令和2年(2020年)6月12日 第328回

文庫本4冊を購入。 柚月裕子「合理的にあり得ない」(単行本は2017年、読了したような気がしたが我が家にはなかったので、Oさんからの借用だったか・・・)、青木佑子「これは経費で落ちません」(書き下ろし文庫)、林民夫「糸」(2019年書下ろし文庫)、月村了衛「追想の探偵」(単行本は2017年、これも読んだような・・・)、更に2冊、福澤徹三「白日の鴉」(単行本は2015年、分厚い、597ページもある)、成田名璃子「東京すみっこごはん~楓の味噌汁」(2018年書き下ろし文庫)。

 

 

笹本稜平「時の渚」(文庫本、単行本は2001年)

3年前の土砂降りの夜、警視庁捜査一課の茜沢警部補のデスクの電話が鳴った。 葛西署交通課から、「自宅近くの路上で奥さんとお子さんが交通事故に遭われました、重態で救急病院に運ばれました、直ぐにお出で下さい」 パニック状態で駆け付けた病院では、息子は即死、妻は今も死線を彷徨っている、と聞かされて悲しみに押しつぶされて悶々とした。 猛スピードで走って来た乗用車が背後から二人を撥ねた、目撃者が車のナンバーを記憶していたので、逮捕は時間の問題だという。 病院に先輩の真田刑事が、「息子さんは気の毒だったな」と声をかけ、実は、葛西署に殺人の捜査本部が立ったと言う。 ひき逃げの車を割り出して、所有者の家に向かわせたところ、夫婦の刺殺体が見つかり、ガレージからベンツが消えていた。 不動産会社を経営する駒井昭正・早季子夫婦が殺され、逃走しながら茜沢母子を撥ねたのはベンツであり、その容疑者は息子の駒井昭伸だった。 じゃ、私も捜査本部に・・・と言う茜沢の意見は拒否された。 自分が必ず犯人を逮捕する気概だったが、被害者の親族は感情的にならざるを得ないので捜査から外させる、と言う刑事事件の暗黙の約束事があるのだった。 しかし、自分で仇を打てない悔しさで気持ちの収まらない茜沢は辞表を叩き付けたのであった。 腹いせに辞表を叩き付けた組織内の跳ねっ帰りは、息子の葬儀には花輪も香典も届かず、かつ、妻は植物状態の儘だった。 状況証拠は、昭伸が真っ黒だったが、殺された妻の手に握られていた犯人のモノと見られた髪の毛は夫婦のDNAと一致しなかったので、警察は昭伸以外の人間が犯人かと落胆し、丁度、区議選に立候補中だった昭伸陣営から選挙妨害を指摘されて、昭伸本人のDNA試料も貰えずに、誰が犯人なのかと断じる証拠は一切上がらない儘に迷宮入りが濃厚になっていった。 半年後、茜沢の妻は意識が戻らない儘、静かに息を引き取った。

 

茜沢は茅場町の自宅マンションに探偵事務所を開設した。 真田警部からの紹介だと、呼び出しを受けたのは、ホスピスを受けている松浦老人だった。 「35年前に生き別れになった息子を探して欲しい、食道がんでオレもアト半年の命だ、これは着手金だ」と、言って多過ぎる程の200万円の封筒を寄こした。 「35年前、突然襲ってきた激しい陣痛で妻を病院に担ぎ込んだが、「赤ん坊の命と引き換えに、出血多量の奥さんんを救えませんでした」と、当直の医師が少し酒臭かった。 いっぱしの極道だった松浦は、考えるより先に手が出て、半殺しの目にあわせた。 松浦は正気に返って赤ん坊を看護婦の手からひったくり、病院を飛び出した。 遠くからパトカーのサイレンが近付いてきた。 腕の中の赤ん坊は惚れて一緒になった妻の置き土産だった。 西葛西の小さな公園のベンチで呆然としている時、「あらあら、どうしたの、可愛い赤ちゃんね」と、女が言いながら赤ん坊を抱き取ったのである。 「訳アリなんでしょ、話してみない、相談に乗るわよ」 30チョイ過ぎの年に見えた。 「あたしはね、要町で居酒屋・金龍をやっているの、女手一つ、住まいは練馬で夫は売れない絵描き、だけど子宝に恵まれなくてね、アンタ、その医者をそれだけ叩きのめしたンだから、しばらく刑務所でしょ、この子、私にくれない、きっと、立派に育て上げるから」 「死んだ女房似の男の子だ、きっと、可愛がってやってくれ」 女が去って間もなく松浦は警官に包囲され、赤ん坊は信用出来る舎弟に預けた、と嘘を吐いたが、後日、その舎弟も気転を効かして口裏を合わせてくれたのだった。 前科二犯だった松浦は5年の実刑を喰らった。 しかし、今になって後悔している、あの時、正直に話して入れば息子の所在を突き止める手掛かりが残っていたろうに・・・と。

 

松浦老人は、刑務所を出てから要町の金龍を探したが見つからなかった。 荒っぽく稼いだ金で始めたタイ料理のレストランが当たり、次々、チエーン店展開で結構な金を残せた。 息子が生きているンなら受け取って貰いたい、と思っている。 「真田警部はアンタの事をべた褒めだった。 不祥事で辞めた訳じゃない、中学からの空手は三段、ボクシングは国体出場、今でも筋肉は衰えていない」 ・・・こんな報告がてら真田警部に電話を入れると、こっちも話がある、と言う。 日比谷公園で聞かされた話は、六本木のラブホテルで女子高生がベルトで絞殺された。 遺体から採取した体液のDNA鑑定で、3年前の駒井夫婦殺人事件の犯人の髪の毛と一致した。 駒井さんの奥さんに握られていた髪の毛だ。 この二つは同一犯人の可能性が高い。 あのアト、区議会議員選挙に落ちた駒井昭伸は親の財産を受け継いで、経営不振だった芸能プロダクションを立て直したが、人が変わったように冷酷無比な人間振りらしい。 状況証拠は真っ黒、DNAは一致しなかったが、あの息子の昭伸は殺人事件に何らかの絡まりがあると、今でも思っている、と真田刑事は言う。 更に、タレコミがあった。 最近首になった芸能プロダクションの昭伸の側近が、少年時代に同じ町内に住んでいた、近所付き合いもしていた、高1の時の夜、駒井の家に救急車がやってきて父親が病院に担ぎ込まれた、父親は階段から転げ落ちたと説明したらしいが、「実は、俺がバットでへし折ってやったのさ、むかつく説教に切れちゃってさ」と、昭伸は耳元で囁いたらしい。 昭伸自身も成績優秀、スポーツ万能の礼儀正しい少年として、近所では評判だった。 昭伸と両親との確執はそもそも少年時代からの根深いものだったのか。 ・・・茜沢は、もしかして昭伸は駒井夫婦の実子ではない、と言う事はありませんか? まだ本人のDNAは確認されていないンですね。 真田警部は、別件で逮捕して本人のDNAを調べたい、茜沢は顔が割れていないから適任なんだ・・・と、そそのかす様に言った。

 

豊島区役所で金龍の客だった課長が懐かしく思い出してくれた。 「ユキちゃんと呼ばれていましたよ、店仕舞いの直前に、お探しのその方はお会いしたんですね、店仕舞いの理由が判らなくて常連は首を傾げていましたね、都合により、しばらく休業します、の張り紙が一か月後に、都合により店仕舞い致します、長い間のご愛顧ありがとうございました、に変わったとの事。 次は亀の湯のご隠居さん・78才、ユキちゃんの本名は原田幸恵、亀の湯の雑用で雇った、働きっぷりは良かった、旦那が売れない絵描きなんで自分が食わせなきゃいけない、そのうち番台にも上がって貰って、人好きのする質だから隣の町内からも贔屓客があったね、半年後に女房が患ってユキちゃんに賄いをやってもらった、玄人はだしの料理だったね、金龍の親父が夜逃げしたンでユキちゃんに店をやってみないかとけしかけて居酒屋をやってもらった、そのアト、金龍が休業に入る二か月前に、体が丸くなった、ユキちゃんおめでたじゃないか、と家内が言ったんだよね、常連の男どもはまったく気付かなかったけど、休業~閉めたのは出産準備だったのかなァ、確かに聞き上手だったユキちゃんが妙に明るくなって話し掛けてきたよなァ、出は信州の山奥、鬼無里(キナサ)と言ってた、風光明媚な村で、実は老舗旅館の娘だった、今の住まいは練馬・豊島園の近くだと言ってた、旦那の昔からの家屋敷がある、家賃が無いからそれでなんとかやっていけるンです、・・・亀の湯のご隠居さんから沢山の情報が貰えた。

 

駒井昭伸のマンションは、築3年目の9階建ての最上階、250㎡の部屋で、更に100㎡のルーフバルコニー付き、売出し時2億円だった。 茜沢がマンションを見上げていると、地下駐車場から真っ赤なフェラリーが滑り出てきた。 運転席の男は駒井昭伸本人だった。 本人がいないんじゃ張っててもしょうがない、と歩き出した先にフェラリーが銀行横に停まっていた。 ガードマンが付き添ってアタッシュケースを下げた昭伸が出てきた。 様子からして結構な大金だろうな、と思ってタクシーに乗り込み、アトをつける事にした。 フェラリーは麻布のマンションに停まり、駒井昭伸が5階に上がったので、1階下の階段の踊り場で身を潜めていると、入った時と色の違ったアタッシュケースを持って部屋を出てきた。 赤毛で長髪の外国人が駒井と握手してドアを閉めた。 駒井がエレベーターに乗った事を確かめて、その502号室のプレートを見ると「ホルヘ・E・フェルナンデス」とあった。 ・・・真田警部に報告すると、「外国人ならコカインか、ヘロインだな」と喜色を感じさせるような声だった。 フェルナンデスの身元と駒井の銀行口座の調べはそっちで上手くやって下さい、と電話を切った。 ・・・翌日夕刻、真田警部からは、銀行には難儀したが、駒井の口座から6,000万円の引き出しがあった、との事。 最初のアタッシュケースはそれだろう。 色違いのアタッシュケースは何と交換したンだろうか? フェルナンデスは外国人ミュージシャンのプロモーター、10年前に薬物疑惑でガサ入れされたがブツが出てこなくて逮捕を免れた記録が残っていた。 ・・・駒井のマンション向かいに喫茶店があった。 「あの天辺の部屋は豪華なんでしょうね、普通は手なんか出ないですよね」 「大邸宅ですね、駒井さんと言う方が住んでいます、車もフェラリーとベンツと2台ですよ、時々、10人前とか20人前とかコーヒーやサンドイッチの出前があります、部屋は雑然としていて女がいる様子はないですね、月に一回くらいパーテイがあって、マンションの住人から真夜中に煩い、と苦情があるらしいです。 コーヒーは前日に注文が入って昼頃届けます、外国人と日本人が半々、風体の良くない連中、ありゃ、麻薬かなんかの秘密パーテイじゃないかと疑っています、今日は午前中にフェラリーに大きなトランク2つを積んで出かけました、旅行じゃないですかね」 茜沢は名刺と5,000円札を渡し、今度注文が入ったら教えて欲しいとお願いした。 駒井の会社へ電話すると、「社長は一週間の予定で香港に出張しました」と、事務員が答えてくれた。

 

事務所に亀の湯のご隠居からユキちゃんを採用した時の履歴書がFAXされていた。 原田幸恵、生年月日、本籍は長野県鬼無里村、現住所は練馬区早宮、連絡先として、本籍と同じ住所の原田文治気付けとなっていた。 結婚している筈なのに旧姓の儘なのはなぜか? 履歴書を探している時に見つけた、鬼怒川温泉でのご隠居夫婦とユキちゃんの写真も預かって来た。 ・・・鬼無里の住所を確認し電話帳ソフトで調べると、「ペンション鬼無里」となっていた。 電話をして一泊を予約した。 茜沢はオーナーに直接聞いてみよう、現場も目にしておきたい、と思ったのである。 鬼怒川の写真を持ってケアセンターの松浦老人を訪ねた。 「この人だと思う、ユキちゃんと言うのかい、常連さん達から可愛がられていたようだねェ、息子をしっかり育ててくれたような気がするね」 しかし、知り得たのはここまでで、今、何処にいるのか未だに行方が知れない。 明日、鬼無里に行く事を告げてセンターを辞した。

(ここまで、全344ページの内、89ページまで。 駒井昭伸を追っていく、原田幸恵の行方を捜す、この二つが見事に交わる事になろうとは! そして、駒井昭伸の出生とその後の秘密、茜沢にもそれが降りかかってくる。 見事な、驚愕的な結末であった、作者に感嘆するばかりである)  

 

 

 

Oさんから単行本を借用。 誉田哲也「妖の掟」(新刊)、さっそく読了。 4百年も前から現代に生きる男・女の吸血鬼、殺しもせずに、死体遺棄の事件にもならずに、何処からどうやって血を啜るのか、なるほど、最高に適していた職業があった・・・。 Oさんとは一ヶ月振りだったが、マアジャンもゴルフもゼロのまんまらしい。 特に雀荘は3密そのもの、Ⅰさんが特に怖がっているらしい。 コロナへの恐怖感から我らの年代は特におっかなびっくりのへっぺり腰が妥当だろう。 万が一罹患すると命まで危うい年代なのである。 ・・・図書館から7冊借用、単行本3冊と文庫本4冊、ネットで予約3冊と館内で物色4冊。 期限は2週間。 まァ、大丈夫だろう。  (ここまで5,200字超え)

 

                               令和2年6月12日