をして貰っただけで単純に嬉しい限りだった。

 

近くの喫茶店「羽鳥」はおばあちゃんが一人でやっている。 井川さんに教えらえて、図書館で無料で本を借りられる事、「羽鳥」で読んでいる事を知ったので、ドキドキしながら行ってみた。 →どうぞお好きな席に、コーヒーはあったかいの?とおばあちゃんに訊かれて素直に、あったかいの、と答えていた。 旨い! 400円、・・・またきてね、と言われて、また来ます、ごちそうさまでした、と礼を言って、きっと来るぞ、と決心した。 翌日事件が起きた。 野崎が社員の豊浦さんを殴ったのだ、→アイツはゆずっちにず~ッと言い寄っていて断わられても引かなくて、ある時、追っかけて行って急にゆずっちの手を掴んで怒鳴ったんだよ、アトから訊くと、毎日LINEが来てどんどん増えて行って、さっきも給料貰う時に言い寄っているのを見たから、あのクソ野郎、と思って、嫌がっているから付きまとうナ、と言いに行ったら、バイトは引っ込んでろ!と怒鳴られて思わず殴ってしまったよ、という内容だった。 当然の事ながら野崎はその日の内にアルバイト登録を抹消された。     

 

土曜日、午後6時前、有楽町駅京橋口で中・高の同級生、難波公良君と小沢果緒さんと待ち合わせた。 →果緒、また綺麗になったじゃん、瞬はまたデカくなってね?と難波君が言う。 二人は今年から大卒の新入社員として働き始めた。 難波君はメガネ屋、結構なノルマがあるらしい。 小沢さんは大手の人材派遣会社、まだ先輩から指導中らしい。 片品村東京支部に乾杯!と、楽しい話とお酒で懐かしい友と旧交を温めた。

 

10月、祖父ちゃんから電話が来て、→瞬一、元気か、明後日東京に行くから二晩泊めてくれ、瞬一が住む場所を見たいから、と珍しい事に吃驚した。 →バスで来るなら新宿のバスターミナルで降りた所で待って居て・・・、詳しくは知らないのでお互い迷わない方がイイから・・・と、到着時間を確認し合った。 最近は正月の帰省した時しか会っていないが、来年70才になる祖父ちゃんは少し小さくなったような気がする。 電車で平井まで30分、→蕎麦が食いたい、と言うので山菜そばを頼んだ。 就寝は9時、疲れていたんだろう、ぐっすり寝たようだ。 朝は6時に起きた、コンビニでオニギリ二個と白菜・キュウリの漬物、なめこ汁二つを買って朝ご飯にした。 祖父ちゃんは何処へも行かない、疲れるだけだと言うから、河川敷に行く事にした。 その広さに、おお、と嬉しそうに声を挙げた。 →イイとこだ、尾瀬とは違うが悪くない、そしてナ、瞬一、頼られる側の人間になれ、オレが頼っている鎌塚摂司のようにナ、お前を頼った人はお前を助けてくれるし、貶められる事はないからナ、人は大事にナ。 ケンカをしていいのは自分の命が脅かされた時だけだぞ、それからナ、初めて言うが息子夫婦はやっぱりお前を助けに行ったと思う、けどお前が責任を感じる事はない、二人の事をただ誇れ、お前を守れる人間だった、と。 そしてお昼はラーメンでイイ、とモヤシそばを食べた。 あのコーヒー屋へも顔を出して、あったかいのを頼むと、おばあちゃんがピーナッツの小袋をサービスしてくれた。 晩ご飯用にコンビに寄ると、井川さんも七子さんもいて、祖父ちゃんです、えッ、群馬から?と紹介し合って、おにぎりふたつずつ、惣菜もふたつ、あさり汁ふたつも買った。 大家さんの筧さんにも挨拶に行った、帰ってからトマトを送ります、と手土産のない事を謝罪した。 そして笠木得三さん、隣の102号室は不在、二階の隣、君島家の敦美さんは盛んにお世話になっている、と祖父ちゃんを安心させた。 風呂にお湯を張って祖父ちゃん、自分の順位でゆっくり浸かった。

(ここまで全321ページの内、200ページまで。 祖父ちゃんが突然来た訳がアトから摂司さんから聞かされた、そうだったのか。 君島さんの別れた旦那が乱暴的に隣家に来るようになった。 瞬一は消防署を受験することに決めた、いつまでもトラウマで怖がっていられない、これから猛勉強だ。 笠井さんの弟さんの会社は野崎さんが面接に出かけた・・・、ほのぼの物語が温かい)  

 

 

静岡の娘から両親にそれぞれ10,000円のお年玉、有難し! 今年は5月辺りに遊びに来るらしい。 さて、どこどこへ連れて行こうか? K寿司か、Yジンギスカンか、それともKホルモンか、新設の狸小路の「狸KOMICHI」か、旦那と共に美味しく喜ぶ顔を見せてもらおう。 年賀状、また12枚も来た。 昨年は30枚越え、こちらからの賀状欠礼の文面を見ない方が如何に多いかと嘆息が出る。 年賀お年玉の恩恵だけ有難くお受けしよう。 その中に、元会長のKさんから、同期生Mと三人の呑み会お誘いの言付けがあった。 k元会長からの奢りである。 Mと連絡の上、日時と小料理Sを決めたが、その日が楽しである。

(ここまで、5,800字超え)

 

令和5年1月3日(火)