令和4年(2022年)9月22日 第548回

荒れる大相撲、唯一人の横綱・Tが5勝6敗で休場、更に先場所の優勝力士・Iが4勝8敗で早々に負け越し、カド番の大関・Mも3勝8敗で負け越して来場所は関脇に陥落する。 もう一人の大関・Sも2勝10敗と散々な負け越しでカド番に追い込まれた。 12日目を終わって、2敗・3敗の5人の前頭力士が優勝争いしているが、アト3日、観戦している方としてはむしろこっちの方が面白いナ。 ゆっくり楽しもう。 

 

文庫本4冊購入。 鏑木漣「見えない轍 心療内科医・本宮慶太郎の事件カルテ」(単行本は2019年)、同じく、「見えない階 ・・・事件カルテ②」(月刊誌2021年1月までの7ヶ月分)、石田衣良「獣たちのコロシアム 池袋ウエストパーク⑯」(単行本は2020年)、西條奈加「みやこさわぎ お蔦さんの神楽坂日記③」(単行本は2016年)である。 28回目の図書館から文庫本一冊。 久方振りの、相場英雄の「血の雫」(単行本は2018年)は、東日本大震災の福島県避難民の悲惨さを描いており、一気読みだった。 これはお薦めだろう。

 

 

凪良ゆう「流浪の月」(単行本は2019年、2020年本屋大賞、映画化されて2022年5月公開)

市役所勤務の父・家内湊(かない みなと)、何事にも一切我慢をしないから、ママ友が一人も居ない母・灯里(あかり)、そして小4の更紗(さらさ)の家族である。 気に入った時にしかご飯を作らない料理上手な母を、父・娘とも許している。 お父さんとお母さんは野外フェスで知り合った。 その有名バンドのボーカルは数年前に死んでしまったが、今はギタリストがボーカルを兼ねていた。 死んだボーカルの魂を感じたお母さんの横で、感激して涙で顔をグシャグシャにしたお父さんと目が合い、二人は泣きながら抱き合った。 その時、→泰クンと結婚するって決めたの、と勝手に決断したところが如何にもお母さんらしい。

 

変な家の子、と学校で噂されていた。 お父さんとお母さんがしょっちゅうキスをする、子供も一緒になってお酒を飲んでいる、気が向いた時にしか料理をしないお母さん、たま~にアイスクリームが晩ご飯になる、子供には過剰だと思われる映画を家族で観ている、等々の事が誰にも信じられなかったのだろう。 更紗には当たり前の生活だったから、逆に皆の方が不思議だった。 更紗は両親が大好きで何の不都合を感じていなかった。 我が世の春だった、あの幸せが永遠に続くと思っていた。

 

先ず、お父さんが病気であっさり亡くなって、次にお父さんを失った哀しみ・淋しさで恋人を作って二人で出て行ったお母さんが消えて、更紗は伯母さんの家に引き取られた。 更紗ちゃんの好きな夕食を作るわ、と言われたので食欲のない時はアイスクリームだった。 そう答えると、夕飯にアイスクリームなんてダメに決まっているでしょ、唐揚げにするわ。 体調の悪い時の唐揚げ、最悪の相性だった。 晩酌の伯父さんにビールをお酌すると、ホステスのような真似はしないで、とビール瓶を取り上げられてしまった。 伯母さんが、→まったく、灯里はどんな子育てをしたんだか、と額を押さえていると、ひとり息子の中二の孝弘がイヤな目付きでニヤニヤしていた。 更紗はこの従兄が大嫌いだった。 ジロジロ、ニヤニヤ、いつもそうだった。  夜、孝弘が部屋にやってきて、→厄介者、動くな、声を出すナ、と言いながら孝弘の手が私の体のアチコチを這い回る。 更紗は、夜、殺されて朝に生き返り、また夜には殺される。 ずっとこれが続く位なら、地球が壊れるか、私が本当に死ぬか、孝弘が死ぬか、になってくれればイイ。 伯母さんの家では毎日、常識のあるフリをしなければならず、以前の家族とは全く違った生活のこの家には本気で帰りたくなかった。 

 

通学路の途中にある公園で下校の時よく遊んだ。 ベンチには、いつも若い男の人が文庫本を読んでいた。 洋子ちゃんは、→ロリコンだよ、きっと、絶対一人になっちゃダメだよ、連れていかれるよ、と親に言われているのか、警戒感丸出しである。 皆と別れてから引き返すと、ロリコン男は未だ座っていた。 更紗は、「赤毛のアン」を取り出して一番離れているベンチで読み出した。 6時半、ロリコン男はまだ読んでいる、こっちには少しの興味もないらしい。 数日間、同じ状態が続いて、→ロリコン男は、私は好みじゃないんだ、と結論付けた。 伯母さんの家は更紗の我慢も空しく、ますます状況は悪化していた。 安心できない日々は用心深くさせる。 最近は浴室の鍵を掛ける事も始めた。 睡眠も充分ではなく、洋子ちゃんには、→ウサギの目みたい、と揶揄われた。 ・・・ある日、ロリコン男から声を掛けられた、→帰らないの? 男はお父さんと同じ靴を履いている、優しい声も似ている。 →帰りたくないの、と答えると、→じゃ、ウチにくる?と、更紗の全身を覆っていた不快さを丸ごと流し去る様に言ってくれた。 私はもう、あの家に帰りたくない、押し付けられたランドセルも要らない、とマンションについて行った。 →オレは佐伯文、19才の大学生、フミと呼んで、と自己紹介された。 夕ご飯はアイスが食べたい、とダメ元で言うと、驚きもせずに、冷蔵庫からカップアイスを取り出した。 美味しい! 死にたいほどの我慢の末のバニラ味は最早アイスを超越していた。 素敵な晩ご飯だった。

 

翌朝、一度も目を覚ます事無くぐっすり眠れた。 ベッドの真っ白いシーツがさらさら、エアコンも効いている、う~んと手を伸ばして起き上がる。 ここはフミの部屋だ、居間のソファで寝たらしいフミはもういなかった。 メモがあって、「大学に行ってきます、4時頃には帰ります、朝ご飯はカウンターに置いてあります、冷蔵庫の中のモノは何でも食べて下さい、もし帰る時は鍵を閉めてドアポストへ、佐伯文」 ハムエッグとトーストの朝食が済むと眠くなったのでソファに横になる、眠くなる、また目を覚ます、眠くなる・・・ 半分、夢の中の状態で、夕方になるとフミが帰って来た。 →ごめんなさい、朝ごはん食べたら眠くなってず~と寝ていた。 すると、→お腹いっぱい食べるのは体に良くないって母が言ってた、炭酸入りの飲み物も体に良くないとも言ってた、欲望をセーブ出来なきゃみっともないとも、と驚く様な事を言う。 そして頭を撫でられた、もういつ以来だろう、お父さんに良く撫でられて以来で、思わず涙が込み上げて来た。 →私、家内更紗、サラサって呼んで、フミ、ここにずっと居てイイ?と、頼み込む。 イイよ、と答えてくれて安堵感が満杯になる。 もう、あの家に帰らなくていいのだ、ここでずっとお父さんに似たフミと暮らせる。 フミは命の恩人になった。

 

フミの実家は東北、ベッドは私に譲り、居間に布団を敷いて寝ている。 起床は7時、洗濯機を廻して、二人で朝食はハムエッグとトースト、それが済むと簡単な掃除して大学に行く。 夕方帰ってくると、晩ご飯を二人で和食を作り、風呂に入って、勉強。 テレビはNHKしか見ない。 これが毎日続く、まるでフミは人間のロボットのようだ。 ラーメン屋にも行った事が無いという。 材料に何が使われているかわからないし、不潔だから、と母の方針だという。 こうして一週間、更紗が頼み込んでカレーを作って貰った夜、食べながらテレビを見ていると、突然、更紗の名前が読み上げられた。 「行方不明になっているのは小学四年生、9才になる更紗ちゃんです、児童公園でお友達と遊んだアト、忽然と姿を消しました、ランドセルがあり、以前から不審な男は目撃されていました」 このまま忘れてくれますように、と願っていたのに、今頃、伯母さんが警察に届けたのかしら? 私が消えても心配してくれる人が居なければ誰にも騒がれずにフミと一緒にいられる、と安心していたのに。 →わたし、フミに誘拐されたことになってるの? →行方不明と言いながら裏では警察が捜査しているかも。 →でも、わたしここに居たい、でもフミが逮捕されるの? →いたけりゃいればイイ、でも色々な秘密が明らかになる、きっと死にたくなるような目で見られる、想像するのも怖い、と怯えたようにフミは言った。

 

その晩、フミが借りて来たDVD10本を朝方遅くまで二人で観た。 だから寝坊したどころか、昼になってお腹もすいて来たので、フミを揺すり起こした。 こんなに寝ているフミは初めてだった。 ・・・梅雨が明けて夏になってもフミの家にいるが、テレビでは顔写真が出ていた。 更紗は一歩も外に出ずに夏を過ごした。 熱望していた安全を手に入れ、寝不足の解消、夜に怯えずに済む、昼寝をして、骨や肉が隅々まで寛ぐ以前の感覚が甦って来た。 安全な暮らしに自分が失踪している身分だという事を忘れて、フミにパンダを観たいとねだった。 電車で一時間の動物園にパンダがいる。 しかし、更紗の顔は見物客の誰にもに覚えられていた。 家内更紗ちゃん!と誰かが大声で叫ぶと、誰もが携帯のカメラを向けてくる。 そして警察官が走って来た。 →フミ、逃げて!と手を話しても、フミは何故か、空を見詰めて更に遠くを見ている。 泣きそうに顔を歪め、なのにホッとしているようだった。  警察官は、→もう大丈夫だよ、と更紗を抱きしめるように言うが、フミは問い質されて素直に名前を名乗っていた。 逆方向に連行されるフミに向けて、→ふみいいい、ふみいい、と泣き叫ぶ更紗を沢山の携帯カメラが撮っていた。 デジタルタトゥ(ネット上に残る画像や動画)という、消えない消印を二人に押された瞬間だった。 けど、何の罪なの? ・・・フミの二ヶ月監禁の罪は懲役10年だった。 

 

病院でいろんな検査をされ、お医者さん、刑事さん、心理カウンセラーとか、いろんな女の人に優し気に質問されたが、決してフミが悪者になるような事には、一切口を閉ざした。 フミはキチンとした人です、と一生懸命説明もした。 しかし、体を触られなかったか?と訊かれて、突然、孝弘の行為が甦って、涙と吐き気が同時に襲ってきた。 どうして、正直に言えなかったのだろうか? それを看護婦とカウンセラーが勘違いして目を合わせて納得したように見えた。 →違うの、フミは何もしてないの!と叫ぼうとしたが声が出てこなかった。 ・・・また、伯母さん家に引き取られた。 あの従兄の孝弘が夜、部屋に来て、→起きろ! お前、誘拐されている間、いろいろされたんだろ、と囁きながら布団を捲って来た。 この家よりは絶対、牢屋の方がマシだろう、そう考えて伯父さんの酒瓶を用意していたから、思いっきり孝弘の頭を叩き付けた。 鈍い音と凄まじい悲鳴が響き、伯父さん・伯母さんが駆け上がって来た。 →前からこうして私の部屋に来て体を触る、と言ったが、血を流しながら孝弘が、→ウソだよ、おれ、何にもしてないよ、と泣きべそで言うけれども実際に夜中に更紗の部屋にいる、そう悟った両親は、孝弘を救急病院に搬送しながら更紗を完全な厄介者として考え、結局、児童養護施設に送られた。 伯父さんも伯母さんも私に決して目を合わせずに、息子・孝弘の名前を言い出さなかった更紗に心から安堵していた。

(ここ迄、全6章・347ページの内、第二章・80ページまで。 その後の更紗の生きざまがいろいろ書かれていくが、「デジタルタトウ」がいつもついて廻り、素顔を知られた苦難の生き方が綴られる。 そして15年後のフミとの偶然な出会い、34才と24才、すっかり変わってしまったフミは、やはり更紗の心に刺さって来た。 そこからのストーリーも切ない。 フミが親の援助で開いたカフェ、「kalico」(日本語で更紗の意)と名付けた店に更紗が奇跡的にやって来た。 恋愛感情の無い心からの親近感、打ち解けた二人の生活に性欲は昔から起きた事がなかったのだ)

 

(ここ迄4,800字超え)

 

令和4年9月22日(木)