令和3年(2021年)6月24日 第427回

大相撲7月場所(名古屋)、我が町の一山本が初入幕した。 辛うじて幕尻の17枚目だが、先場所の十両からの位置では意外だった。 ツキがある。 これで懸賞も掛けてくれる地位になった。 何とか、勝越して郷土の名前を高めて欲しい。 そして怪我せずに長生きの相撲取りで有って欲しい。

 

 

佐伯泰英「照降町四季(三)梅花下駄」(文庫本書下ろし)

第408回に照降町四季(一)、第420回に照降町四季(二)をUPしています。

未読の方は先にご覧下さい。

 

己丑(きちゅう)の大火で消失した江戸の町に暑い夏がやって来た。 照降町は一変した。 道の両側にびっしりと店が軒を連ねていたが、全町が焼け落ちてスカスカである。 あちこちで再建が始まったが職人や人夫が足りず、武家屋敷や豪商が優先されていた。 照降町では、履物問屋・宮田屋と雪駄問屋・若狭屋の二軒である。 どちらも400坪の敷地が整地されている。 宮田屋は燃え残っていた二つの外蔵を見張る小屋を立てたが、それよりも中に寝泊まりした方がより安全だ、と用心棒を頼まれた八頭司周五郎が言い出し、折角の小屋は蘭方医・大塚南峰の仮診療所とした。 焼け跡で釘を踏んだり、年寄りたちが風邪を引いたとか腹痛だとか、照降町だけではなく、魚河岸からも更には芝居者たちも押し掛けて大繁盛だった。 ただ、費えを貰えるのは三人に一人という奉仕診療だった。 鳶職の頭領・染五郎が、ご神木の老梅を命がけで守り切った佳乃と周五郎を褒め称えた。 宮田屋の整地が終わったから、直ぐ、鼻緒屋も整地して大工を入れろ、と大番頭さんから命じられているとも言う。 30坪の敷地だから案外、本家よりも早く建つかも知れん、佳乃には早くこっちで仕事をして欲しいそうだ、とも。 周五郎は、→それは我が主が喜ぶな、有難い事だ。 佳乃は藁草履を何百足も造って鳶職や後片付けの住民たちから大喜びされていた。 佳乃の幼馴染の猪牙船の船頭・幸次郎が声を掛けて来た、→川向こうへ行く客がいたら因速寺に立ち寄ってお前さんの道具箱を持って来てやろう、鼻緒屋の整地の事も伝えておくよ。 すると、→船頭さん、川向こう迄送ってくれませんか、と中村座の座頭・中村志乃輔から声が掛かり、→お前様は鼻緒屋の職人さんで、女親方は佳乃さんと言われましたかな、八頭司周五郎さん、お二人が命がけでご神木を守り通した事は良く存じてますよ、ご立派でしたね、また、お会いしましょうかな。 また会う? 謎の言葉を残して猪牙舟が漕ぎ出されて行った。 

 

仮診療所の入り口に実兄の13才上の八頭司裕太郎が立っていた、周五郎、兄上、と呼び合い、歩きながら話したい、との事なので荒布橋に向かった。 何故、お屋敷に火事見舞いに来ぬ、とお叱りの言葉だったが、キッパリ、周五郎は告げた、→兄上、それがしはもう八頭司家の人間ではございません、この界隈に世話になった者として消失した町の復興に全力を尽します。 →お主は、重臣派、改革派とも袂を分ったそうだな、→兄上は藩の内紛に関わっておられますか、父上は決して一派に与してはならぬ、八頭司家は藩主お一人にだけ忠義を尽すと常々申しておられましたね、兄上、私が加担することは金輪際ありませぬ、それがし、失礼致します、と頭を下げると、→父からこの書状を渡せと命じられて来た、受け取れ。

 

佳乃は父・弥兵衛の死の哀しみを忘れる為に、草履や下駄の鼻緒を挿げ替えて50足以上が溜まっていた、しかし、売る店が無い、地べたに並べちゃ品が落ちる。 大番頭さんの松蔵が来たので、提言した、→荒布橋の袂に宮田屋さんの舟を付けて棚をつくり、この履物を並べたら如何でしょう? 松蔵の顔が弾けた、→それはイイ、佳乃さんはウデもイイが頭も働く、すぐ、やりましょう、と即答した。 そこへ中村座の座頭・中村志乃輔を乗せた船頭の幸次郎が来合わせた、志乃輔が、→鼻緒屋の佳乃さんと幸次郎さんが幼馴染と聞いたのでちょっと寄らせて頂きました、実は、中村座も市村座も焼け落ちてしまい、復興できるのは来春でしょう、その時に新作を世に問う積りです、演題は、「照降町神木忌憚」と考えております、照降町を始め江戸中が元気になる話です、江戸っ子が飛びつく、佳乃さんと周五郎さんと町の皆の活躍話ですから、大当たりすると考えております。 ・・・何と、魂消た話である。 佳乃の役を女形が演じるのであろうが、佳乃が主人公の演題である。 →宮田屋さんの許可を頂いて進めたい、という座頭に、松蔵は、→2~3日のお時間を下さい、と願ったが、既に興奮して顔が上気していた。 帰る松蔵に佳乃が願った、→梅花花魁から注文を受けた三枚歯下駄ですが、考えが柔らかく、あれこれと創意工夫する職人さんをお願いしたいと思います、すると、→判りました、イイ職人がいます、伊佐次をここへ寄こします、と名前を挙げて了承したのだった。

 

宮田屋の手代・四之助が佳乃の挿げた草履を取りに来た、明日にも舟に棚を造るそうだ、→きっと大売れしますよ、江戸っ子は焼け跡だからこそ競って花緒を買ってくれますよ、と断言する。 その舟を見送ったアト、幸次郎が周五郎を連れてきた、→中村座頭の話を、早く周五郎の旦那にも言って置いた方が良かろうと思ってお節介で連れて来た、俺はひと言も洩らしていないから、よしっぺがちゃんと説明しな。 佳乃は中村座からの話を訊かせた、→浮ついた話だと思う? 周五郎さんが止めろと言えば座頭さんにお断りするわ。 →それは大変な相談を持ち掛けられたものだ、それがし、佳乃さんの為にも、照降町の為にも江戸の復興の為にも、快く受けるべきだと思うが。 幸次郎も、→そうだよ、気持ち良く受けて座頭さんに返事しなよ、町中の住人も魚河岸の連中も大喜びするぜ、と興奮気味である。 →判ったわ、アトは宮田屋さんの旦那様のお考え次第ね。

 

翌朝、宮田屋源左衛門と大番頭・松蔵の二人が姿を見せた、→佳乃さん、照降町にとって大変嬉しい話です、ぜひ、お受けなされと言う為にこちらに来ました。 佳乃は昨夕、幸次郎が周五郎を連れてきて二人とも大乗り気だった事を告げた。 →よし、決まりました、私が座頭さんに会って返答を伝えてようございますな、と喜色満面だった。 松蔵は、→今日中に棚を造らせて明日から舟で商売が始まります、旦那様も佳乃さんの智恵に感心しきりですよ。

 

外蔵の入り口近くに周五郎の仕事場を拵えた所に、鳶頭の染五郎が、→棚を造ったら結構な商い舟になった、ご神木の下さ、早くも魚河岸の旦那衆が、いつ開くと訊き出していたぜ、見て来なよ。 荒布橋では、若狭屋の大番頭が、→ウチも真似させて貰おう、さっそく舟の手配だな、 名茶問屋・駿河軒の番頭・壱三郎が、→大番頭さん、履物の隅っこに茶箱ふたつみっつを置かせてくれませんか、手代も付かせて下さい、と許可を貰っていた。 松蔵は、→明日は私が佳乃さんを迎えに行って、徹夜で作り上げた草履と、本人もここまで連れてきます、お客人の足に併せて鼻緒を手直したいと、普段からの希望がありますし、何より、男ばかりの中に花を添えましょう。 更に、周五郎には、今朝、宮田屋の旦那と伺って中村座の話を承諾した、ついては狂言作者の柳亭志らくっていう若手が佳乃さんの仕事を見たいと此処に来ますぞ。 話がトントン拍子に進んでいく。 宮田屋の敷地に戻るすがら、周五郎は松蔵に鼻緒屋の建築に付いて礼を言うと、→何の、この商売も売り上げが滞っていた所に、佳乃さんが新しい鼻緒の挿げ方で一気に売り上げが上がりました、死んだ弥兵衛さんには悪いが、先代ではこうはならなかったでしょう、そして貴方様の活躍、お二人には足を向けて寝られません、ですからこの家を造るくらい、造作もありません、仕事場や部屋なども希望が有れば何なりと周五郎さんが佳乃さん母娘から訊き出して下さい、遠慮は要りません、大工の頭領・銀七にも告げておきましょう。 大塚南峰先生が話に割って来た、→新しい家にはお前さんの部屋も造って貰え、用心の為にもイイ。 しかし、周五郎は、→女二人の家に住める訳がない、とキツク拒絶した。 どっちにしてもどんな間取りにするか、早く、主から希望を訊かねばならぬ、と母娘二人の嬉しそうな顔が浮かんだ。 松蔵が近寄って来た、→大工頭領から聞きました、周五郎さんの部屋を作る話、真剣に考えて下さい、女二人では不用心です、佳乃さんは最早、ウチの秘蔵っ子ですからな、それと、新たに建てる家作二棟を宮田屋と若狭屋が費えを出し合い、この一角に大塚南峰診療所を考えております、この一帯の皆が喜びますからな、先生に周五郎さんが打診して下さい。 周五郎が因即時に着くと、佳乃はまだ鼻緒を挿げ替えていた、明日の店開きには師匠にも顔出しをお願いされた、及び松蔵と銀七頭領からの家の話を告げると、→えッ! ウチがそんな注文をしてイイの、仕事がし易く、住み易い間取りね、おっ母さん、嬉しいわねェ、そして、南峰先生の診療所迄、と感嘆しきりである。

 

今日の店開きに見慣れない二人の男がいた、と周五郎は感付いていた。 一人は狂言作者の柳亭志らく、もう一人は若い下駄職人の伊佐次だった。 伊佐次は松蔵に願っていた、→佳乃さんの手際を拝見しました、アトは直に佳乃さんの考えを聞くのが大事です。 幸次郎の舟で松蔵、伊佐次が因即時の佳乃を訪ねた。 梅花花魁から、好きに使ってイイ、と預けられた三枚歯下駄を何回も履いて花魁道中の真似事をした佳乃は、高さ六寸の下駄を履くだけで世間の景色が変わる、と吃驚した事を打ち明けた。 伊佐次が、→目の前で花魁道中を見たい、と願われて、佳乃は稽古した外八文字でゆったりと踏み出した。 松蔵も伊佐次もその見事さに驚いていた。 →花魁の注文は廓で話題を呼ぶような斬新なものにして欲しい、というものですが、私が思うにもう少し軽いモノを欲しがっているように思いました。 高さと大きさはこれと同じ、勿論、強さも必要、と伊佐次に念を押す。 伊佐次は、ふうッ、と息を吐き、→正直言ってこの注文お断りしたい気持ちだ、だが、佳乃さんが花魁より直に注文を受けたのに、わっしが断わる訳にはいきますまい、ささやかな意地もあります。 伊佐次は寸法を測り素描を描いて、また、ふうッ、吐息を洩らした。 それは職人が難しい注文を受けた時に洩らすやる気満々の吐息だった。 松蔵が、→佳乃さんにはもう一つ話がございます、周五郎さんが遠慮してこちらには言い出せないでいるかと思いますが、新しい家に周五郎さんの部屋を作って上げたい、奥の階段から二階に母娘の二部屋、仕事場から階段を上がって中二階に周五郎さんの部屋、階段が別だからそういう造りなら良いのでは、と思いますが。 →周五郎さんさえ良ければ喜んでお願い致します、と佳乃はハッキリ答えた。 住み込みの職人の部屋である、有難い限りだった。 

 

翌朝、松蔵が迎えに来て、あれから十足も草履を仕立てた事に驚いた、佳乃は、昨夜、母親の八重と話した内容を打ち明けた、どうやって家の借財を返せるかという不安だった。 →周五郎さんに隠し井戸の千両箱を守って貰ったからこそ、こんなにも早く再建の手筈が整った、佳乃さんの仕事振りで売り上げが上がりっぱなし、お二方には大いに助けられました、旦那様も鼻緒屋の普請代を返して貰おうなんてこれっぽちも考えておりません、案じなさるな、八重さんにそうお伝えください、それにな、昨日の売り上げに旦那さんも吃驚の有様で、普請しながら、佳乃さんの智恵でこれだけの売り上げがある、その七割ほどが佳乃さんの挿げた草履、これ以上の貢献はありません、鼻緒屋の普請代なぞ忘れてよろし。

 

雁木楼の梅花花魁に頼まれたままの三枚歯下駄の進み具合を報告する序に、佳乃が挿げた下駄と草履、借りていた三枚歯下駄を持って、周五郎、四之助と三人で訪れた。 船頭は幸次郎である。 吉原会所で待機する周五郎に、若衆頭・成次郎がご神木を守り切った主従二人を褒めちぎった。 読売よりも詳しい話を馴染客が知ってて、お前さんら二人の名前も花魁たちが聞いているぜ。 座敷では梅花花魁と二人っきり、四之助は荷物を置いて階下で待たされた。 花魁は、→佳乃さん、礼を申します、よくぞ命がけであのご神木をお守り下さった、幼い時に見物したあの白梅の清々しさを今も思い出せます、と深々と頭を下げる。 そういえば源氏名が梅花である。 本名は梅香、これから二人っきりの時は佳乃、梅香、の間柄ですよ、と言い切った。 三枚歯の鼻緒を青紅葉に挿げ替えて差し出すと、さっそく今日の花魁道中で外八文字を踏む、と言う。 →この次お会いする時は伊佐次さんが試しに造った三枚歯下駄をお持ちします、出来上がった三枚歯下駄を履いて照降町で外八文字の花魁道中を披露して欲しゅうございます。 →大門の外で花魁道中など、わちきらには許されませんが、やってみたい!と梅花の眼差しに夢が宿った。

(ここまで、全345ページの内、150ページまで。 このアト、今をときめく七人の花魁大夫が雁木楼に集まる、持ち込んだ鼻緒を挿げた下駄が全部売れて、かつ、馴染み客から聞かされたご神木を守り切ったご両人を見たい、と周五郎までが座敷に上げられた。 伊佐次が造った見事な三枚歯下駄、それに描かれた佳乃の画、それを履いた花魁道中が照降町で実現した、梅花花魁にどんな手があったのか? そして、周五郎の実兄が改革派の兇刃に倒れて身罷った、父上から一回、帰って来い、と知らせが入る、どうする?周五郎)

 

緊急事態宣言が解かれた6月21日、近くのカラオケ居酒屋には懐かしい面々が揃っていた。 楽しく吞んで楽しく唄って来た。 19時ラストオーダー、20時閉店だった。

 

(ここまで5,600字超え)

 

             令和3年6月24日