令和3年(2021年)11月18日 第471回

大相撲の呼び出し次郎は怪我の為、今回の九州場所を休場すると協会報にあった。 どんな怪我なのか詳細がないが、次回の東京初場所でまたご尊顔を拝する事が出来そうだ。 

 

 

小路幸也「国道食堂」~前回、前々回の続き

(ここにUPしたいと言う気持ちになる本が少ないから、また書き込む・・・これで3回目)

・・・友田金一・75才、国道食堂従業員・・・前回からの続き

此処の開店当時は重三さんと繭子さん夫婦で充分やっていける広さだった、今の三分の一かナ、みさ子・ふさ子の双子の姉妹と自分が加わってから大きくなっていったのサ、お店もお風呂も宿泊も・・・。 自分は元々は自動車の整備工で結構器用だから先代からも十一からも重宝されて、もう、この年になってしまったナ。 若気の至りでいざこざを起こして整備工場をクビになった時、人を雇う程の規模じゃなかったのに、→ヤケになってないでここで働け、人を呼び込んで店を拡げてくれ、と重三さんの厚意に甘えたのサ。 男が男に惚れる、侠気(おとこぎ)ってやつだよね、そういう人だった。 重三さんが亡くなってからは、重三さんを心から愛していた繭子さんを守って生きてゆく、と決心したからね。 繭子さんが亡くなってからは十一さ、息子みたいなモンだからね。 自分が死ぬまでこの店を守っていくよ、出来れば十一の跡継ぎの顔も見たいけどネ、でもまだ独身だし、どうなるのかネ。 二方将一が問う、→殺人事件があった時、金一さんはしっかり見ていたんですね、 →そりゃ吃驚さ、まさかフォークで人が死ぬって誰も思わないサ、口喧嘩になってそこにあったのが箸だったら川島は箸を掴んだと思うけどね、フォークだったけどちょっとズレてりゃ肋骨に当たって軽い怪我で済む話がブスリと心臓だからね、川島も相当な驚愕だったと思うよ、もし、箸とかフォークで軽い怪我だったら、翌日から毎日メシを食いに来て、や~ァ、迷惑掛けたナ、って笑い顔の話になっていた筈だもの、けど逃げてしまって今も逃げ続けているのは赦される事じゃないけど。 十一とは、大した精神力だなァ、逃げ続けるのって、と話した事がある、キッと、どこかで生きてるさ、たま~に手紙が来るからね、名無しの権兵衛さんから国道食堂宛の封筒に古札で十万円とか二十万円とか入っていて、京都・東京・北海道とかいろんな消印で筆跡は全部同じ、もう30年で100通以上で1,000万円はあるかなァ、繭子さんが生きている時、これはきっと川島だと思う、だから金一さんが預かって貯金して川島が来たら返してほしいと言われて・・・、今は十一の名義になっているんだ、何して暮らしているか知らないけれど、逃亡犯の身でカネを稼いで送って来るのは大変な事だと、そもそも川島は悪い奴じゃ無かったからね。

 

・・・地崎裕・22才、大学生・・・

岐阜の親父から二週間前に電話があって、→車、買うか?とイキナリ言われた。 大学には中古の15,000円で買ったスクーターで通っていた、宝くじで100万円当たったから、と中古の軽を買ってもらった、有難い。 こっちの病院で理学療法士として就職も決まっていたから就職祝いも兼ねていた。 半年前に実習でリハビリの担当になった佐々木さん、背が高くて細身のおジイサンは屋根職人だ、と言った。 家を建てる職人の中で屋根を葺く材料を持ちながら屋根の斜面を歩くのはキツイんだ、足腰は勿論、アキレス腱や足首への負担は半端じゃないだろう、佐々木さんは仕事中に屋根から落ちて腰と脚の骨を折って入院していた。 カルテに寄ると、リハビリが始まった頃に認知症を発症して身寄りの人がゼロだった。 三週間経った時、佐々木さんの思い出話が始まった。 →あの国道食堂はなんでも旨かった、近くにいたから毎日通っていた、もう一回、あそこのメシ食いたいなァ、でも訳あって行けないしなァ、今もその食堂はあるんだ。

 

そして今日、大学の一年先輩のみのりさんを乗せてドライブ初デートである。 佐々木さんは近くに錦織と言う集落があるって言うだけで、住所も知らないのでナビは使い物にならない。 ・・・しかし、あった! 本当に昔の学校みたいな古い二階建、大きな駐車場、午後一時過ぎで結構な混みようである。 剥げ頭の白衣のコックコートのおジイサンが、→いらっしゃ~い、空いてるところにどうぞ、とひょいひょいとスムーズに動きながら告げてくれた。 入り口に一人芝居とか、プロレスとかライブとか貼り紙があった、奥のリングでやるんだろうナ、と思うけれど変わった店なのは間違いない。 →僕、わらじトンカツにする、 →私は唐揚げチャーハン、シエアしよう。 厨房にいる体格のイイ人が店主のようだ、→済みません、ここ持ち帰りは出来ますか? と認知症の佐々木さんの話を打ち出した、→佐々木一郎さん、名前に覚えはないなァ、75才なら親父の時代のお客さんだなァ、俺はまだ30年だし、そうだ、金一さん、覚えはないかい? とコックコートのおジイサンに振るもやはり知らないようだ。 →昔から変わらない味と言えばカレーとギョーザだな、東京までなら、三時間くらいか、イイぜ、と快諾してくれた。 すると金一さんが、→先代のお客さんならボクが顔を覚えているかもしれない、付いて行こうかな、嬉しいお客様だもの、ボクの顔を見て急に思い出してボケが治るかも・・・。 →帰りは電車で帰るから十一さん、駅まで迎えに来てよ、と話が纏まった。 友田金一さんは話が上手かった、ず~ッと二人を笑わせてくれた、お陰で一目惚れだったみのりさんとの初デートだった事も話してしまった。 ・・・佐々木さんは何の反応も示さなかった、カレーもギョーザも美味しい!とは言ってくれたけど。 金一さんは佐々木さんをじっくり見ていたが黙って眼を閉じた、想い返しても記憶に無かったのかも知れない、残念。 金一さんを駅まで送ると、→君はイイ子だねェ、老い先短い老人の患者さんの為に立派だねェ、彼女もそんな優しさにOKしたんだろうから、アト、3年もしない内に結婚するかもネ、その時はまた国道食堂に来てネ、ご馳走するよ。 そうして頼まれた、佐々木さんのこれからの症状を携帯のメールで教えてくれないかなァ、と。 金一さんだって赤の他人なのに?と思ったけれど快諾した。

 

・・・久田充朗(みつお)・57才、私立高校体育教師・・・

一人娘の亜由は小さい時から機械的なモノが大好きだった。 亡くなった妻の季実子もコンピューターに精通していたからその血を引いたのだろう。 自分は一切、そういうモノに疎かった、今も自動車免許も持っていない。 妻の運転する車の助手席で、突っ込んできたよそ見運転のトラックから一人だけかすり傷で済んだ、亜由が5才の時だ、再婚を考えた事は一切無かった、幸いに元気な両親がいてくれて、亜由は実家ですくすくと育った、今は二人とも80才を超えたが、亜由が結婚するまでは絶対死なないと至って健康である。 実は自分はプロレスラーになりたかった、日曜日のプロレス番組を心待ちにしていた、亜由も小学迄フトンの上で放り投げられるのを大喜びし、大きくなってもテレビ観戦どころか、試合場まで一緒に来てくれた、大のプロレスフアンになってしまった、娘と共通の趣味を持てる父親など、ホンの一握りだろう。 一流企業のニッタに就職して今はドローンの名操縦者らしい、26才になったのに、そこそこ可愛いのに、ボーイフレンドの話が皆無で爺さん婆さんも少し心配げである。 上司は38才の篠塚洋人さんで、上司としても人間としても信頼できる人だと、自慢している。 今は開発チームで二人でコンビを組んでいるらしい。 その篠塚さんの車で出かける事になった日に初めてお会いした、そして、篠塚さんです、と紹介した亜由の表情と態度に少なからず驚いた、俗に世に言う恋をしている女の子、と感じてしまったのだ。 会った瞬間に何かの啓示を受けるかのようにそれを感じる瞬間があった。 一度目は祖父の死、二度目は亡き妻と初めて会った時、一緒に暮らすのだと感じた、三度目はあの彼に会った時、人を殺して逃げていると確信した、そして今日が四度目だ、篠塚さんは独身だと聞いていた、きっとイイ人なのだろう、亜由と出会う運命だったとしか思えない、 しかも今回、強烈なフアンだったあの本橋十一さんとの橋渡し迄してくれる、運命なのだろうナ、と納得するのだった。 →狭い軽自動車で済みませんと謝っているが、こっちは、本橋さんの父親を殺した犯人を知っていると、穏やかじゃ無い話を打ち明けた迷惑話である。 小田原の駅から二時間以上の道行、5年以上前の偶然を二人に語って聞かせた。 教え子の川島君が屋根職人になっていた、家の近くの三角屋根の工事現場でバッタリ会って、フリーの職人さんが自分を鍛えてくれた、と紹介してくれた人が佐々木さんだった。 別な現場でひょっこり佐々木さんと出会った、なんの気なしに声を掛けた、→ひょっとして川島と言う男をご存じですよね、 途端に恐怖のような驚愕のような瞳が見開いた、→アンタ、あそこにいたのか、と言う。 何かが頭に弾けて、即答した、→いたんです。 十一さんのお父さんの殺人犯が川島だと気付いたのはそのアトからだったが、彼は顔を覚えられていると勘違いしたンだね、でも観念して潔く全部話してくれた、後悔しながらどんな人生を歩んできたかと、赦されない事だと、十一さんにも申し訳ないと、涙ながらにネ、でも自分はそのまま、見逃してしまった、時効もあったし、教え子の川島君の師匠と言う重い言葉も頭を過ぎってネ、それと償って来た事も知ったしネ、ひょっとしたら刑務所に入って法的な罪を償うよりも辛く重い形で、私はそう感じたのだった。 でも、本橋十一さんに出会えたら真相を話そうと決めていた、川島さんにもそれを伝えていて、現住所も葉書のやり取りがある。 →私は間違った事をしたと思うかね、と将来の娘夫婦に、義理の息子に尋ねたのだった。 篠塚さんが言った、→僕は何年も前から十一さんを知っています、キチンと話を聞いてくれてそして判ってくれると思います、と将来のムコさんは断言してくれた。

 

・・・野中空・18才、東第一高校三年生・・・

国道食堂のみさ子さんとふさ子さんの双子の家の裏に野中空の家があり、血の繫がっていないお祖母ちゃんと住んでいたが入院してしまってそのまま施設に入る事になった。 血縁者はいないし、これからの費用がかかる事もあって家は売却する事になった。 本橋十一さんが昔から面倒を見てくれていたので、→高校卒業までウチに住め、序にアルバイトで手伝え、食事も出す、と好条件を提示してくれたので遠慮なくお世話になる事になった。 一人ぼっちになって一人で生きて行かなきゃならない、けど、十一さんが、→一人じゃ無い、俺がいる、此処を自分の家だと思え、ずっといてもイイし、と言ってくれた。 ・・・母が空を連れ子で再婚したのは幼稚園の時、そして小6の時に父親は母親を殺して自殺しました、何があったのか、警察も周囲の人も今以て誰も知りません。 その再婚した父親が野中のお祖母ちゃんの息子だったのです。 この6年間、本当の孫の様に育ててもらいました、と辛い話を二方に打ち明けた。 食堂の隣の部屋に二方さんが泊まっていた、一人芝居の稽古をやる為に自分のアパートから通うより、泊まり込んだ方が効率がイイ、という理由だった。 二方さんの演技は凄かった、完全に別な人になり切れる、役者になって誰かの心を動かせる、素晴らしい! 自分もなれるんだろうか、誰かの心を動かす事が。

 

・・・美村豪・55才、元ミュージシャン、ライブハウス経営・・・

吉祥寺のライブハウスは俺の城だ、ライブの無い時はカフェとバー、この20年で此処から跳んで行ったバンドはメジャーになっただけでも4組がある。 今宵は、キューさん事、山田久一さんが来店している、今はトラックの運転手をしているが以前は公告会社でプランナーをやっていた凄い人なんだ。 俺達のバンドに恩人がいるとすれば、その中の一人に必ずキューさんの名前が入る。→それでナ、豪ちゃんさ、これを見てくれ、一人芝居だ、と動画を流し始めた。 リングで若い男が練習中らしい、→これの音を頼みたい、豪ちゃんならこの芝居に最高の音を付けてくれると確信しているのさ。 美村豪は日本を代表する俳優の浪原喜一郎と歌劇団の娘役だった柚月真子との間にこっそりと出来た子だった、芝居は小さい時から大好きだったし、随分あちこち連れて行ってもらった。 もうとっくに二人とも鬼籍に入っているが、良くスキャンダルにならなかったと思うほど、見事に隠しきった、だから、二人の実子と知っているのはホンの一握りで、彼らも決して今以て口外しない。 実は都庁のお偉方だった育ての親が知事のスキャンダルの人身御供にされそうになった時、都政絡みのイベントで出入りしていたキューさんに、此の儘じゃ、豪にも被害が及ぶ、と墓場まで持っていく筈の豪の出生の秘密を打ち明けられたので、当時キューさんが持っていた全てのパワーを駆使してスキャンダルを揉み消した、どうやったか訊くなよ、と念を押された。

・・・本当にあった、国道食堂、店の奥にリングもある。 ぼ~ッとリングを眺めていると、→どうかしたかい?と、キューさんから聞き知っていた店主の十一さんから声を掛けられた。 →美村豪と言います、山田久一さんからお聞きになってるかと思いますが。 あァ~、と十一さんが手を打つ。 →ミュージシャンの、キーボードの! 演出は出来そうかい? →行けます!、と大きく頷いた、イイものが出来る、そんな予感に満ち溢れた。

 

・・・橋本卓也・31才、トランスポーター・・・

元・レーサーで今はレーサーカーを運んでいる。 レースで事故って心肺停止に陥り、蘇生したものの全身骨折で意識不明なまま一ヶ月、ベッドで動けない状態が続いたが徐々に回復し、過酷な、懸命なリハビリーで奇跡的にここまでになった、要するに一回死んだ人間なんだ。 ・・・午後8時過ぎ、この狭い国道の脇にセーラー服の女の子が立ち竦んでいる、危ない!轢かれて死んじゃうぞ、と思わずトラックを停めた。 乗りな!轢かれちゃうぞ!と叫んでも、何かボンヤリしている、まさか、クスリをやってないよな、と思いながら無理やり助手席に押し上げた。 →君は自殺でもしようとしてたのかい、いいかい、轢いた運転手は殺人罪になって家族がいたらその一家は地獄に落とされてしまうんだぞ、と戒めた。 →そんなつもりは無かった、と言うがあんなところに佇んでいれば間違いなく撥ねられる。 →俺は橋本だ、君の名は、それと家まで送ってやるから道路を教えなさい。 →小村美也です、17才、高2です。 家の場所を言わない、深い事情がありそうだ、そうだ、この先に食堂がある、あそこでメシを食いながらもう少し話そう、とトラックを乗り入れた。 十一さんが出かけていたが、おジイサンがこっちの事を知っててくれたので、セーラー服を連れている事情を話すと、十一さんに連絡すると言ってくれた、助かった。 美也ちゃんがカレーライス、こっちはギョーザ定食、→美味しい!と笑顔がやっと出た。 店の入り口から若い男の子が入って来た、高校生か? →こんばんは、と挨拶された美也ちゃんが、あれ?という顔をしたら、→やっぱり同じ高校だよね、多分下級生だと思うけど二年生かな? 僕は野中空です、3年生でここの二階に住んでいます。 お祖母ちゃんが施設入り、家の売却等々を説明しながら、孤児となってしまった、母親は昔、殺された、だからここに住んでいる理由を語った。 高3で人生の悲惨さを経験し尽くしたとは言葉もない。 →君もきっと死ぬほど酷い目に遭ったのかも知れない、でも僕はこうして生きているし、希望なんて何にもないな、と絶望感ばっかりだったけど、此処のみんなが、十一さん、金一さん、みさ子さん・ふさ子さんも、知り合った人もみんな優しくて、生きていればイイ事も楽しい事もある、将来も見付けられるって。 ゆっくり話す野中君を美也ちゃんがちゃんと聞いている、大きな瞳が少し潤んできている。 そうか、理由を訊き出さなくてもそういう解決方法があるナ、と感心した。 →じゃ、オレも一回死んだ話をしようと、ここまで復活出来た実話を語った。 二人は目を丸くして驚きと賞賛の表情だった。 パン!と大きな音がして十一さんが入って来た、→お待たせ! お嬢ちゃん、俺が君の為に出来る事は何かあるかい? 旨い食事と力仕事は任せてくれ、あと、乱闘もナ。

 

・・・蓑原顕司・67才、俳優・・・

古いフェアレデイZが愛車だ、ナビなんか付いていない。 ハラが減って来たけど、「蓑原顕司が車でコンビニ弁当を食っていた」なんてSNSに上げられる訳にはいかない。 突然、エンジンが止まった、つい一ヶ月前に点検したばっかりだからエンジンがイカレた筈がない、ガソリンメーターが壊れてひょっとしたらガス欠か、こんな田舎道で、と戸惑う。 自転車の少年がやって来た、ガソリンスタンドは此処から一時間以上、往復二時間以上か、参ったナ、と覚悟したら、国道食堂にガソリンの予備がありますよ、たま~にガス欠の人がいるんです、と教えてくれた。 自転車で10分位だから、ぼく、取ってきてあげますと、ホント、イイ子だな、申し訳ないから此処に車を置いて一緒に行くよ、じゃ、そこの駐在所の二階堂さんに言っておいた方がイイですよ、僕が先に行って食堂の店主の本橋十一さんに話しておきます、と走り去って行った。 ・・・駐在さんに往復パトカーで送って貰った、二階堂さん助かった、ありがとう。 自転車の子は野中空君と言うらしい。 深い訳があって国道食堂に住んでいると。 本橋さんは元・プロレスラーで、マッド・クッカーというリングネームと知って、→会った事がある、プロレスのレフリー役だった時、沢山のレスラーが出ていたが、本橋さんは存在感が凄くて流石、一流の人間は違うと感心した。

驚いた、食堂の中にリングを置いたってんだから笑っちゃった。 人生はドラマだ、劇場だ、そして今度は若い営業マンが一人芝居をやるって。 向かいに座った十一さんが、→心が動いてしまった、アイツがもっと凄いところへ行くのを見てみたい、出来る事は何でもしてやろうと思ってましてネ。 →今日の練習を見たいですね、二方君には内緒で。 店主の十一さんも従業員の金一さんも、そしてキツイ人生を歩んでいる野中空君と小村美也ちゃんという高校生も住んでいるって、面白いところだナ、此処は。 俺も今日は泊まらせてもらおう、温泉まであるんだからナ。 ・・・二方君がリングに上がる前に演技に入ったのが判った、瞬時にこいつは本物だと頷いてしまった。 声を出す、良く通る声だ、一挙手・一挙足が一流の役者のモノだった。 俳優大先輩の俺はついこの間肺ガン宣告されてアト、2~3年の命だが、まだ心も頭も身体も動く、できる事はまだあるぞ。→蓑原顕司さん!とリングの上から驚くように二方君が言った、知ってたか俺の事。 この男は俳優になれる、それも一流のだ。 脚本もオリジナルだという、脚本家の素質もあるんだ、演出家の才能も。 →頼みがある、この続編を67才になった二方君を俺に演じさせてくれ、5分でも10分でもイイ、この一人芝居のエピローグを付けさせてくれ。 俳優蓑原顕司の最期の一人芝居だ、そして俳優二方将一が始まるリングを彩らさせてくれ。

 

・・・本橋十一・57才、国道食堂店主・元プロレスラー・・・

明日の本番を前に、キューさんが東京に出て俳優になるまでのプロデュースを買って出てくれた、元ミュージシャンの美村さんが演出した一人芝居、照明も音響も入れてリハーサルが終わった。 本当に、心底、俳優になるべくして生まれた男なんだ、二方は。 ・・・今夜が本番の日だ、内緒にしてくれって頼まれた二人、一人はキューさん、カンヌで賞を取ったことのある有名な長谷川監督を呼んだ、もう一人は有名俳優の蓑原顕司、ハラケンが二方の芝居のアトに自分もやるという、滅多にやらないハラケンの一人芝居を見に来いと、テレビ局のプロデューサーや映画関係者とマスコミも呼んだらしい。 二方は自分の為に一人芝居をやるってのに、何だか、えらい事になっちまった。 朝8時半、若い男が入って来た、→二方将二と言いますが本橋十一さんですね、兄がお世話になってます、→二方の弟クンか、東京の立派なホテルでホテルマンをやっているって聞いてるぞ、いい兄弟だな、妹もいるって言ってたナ。 →実はお願いがあります、兄には内緒で。 実は僕が来れなくなりました、一緒に来る筈だった女性が東京から自分の車で来るんですが、芝居が終わるまで兄と顔を合わせない方がイイと思うんです、事前に十一さんに連絡を入れさせますので兄にバッタリ会ったりしないようにお手配下さい、高校演劇の時の恋人役だった人です、と吃驚するような話に、芝居が終わったアトの彼女の顔を見た二方の顔が見ものだナ、とほくそ笑んだ十一だった。 ・・・多分、国道食堂始まって以来の人数がいる、殆どの家が配置薬を置いている錦織の集落からワンさと来場、そして壁に貼っているチラシを見た人達、内緒にしている業界の人々である。 二方がリングから降りたと思ったら突然古いジャズが流れ出した、蓑原が登場する、しかし、二方と同じ体形・服装だから二方がまた戻ってきた、と思ったろう。 巧い。 ハラケンの声が響く、さっきの声と違う、と誰もが感付いたようだ、もしかして、ハラケンじゃね?と小さな声がした。 二方とは役者としての存在感が天と地程の差がある、二方もそれがハッキリ判ったと思う。 ・・・あの子か、綺麗になったな、イイ女になったナ、大きな瞳が潤んでいる、二方の姿を見るのは十数年振りなんだろう。 まだ独身だって池野美智さん、二方の事をずっと思っていたってな、そのせいで今も独身なのかも知れないってな、弟クン、いい仕事をしたナ。 リングの上で蓑原さんと二人で拍手を受けている、よし、客席の電気を点けるぜ、・・・ほら見ろよ、二方が驚いて飛びっきりの笑顔になっている、彼女の満開の笑顔も。

(最終章まで書き込みました、初めての9,100字越えです)

 

 令和3年11月18日