令和3年(2021年)8月27日 第449回

全英女子オープン、笹生→渋野→畑岡→古江の順番で4人が予選通過したが、4日間を終えての順位は全く逆で、古江→畑岡→渋野→笹生だった。 優勝が-12で、古江が-5(20位・65千ドル)だったから、7打差の世界のメジャー戦はやはり高い壁である。 日本から7人中、4人の予選通過があったから、まァ、良しとしても・・・。 松山はプレーオフ第1戦の70位に生き残ったが、43位(33千ドル)に終わった。 第2戦で、30位に生き残れるか、否か! 楽しみである。

 

図書館から借りた単行本、桜木紫乃「緋の河」は530ページの厚さで、釧路で生まれ育ったカルセール麻紀のモデル小説である。 緋の河とは、釧路川、隅田川、淀川に落ちる夕陽の色で、釧路(~札幌)・東京・大阪と渡り歩いた生活が描かれていた。 男として生まれた、でも綺麗な女の人になりたい、と小学生の時から、自分をアチシと言っていた秀男だった。 近くのお女郎さんに憧れて、お女郎さんになりたい、とも公言していた。 バケモノと罵られながらも中学を終えて家出して、札幌でシスターボーイへの道を歩き始める。 その時のゲイバーの同僚先輩の生きざまが今後の人生の指標となった。 女性ホルモンを飲み続けて乳房を作り、手術でタマを抜いたがサオは残したままの中途な性転換に悶々とする終章、昭和30年から40年代の、性に対する偏見の激しかった時代を生き抜いたオトコオンナの壮絶な生きざまであった。

 

 

 

堂場瞬一「時効の果て」(文庫書き下ろし)

警視庁捜査一課・追跡捜査班の西川は、週間ジャパンの記事に驚いていた。 「既に時効になった31年前の女性バラバラ事件の関係者がその真相を語る」と題打たれた内容は、正しく、犯人しか知らない秘密の暴露であった。 当時の捜査で公表されていない事実は、黒いビニール袋に重しの石を入れたバラバラ死体の一部が浮間公園に捨てられたが、何らかの理由で被れた穴から重しの石がこぼれて浮き上がって来た為に事件が発覚した。 池を総浚いしたが頭部が発見されず、現在に至るまで、被害者の身元も判明していないが、この記事では、当時29才の愛人関係にあった女性が別れ話のもつれから殺された、となっている。 しかし、名前は公表されていない。

 

警視庁広報課長と捜査一課長が、→このまま放っておけないナ、週刊誌に犯人を上げられたら立場がない、と悲嘆し、非公式に捜査するよう追跡捜査班に指示があったが、西川としても時効になった事件を正式に捜査するのも憚れる立場であった。 上司の昼行燈の鳩山係長は、必要なら牛尾も使って良いと許可を出した。

 

南太田署の岩倉剛は、週間ジャパンの記事を見て、これは本物臭い、と感じた。 何しろ、岩倉が31年前に刑事を目指した動機になった事件である。 所轄署時代の弟子で、今は、機動隊に引き上げられた伊東彩香に電話した。 やはりザワザワした雰囲気がある。 捜査の進行具合を教えてくれ、と一方的に言って電話を切った。 当時大学生だった岩倉は浮間舟渡駅の近くに住んでいた。 通学脇の公園の前にパトカーがずらりと並んでいた事件だった。 警察官になってからもこの所轄署への配属も希望したが叶えられず、横目で見ながら時効になった忌々しさが残っていた。 それが今になってこんな記事が出るとは! 岩倉は年下の刑事課長・安原とも記事の話をした、本物ですかね、と課長が言うので、犯人しか知らない秘密の暴露がありますから間違いないと思います、と答えていた。 昔の繋がりで週間ジャパンの副編集長・磯田に電話した。 ステーキランチを奢らされる羽目になったが、少しでも情報を入れておきたい。 磯田がヒレステーキ200g、岩倉はハンバーグを注文、ランチで小一万円が飛んでいくのかと思うと気が遠くなる。 磯田は、担当が違うと言っても、「記事に載っていた、犯人に極めて近い人間を探ってほしい」と依頼した。 渋る磯田に、→5年前に我々が誤認逮捕しそうになった萩原さん、仕事仲間のあなたの奮闘でアリバイが存在しました。 けど、私は別件逮捕でもイイから・・・と意見を具申しましたが、認められませんでしたけどね、彼は絶対、違法薬物をやっていた筈だ、今でもまさかやっていませんよネ? ウチのそっちの係に囁く事も考えますかネ?と暗に脅しをかけた。 慌て出した磯田は、→岩倉さん、相変わらず悪い儘ですね、全然、枯れていないですね、解りましたよ、探って見ます。 ・・・数日後、磯田から憮然とした声で、→諸橋浩二、大田区西糀谷1丁目○○・・・ と情報提供者の名前を告げて来た。 岩倉は奮い立った、これは俺に廻って来た31年前からの因縁だ、正規に捜査するには、追跡捜査班の遣り手の西川を動かそう、これを餌にして、警視庁から南大田署の岩倉に援軍を要請させればイイ、そう思いながらニヤリとしながら電話機に手を伸ばすのだった。 ・・・安原刑事課長から、→週刊ジャパンの事件を、追跡捜査班が一課長から非公式に命じられたらしい。 その捜査をガンさんを名指しでヘルプが欲しいと言ってきた、あの情報をタレこんだ男がこっちの管内に住んでいるらしい、という理由だった。 上出来だ、西川君、グッドジョブ、と腹の中で快哉を叫ぶ。

 

西川はさっそく南太田署で岩倉と合流した、ネットで諸橋浩二を検索すると、諸橋内装・社長、会社は20年前に「KSデザイン」となって、現在は今住純生(いまずみすみお)・55才が社長、諸橋は5年前に60才で退任していた。 駐在所の巡回連絡カードに詳細がなかったので、制服警官に諸橋の住所を訪ねさせると、不在だったが人は住んでいる、と報告があった。 二人はKSデザインを訪ねた、今住社長が対応してくれた。 →諸橋さんが辞めたのは下請け業者との癒着、自分の会社と勘違いしてワンマンで多額の流用が判明して、クーデター如くの状態で辞めてもらいました、所有していた株も、退職金代わりに買い取って、今は、全く関係がありません、高級車を常に二台、会社の経費で買い換えていました、南麻布の自宅マンションも会社名義でした、独身でしたから女性関係も相当派手でした、水商売の子が多かったようですが。 デザイン事務所を出た二人は、→典型的なバブル野郎だな、5年経って金を使い果たして真犯人に繫がる情報を売ったのか? まさか、諸橋本人が犯人じゃないよナ、殺された女が当時29才なら、諸橋は34才、彼は独身だったから愛人関係のもつれとは言わないよナ、と同意見だった。

 

土曜日の朝、岩倉は諸橋のマンションを見張っていた。 制服警官からの後日の連絡によると、本人にはまだ会えていないが、車はポルシエのオープンカーと報告があった。 65才がオープンカー! 枯れていないナ、と呆れた。 インターフォンを鳴らす訳にも行かず、10時を過ぎたら周辺の聞き込みでもしようか、と考えていたら、地下駐車場が開いてオレンジ色のスポーツカーが出て来た。 あれが諸橋だな、と運転席の白髪頭を確認した。 走り去ったオープンカーを見送って、朝から開いていた喫茶店に入り、諸橋の写真を見せると、→常連さんですが名前は知りません、と70才位のマスターが答えてくれた。 それ以上の詳しい情報を得られなくていた所に、→その人は諸橋さん、昔の金持ちだよ、と野球帽を被った60才位の男が話かけて来た。 →財布はヴィトン、ライターはダンヒル、時計はロレックスと高級品なんだが、みんな古いんだよね、メンテナンスしてピカピカにすればイイのに。 岩倉は、昔、捜査協力してもらった新聞販売店は主が昨年亡くなって息子が継いでいた、半ば脅かしで、諸橋の購読料の引き落とし先の銀行口座を訊き出した、更に、マンションの所有者は諸橋名義ではなかった、貸主を探そう(これは西川が調べた・・・ 家賃は18万円だった)

 

月曜日、西川も諸橋のマンションを見に行った、するとマンション正面の出入り口から諸橋が出て来た、すらりと背が高く痩せ気味で若々しく見えた。 背広姿の若い男が一緒で、何度か頭を下げて、失礼します、と言って踵を返した。 西川はアトを付けた、→すみません、諸橋さんと何を話されていましたか、と名刺を差し出し、不審がる男から強引に名刺を受け取った、カーディーラーだった。 5年落ちのスポーツカーの売却話だったらしい、→諸橋さんの言い値が450万円、こっちの提示が350万円で持ち帰りです、一年前にもベンツを350万円で引き取りました。 この情報に岩倉さんはランチを奢ってくれるだろうか? 羽根つき餃子で有名な中華食堂、ご馳走になる期待も淡く消えて割り勘だった。 岩倉は、→諸橋はカネに困っているのは間違いない、高級品の小物も古いのばっかりだ、と喫茶店での話を披露する。 西川の躊躇を無視して南太田署はマンションの張り込みを行っていた、夜10時、岩倉が若い当番者に労いに行くと、インターフォンを鳴らしている50代の男が目に入った、すると諸橋が出て来た、寒風の中、黒ずくめの男はミニヴァンに諸橋を乗せようとしたが拒絶されて、イキナリ当て身を喰らわせて中に引き摺り込んだ、張り込みしていた鮎川と、目撃した岩倉は追跡を開始した。 しかし、公に緊急配備の要請が出来ない秘かな事だけに自力で追い付くしかない、助手席の鮎川に、パトランプ!と叫んで車の屋根にに装着すると、それに気付いた相手は強引な運転で交差点に突っ込み、衝突した弾みで投げ出された黒ずくめの男は首を折って即死、気絶していた諸橋は車内に閉じ込められた状態で重傷、という惨事となった。 当直当番だった交通課の課長と鑑識によれば、運転手の男は免許証も財布もなく、身元不明である、諸橋が意識を取り戻してから訊き出すしかない。 夜11時過ぎ、西川に連絡を入れると、→完璧なヘマですね、あれほど注意したのに、中途半端な張り込みなんですよ、と厳しい批判の言葉を投げ付けられた。 岩倉は返す言葉がない、西川からは、くれぐれも南太田署だけで暴走するな、と釘を刺されていたのだった。

 

31年前にもうひとつの大事件があった。 銀座で現金輸送車が襲われて2億円を強奪されたのである。 その犯人・宮城陽介(当時25才)が逮捕されたが、共犯者については徹底的に黙秘を貫き、2億円は共犯者の独り占めになっていた。 懲役14年の刑を終えたアトの所在は知らぬが、岩倉は持ち前の猟犬のような鋭い嗅覚で、もしかして?と思い立って宮城の面相を確認した所、加齢シュミレーションソフトで仕上がった、今、56才になった顔は、今回の事故で亡くなった身元不明の男に酷似していたのである。 何故、宮城が諸橋を拉致したのか、病床の諸橋を尋問するしかない。 西川は、医者の許可と同席を得て質問を開始したが、訪問者も、拉致も、事故の事も何も思い出せないと弱弱しい返答だった。 ラチが明かない、とハラを決めて質問を続けた、→週間ジャパンにバラバラ殺人事件のネタを提供しましたね、宮城陽介を知っていますね、と言った途端に諸橋が呻き出して目を閉じて、頭が痛い、と声を洩らした。 それを傍で見ていた医者がモニターの画面を見ながら、ここまで、と止められてしまった。 南太田署に病人の警備を依頼して西川と岩倉は引き上げた。

 

岩倉は宮城の弁護人だった小沢弁護士を訪ねた。 出所した時に届いた挨拶の葉書が残っていた。 当時39才、「今後はシンガポールに渡り、心機一転して新しいビジネスを始めようと思っています」となっていた。 シンガポール? 弁護士は、彼のビジネスについてまったく心当たりが無いという。 破損したミニバンの持ち主は洋食屋の主人で、宮城は常連だった、ゴルフに行くからミニバンを貸してくれ、と頼まれたらしい。 常連とは言いながら来店しない空白の期間が結構あった。 そう言えば、外国に住んでいるらしい事を洩らしていた事が頭に残っていた、と貸した主人から訊き出した。

(ここまで全421ページの内、176ページまで。 諸橋、宮城、バラバラ事件の被害者が複雑に絡んで真相に迫っていく。 殺人の犯人は誰か? どうして諸橋はそのネタを知り得たのか? 現金強奪事件の共犯は誰か? この二つの事件がどう繫がるのか、結構な面白さが展開していく、読み応え充分、ご期待あれ!)

 

 

Oさんから借用した単行本、首藤瓜於「ブックキーパー 脳男」は、620ページの分厚さである。 自分には初めての作者であるが1956年生まれで、2000年に「脳男」で江戸川乱歩賞を受賞していて、2007年「指し手の顔 脳男Ⅱ」に次ぐ、14年振りの三作目である。 結構な読後感であったが、題名の脳男とは誰なのか、ブックキーパーの真意は?と、正直、ハッキリ理解出来ていない。 ああ、恐らくこういう事か、と何となく思える事は出来るが・・・。 最初に読み始めた家内は途中で辞めて、早々に雫井脩介「霧を払う」に切り替えてしまった。        

(ここまで5,300字越え)

 

           令和3年8月27日