令和2年(2020年)8月24日 第352回

アメリカ男子ゴルフ・プレーオフシリーズは4戦ではなく3戦の間違いだった。 125名→70名→30名に絞り込まれ、年間王者には1,500万ドル(約16億円)の破格なボーナスが与えられる。 昨年までは1,000万ドルだったような気がするが・・・。 全英女子オープン、昨年に続き又もやシンデレラの出現である。 ドイツ人女子として初のメジャー制覇、27才、レギュラーツアーどころか下部ツアーでも優勝したことが無い世界ランク304位、キャデイはボーイフレンドの劇団員、話題豊富である。 ドイツでは国を挙げての大狂騒曲だろう。 昨年の渋野日向子は世界ランク46位だったし、キャデイはプロのコーチだった。 世界的に全く無名だった選手のメジャー制覇が二年続いた。 劇的な結末に最後まで目が離せなかった。 眠くてしょうがない。 

 

 

馳星周「少年と犬」(単行本新刊、直木賞)

・・・男と犬

仙台市、中垣和正はコンビニでコーヒーと菓子パン、煙草を買って外のベンチでパンを齧った。 駐車場に、賢そうだがかなりやつれている犬がこちらをじっと見つめていた。 首輪は付いているがリードはない。 半年前のあの大震災、被災者の犬だろうか? 避難所では犬はお断りだから、車で同居している人が多いらしい。 「お前の飼い主は便所か?」と声を掛けると、近寄ってきてパンの匂いに涎が落ちた。 シェパードとの雑種だろうか? そうか、腹ペコか、と呟いて鶏ササミジャーキーと記されている犬用のおやつを買った。 店員に訊くと、朝からず~ッといるンです、アトから保健所に電話します、と言う。 ジャーキーを瞬く間に平らげる。 革製のタグが付いていて、「多聞」とだけ書かれている、飼い主の住所も名前もなかった。 犬は行儀がイイ、じっと和正の傍で動かない、かなり躾がいいようだ。 和正の働いていた水産加工会社が震災で倒産した。 やっと見つけた今の仕事の合い間に立ち寄ったコンビニだった。 店員の声が蘇った、保健所に連れていかれたら、この犬は・・・ 和正は助手席のドアを開けて、「乗れよ」と言うと、多聞は駆けて来て助手席に飛び乗った。

 

沼口は高校の先輩で、今は裏社会を渡り歩き、盗品の売買を手掛けている。 和正は沼口に泣き付き、配達の仕事をようやく貰ったのだった。 「なんだ、あの犬は、食わせる余裕なんかあるのか」と罵られたが、事情があったのて飼います、としっかり言っておいた。 沼口から、頼みがある、お前は車の運転が上手い、外人窃盗団の運転手を捜している、断れねェんだ、と強引に承諾させられた。 彼らを送って、仕事が終わったらねぐらに届ける、報酬は弾むぞ。 ・・・多聞はドッグフードをガツガツ貪った。 痩せて肋骨が浮き出ている。 おまえ、ガリガリだもんなァ。 和正が手招きすると寄って来た、頭や胸元を撫でてやると満足そうに目を細める。 粗相もしないし、行儀もイイ。 すっかり気に入った。 姉の麻由美からスマホが入った。 母が認知症に罹りその介護でくたびれている筈だった。 まだ、30才になったばかりの女盛りなのに、中年女の横顔に見える。 ごめんな、姉ちゃん、俺がもう少し甲斐性があったらな、金の苦労だけでも何とかしてあげたいけど・・・。 こんなご時世だから余計な気を使わなくてもイイよ、と優しい姉だった。 「オレ、犬を拾った、今度連れて行く」 「連れてきて、母さん喜ぶと思う、セラピードックと言って心が穏やかになるって」 「首輪にタグが付いていて、多聞天の多聞と言う名前」 「出来るだけ早くね、母さんの笑顔、何か月も見ていないし・・・」

 

名取川の南側の実家に行くと、姉が風呂場から出て来た。 母さんが粗相をして、途端に機嫌が悪くなるの、自己嫌悪かも知れない。 部屋に入って、母さんと声を掛けるが、どちらさま?と言われてショックだった。 症状の悪化が信じられない。 姉がため息をついて、私のこともたまァに判らないときがあるの。 多聞を見た途端に、「カイト、カイト!」と声が大きい。 母が子供の頃に飼っていた犬の名前らしい。 散歩に連れて行かなきゃ、と母が言った。 皆で行こう、和正は姉と共に同意した。 母がリードを持って嬉しそうに歩いている。 多聞は何かに怯える事もなく、堂々とした態度で、何かあっても母を守ってくれる、そう感じさせる多聞の姿だった。 母は、子供に返ったように嬉々として多聞に語り掛け、立ち止まっては撫でていた。 イキナリ道路を渡ろうとした母をリードが張って多聞が止めた。 その横をダンパカーが走り抜けた。 姉は、守護神みたいだね、多聞は、と感激していた。 帰る時、何れは施設に入れなきゃならなくなるかも、その時はこの家を売ってお金に変えなきゃね、と寂しそうに姉が言った。 ・・・多聞、オレ、ヤバい仕事やるけど、今日みたいにお前が守ってくれな。 耳が小さく動いて、いいんじゃないの、と言ってるような気がした。

 

午前二時、マンションから三人の外国人が出て来た。 「木村さん?」と偽名で呼ばれた。 「ミゲルです、こっちはホセとリッキーです」と流暢な日本語だった。 荷室のケージの多聞を気にしている。 アレは俺の守り神です、ガーデイアン・エンジェルです。 それなら、ぼくたちにも必要ね、とにこやかだった。 沼口が用意してくれたスバル・レガシィで、Nシステムを避けて国分町に向かった。 盗品売買の沼口の仕事をするようになってからNシステムの位置は頭に叩き込んであった。 オフイス街の一角に車を停め、30分後にまた、ここで、と降りて行った三人、当てもなく夜の街を走り回るが、多聞が何時も南の方ばかりに首を回している事に気付いた。 「南の方に何かあるのか、多聞?」と声を掛けても黙って南に顔を向けていた。 30分後、貴金属店を襲うと言っていた男たちがビル群の奥から落ち着いた足取りでやってくる、バックが膨らんでいた。 今にも、パトカーのサイレンが聞こえてきそうな恐怖が襲ってきたが、ミゲルは、ゆっくり走って下さい、大丈夫です、OK?と、和正の左手を軽く叩いた。 マンションの100m離れた所で三人を降ろした。 「ありがとう、木村さん、またね」と去って行った。 沼口にスマホすると、「おお、ご苦労、ゆっくり休め、郵便受けに入れといたから」 茶封筒には20万円が入っていた。 今の一ヶ月分の金だった。 翌朝のニュースでは貴金属店が襲われて一億円相当の盗難にあった、と報じられていた。  店の防犯カメラには、押し入ってから出ていくまでおよそ5分、見事なまでのプロの仕事が映し出されていた。 自分も共犯者かよ、と強く実感したが、生きていくにはカネが必要だ、と強く言い聞かせた。 ・・・一日2回、30分以上の散歩を多聞と続けている。 多聞は行儀が良く、自分が先を行く事はない。 必ず和正の左側を歩き、リードを引っ張る事もない。 しかい、何時も南の方向を意識して北側に行こうとすると、抗うように南に顔を向けた儘そこに立ち尽くす。 和正は確信した。 多聞は南に行きたがっている。

 

母は多聞を覚えていた。 「カイト、カイト」と盛んに声を掛けて撫でていた。 姉の麻由美には10万円を渡し、何かの足しにしてくれ、パチンコで二日続けて勝ったんだ、アンタ、パチンコなんてやめてよね、でも有難う、これ助かるわ、と和正は頭を下げられた。 また三人で多聞を連れての散歩に出かけ、コンビニで買ったお握り、サンドイッチ、飲み物、多聞にはジャーキーを川岸のベンチで頬張ったら、麻由美が涙ぐんでいた。 「精神的にきつかった、今、何か、幸せだなッて思ったら涙が出て来た、母さんも笑顔だし」 多聞のおかげだ、多聞が穏やかな幸せを連れてきてくれた。

 

二回目、ミゲル達を乗せて地下鉄入り口で降ろした。 30分間、近くを流して戻ってくると、直ぐに落ち着いた三人がやって来た。 マンションから離れたところでホセとリッキーが降りて行ったが、残ったミゲルに、この守り神を100万円で譲ってくれないか?と言われて心が揺れ動いた。 「ダメだ、多聞は俺の家族だ」とキッパリ断わった。 多聞はじっと和正を見つめていた。 ミゲルは、次も必ず連れて来てくれ、と未練がましく去って行った。 久し振りに高速道路を飛ばした。 海が見たくて海岸線を多聞と歩いた。 やはり、南を気にしている。 和正はリードを離した。 「おまえ、南に行きたいんだろう、行っていいぞ」 恐らく多聞には家族がいるんだ、そう気付いてしまったら好きなようにさせるしかない、けど、母さんは寂しがるだろうな、と思うと胸が締め付けられたが、俺達はかりそめのパートナーなんだ、とその思いを振り切った。 しかし、多聞は尻尾を振って和正に寄り添い、離れて行かなかった。 「イイのか? 行かなくてイイのか、ありがとう、多聞」 和正が多聞を抱くと頬に顔を押し付けて来た、多聞の鼻は冷たかった。

 

「またパチンコ?」 10万円を見た麻由美が目を剥いた。 ビギナーズラックが続いたから、そろそろ運も切れるだろう、もう、やらないよ。 たまにはドライブしようか、と蔵王に向かっている。 車も替えて、アンタ、何か怪しい事をしていないわよね、沼口の所で働いているって本当? ギョッとしたが顔には出さずに、沼口ってあの不良の? 冗談じゃないよ、と真顔で否定した。 流石に姉は勘がイイ。 頼れれるのはアンタしかいないんだよ、母さんと私、頼むわよ。 ミゲル達はもうすぐ仙台からいなくなる、見入りのイイ収入は絶たれるが、肉体労働でも何でもやって、沼口とずるずるの関係になるのを避けなければならないし・・・。

 

二件目の10日後、ミゲルは、また国分町へと言う。 同じところでやらない、と警察は油断しています、そこがツケ目です。 仙台はこれで最後です。 ・・・仕事を終えてマンションが見えてきたころ、多聞が唸り声を上げた。 ホセとリッキーが降りた時、暗がりからパイプを翳した三人が襲って来た、後ろからも別の三人、ミゲルが叫んだ、車を出せ! リッキーがまだ車に乗っていない、死にたくなかったら早く出せ! 飛ばせ! 前方からハイエースが出て来た、ぶつかる! 激しい衝撃があって、暗闇が和正を呑み込んだ。 ・・・気が付くと、多聞のリードを握ったミゲルが血塗れのナイフを握り、仁王立ちしていた。 血を流した数人が横たわっていた。 和正が、多聞!と呼ぶと駆け出してきたが、リードが伸び切った瞬間、ミゲルは多聞を抱きかかえて駆け出して行った。 和正は、「ごめんよ、母さん、姉ちゃん・・・」と力なく言切れた。 震災地でいくらでも稼げるぞ、と唆したのは高橋の組織だった。 その組織が裏切って、俺たちの手数料迄奪いに来たのか・・・ 

(ここまで全308ページの内、57ページまで)

 

・・・泥棒と犬 新潟で、ミゲルと多聞 裏切られた組織から追われて新潟港へ向かう

・・・夫婦と犬 富山で、自分の趣味に没頭するお気楽な夫と生活費を必死に稼ぐ妻と多聞

・・・娼婦と犬 福井で、秘かにヒモを殺したデートクラブで働く女と多聞

・・・老人と犬 島根で、誤射された猟師の老人と多聞

・・・少年と犬 熊本で、東北大震災に遭った少年と多聞の数年振りの再会 

         ~そうだったのか、少年はここでも大地震に遭う。 感激の結末であった。

 

コロナ罹患者、11位の京都は人口260万人、10位の北海道とは500人の差があったが、今はもう、400人を割り込んだ。 人口520万人の北海道と比較すると、とんでもなく高い数値である。 此の儘だと、10位を抜かれるかも知れない。 ・・・何時もは10月に開催されていた我がI高校の同窓会を会長として正式に中止決定した。 何しろ、高齢者が多いから、あの会で○○人の発症者が出た、と言われるような不祥事を起こしたくないのである。  

 

(ここまで約4,900字)

 

                   令和2年8月24日