令和2年(2020年)2月22日 第309回

U内科から2冊借用。 秋吉理香子「聖母」(2015年刊)、今野敏「スクエア」(2019年刊)。

・・・東京のN社長の会社の懸賞に応募してR賞(真空タンブラー)に当選した。 2,569通の応募があり、正解率は83%、結構な難問だった。 業界に長かった私も、ネットで検索してやっと正解に辿り着いたので応募者の苦悶も偲ばれる。 毎晩の晩酌に陶器のコップを使っているが、今日からこれに代えよう。 何となく、美味しく飲めそうな気がする。 

 

 

 

有川ひろ「イマジン?」(・・・imagin 想像する? 作者は、以前は有川浩だった)

良井(イイ)良助・27才は、新宿歌舞伎町でテイッシュ配りのアルバイト中、チンピラに絡まれているサラリーマンを助ける為に、割って入った。 体よく逃がしてあげたが今度は自分に危機が迫った。 しかし、「おい、元気だったか、リョースケ」と、構成員風の強面の佐々さん(30才過ぎ)が助けてくれた。 バイトを幾つも掛け持ちしていた人で、バイト先で何となく知り合って、以前から兄貴分のように思っていた。 今度、この近くの会社で正社員に採用されたらしい。 「おまえ、ウチの会社のバイト付き合え、明日早朝5時、渋谷宮益坂上に集合!」 救ってもらった礼儀上、止むを得ない。 ・・・良井は大分県別府市の電器屋さんが実家。 小五の時に観た「ゴジラVSスペースゴジラ」で、見慣れた別府市がゴジラに蹂躙された様子に興奮させられた。 こんな映画を作る人がいる!と人生の折り目があった。 福岡市の映像専門学校を卒業する時、東京の映像制作会社で内定を取れた。 引っ越しを済ませて渋谷の会社に出勤すると、その会社は、何と、影も形もなかった。 確かに面接をした会社だったのに、見事に消えていた。 ビルオーナーの連絡先を訊き出して電話をすると、鬱憤が溜まっていたオーナーが噛みつく様に喚いた。 「家賃滞納が結構な金額になっている、まさか、夜逃げするんじゃないだろうね、と確認した事があったけど、これ、この通り新入社員も採用しましたし、社会保険手続きも終了したし、とアンタの履歴書も見せられた、ありゃ、完全な計画倒産だね、やられたネ、アンタもアリバイ工作に使われて気の毒だったね」と、労られ、社会人スタートとして散々な目に遭ったのである。 その後、同業者を探して履歴書を送ったり、面接に出かけたりしたけれど、同業者だった計画倒産の悪評は凄まじく、一時、社員だったと誤解されて、どこの会社も多大な損害を蒙っており、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と、徹底的に叩き出された。 実家にはとても言えない。 以来、バイトで食い繋ぎ、今年8年目だった。

 

翌早朝、佐々さんは、「ほれ、今日の割本」と手渡してくれたのが、日曜夜9時の連続ドラマ「天翔ける広報室」と言う、航空自衛隊広報室の女性広報官が航空自衛隊のイメージアップを目指して、体当たりで広報活動に挑むドラマで、主演は喜屋武七海(きゃん・ななみ)、先輩広報官に女性フアンの多い平坂潤が抜擢されている。 良助も大好きなドラマで、毎回欠かさず観ており、七海ちゃんをまじかに観られるのか、と興奮を覚えた。 「免許書、コンビニでオモテウラをコピーしろ、自衛隊に出す身分証、ウチの会社にそのままFAXしろ、会社から自衛隊に送ってもらう」 佐々さんの名刺を預けられ、社名・肩書は「殿浦イマジン・制作」となっていた。 ・・・これからロケバスで調布の貸しスタジオに向かうらしい。 「向こうに着いたら怒涛だからな、しっかり食っとけ」 おにぎり二個、玉子焼きのロケ弁を頬張る。 運転手は佐々さん。 本日の撮影隊の構成車両は七台で、内、製作車二台、先発車一台、監督と撮影隊のスタッフ本隊一台、機材車が三台である。 機材車は、撮影部と録音部、美術部、照明部に分かれている。 こんなにも大掛かりなんだ!と溜め息が出た。 それぞれのバスに弁当を佐々さんと手分けして配る。 「おい、俺にも唐揚げ弁当!」と佐々さんよりも強面のゲンバのおやっさん的な顔を見て良助はのけ反った。 「見ねえ顔だな」 「あ、はい、今日から殿浦イマジンさんでバイトに入りました、良井です」 「イイって、あれか、安政の大獄の?」 「いいえ、良いに井戸の井です、良助は良く助けると書きます」 「そうか、仕事は当てに出来んのか?」 「バイト代位は当てにしてもらえるように頑張ります!」 ・・・出発する、「天翔け、もういませんか~」と周りに声を掛ける。 すると、強面のおっさんが、「番組名は言うな、通行人に聞こえる、でも、まア概ね合格だ」 アトで紹介されて知ったが、これが殿浦力社長との最初の出会いだった。 佐々さんは、バイトで三年手伝っていたけど、今回は規模がデカいから社員で入れ、と言われた、らしい。 気に入れられたのは、お前の顔は使い勝手がイイ、人止めとか、通行人に現場避けてもらったりとか、場所の許可は?とごねる人もいるけど、この顔には誰も文句を言ってこないのさ。 夜中に同じ方向に歩いているだけで逃げ出す女、職質は三日に一度の基本オプション、え、この面、替えてやろうか、と強面で睨まれた。

 

貸スタジオには、「天翔ける広報室」の航空幕僚監部広報室がセットされていた。 我々の車に先行していた黒いワゴンから殿浦社長と、背の高い男前が降りてきた。 「亘理、動線確保!」と社長が叫ぶと、男前は折り畳みの長机とパイプ椅子を抱えて屋内に消えた。 社長も同じ様に抱えながらその後ろを追った。 動線とは? 「搬入路に邪魔なモノがないか、確認」らしい。 「新米は走れ、何をするか、よ~く聞き分けろ!」と佐々さんも走り回る。 「機材車が付いたぞ!」 あっと言う間に怒涛の如くの人とモノの群れが襲ってきた。 佐々さんが、「ワタさんから、トランシーバーの設定を教えてもらえ」と、亘理さんを顎でしゃくる。 「今日から入る良井ですけど」 亘理さんはトランシーバーの操作盤を見えるようにしてくれる。 無言で、「理解したか?」 「はい」と無言の応酬である。 「無口ですね」 「身内には体力の温存さ」と言う。 しかし、外部者からの問いかけには温存モードとは打って変わった溌溂な返事だった。 「喜屋武さん入られました!」と現場中に響き渡った太い声が聞こえた時、ドキュン!と胸が跳ね上がった。 亘理さんが、「喜屋武さん、好きなんだ?」と、今日一番の長い言葉をかけてくれた。 ・・・喜屋武さんにインタビューするディレクター役の芸人が、休憩中にコーヒーをひっくり返してカーゴパンツの股間を濡らした。 女性の衣装チーフが吹っ飛んで来て、「脱いで!代わりが無い」 芸人は真っ青になって、下半身の下着丸出しである。 即、「もうすぐ本番!」の無情な声が歯切れよく飛ぶと、衣装チーフはドライヤーを手にした儘、「染みが乾かない・・・」と顔面蒼白である。 それを見ていた良助が、自分のカーゴパンを指さして、「これ、使えませんか?」 衣裳チーフが熱い視線で睨む、センス的にギリギリセーフだったらしい、「良し! 許可、脱げ!」 更に、芸人に怒鳴る、「死ぬ気で誤魔化せ、そうじゃなかったら私が殺す!」 ギロリと睨まれた芸人は真っ青な顔でセットへ戻っていった。 あのう、と衣裳チーフに問い掛けた、「おれ、喜屋武さんの大フアンで、本番、観てもイイですか」 鬼の面相だったチーフはふっと笑って、「行っといで、これ」と、バスタオルを放って寄こした。 腰に巻いて、良助はいそいそとセットへ走った。 ・・・はい、カット!と言う監督のOKが出て、喜屋武七海が戻って来た。 可愛いなァ、小顔だなァ、と見とれていたら、パチッと目が合った。 途端に、七海は、「キャーーーーーッ」と悲鳴を上げて両手で顔を隠した。 イキナリ、殿浦社長から頭を引っぱたかれた。 腰のバスタオルが足元に落ちていたのである。 「アホか、貴様、何ちゅう格好だ」 しかし、カーゴパンツを脱いで、芸人に貸した事情を理解したら、喜屋武七海は、「あ~、吃驚した、殿さん、勘弁してよ」と社長の肩をぶちに来た。 大フアンのヒロイン女優にパンツ一丁をご開陳! トホホ・・・ 「キミ、早くズボン穿いてね」と、キミ呼ばわりされた良助はその余韻に浸っていた。

 

三日では慣れなかったが一週間ほどで流石に慣れてきた。 お茶場にはあちこちからの差し入れが重なって豪華である。 空き箱が多く、一寸でも手を拱いていると、社長から叱声が飛んでくる。 「喜屋武さんに見とれてるンじゃねェ!」 「見とれてません!」 すると、「え~ッ、見とれてくれないンだ、イ~君、あたしのフアンだって言ってたじゃん」と、七海本人から突っ込みが入る。 パンツ一丁のイメージが強烈だったのか、一発で良井の顔を覚えてくれたのである。 「気に入れられてるぞ、お前、だけど制作が色気を出すなよ、愛玩動物並みでも大した誉れよ!」と社長からすぱん、と頭を叩かれた。 亘理さんからも、佐々さんと同じく、リョースケと呼びながら、「犬のように良く走る、褒められて当然」と可愛がられている。 「平坂さんからの差し入れ、もう、出しとけ、一シーンで上がるからその前にスタッフが悦んだら平坂さんの気分がイイだろ」 「キャストもスタッフも気分を上げて行くのが制作の細かい気遣いよ」 佐々さんに気遣いの良さを伝えると、「社長も俺も顔だけでビビられてるのに慣れてっから、地味に傷付いてンだよ、心に傷があるから優しくなれる、顔が恐えー俺達の方が心が優しいのさ、判ったか!」と、佐々さんからの教えは数多く心に沁みる。 「平坂潤さんからの差し入れで~す、ありがとうございま~す」と声を張り上げると、セット内から歓声が上がり、拍手が沸き、「ありがとうございま~す」とコールが飛ぶ、平坂潤がはにかんだような仕草で応える。 これが本当の制作の仕事なんだ、とつくづく感じたのであった。

 

翌日は事務所で作成したカラーコピーを持参した。 「天翔ける広報室」のロゴが入ったA4版で差し入れ者の名前と品名を書き出すのである。 「お、これはどうした?」と、社長から質問されドギマギして、「事務所でカラーコピーしてきました、余計な出費でしたか?」と答えると、「いや、差し入れ者には嬉しい気遣いだろうさ、気分が挙がるよ、良いと思った事はどんどんやれ!」と、初めて仕事で褒められたのであった。 喜屋武七海さんも、「イ~君、私もこれ、おかき」と差し入れである。 「皆、遠慮して開けないから、今、開けちゃって」と言うので、二人で取り分ける。 憧れの女優と共同作業に心ときめく。 「喜屋武さん、どの味が好きなんですか」 「このチーズ味」と言いながらひょいと摘まむ。 それを良井の口元に差し出す。 つい、パクっと食べてしまった。 唇に喜屋武七海の指先が触れた。 思い掛けない役得に、おお、ボーナス!と思いながら一日中、足元が浮いていた。

 

佐々さんからバイトでしばらく開けといてと言われてもう一か月が過ぎた。 今日は自衛官の結婚式シーンである。 広報室長・鷺沼の祝辞、「新郎は本来、救難ヘリのパイロットです、過酷な現場では何が起こってもおかしくない任務です、だから、喧嘩した翌朝でも、必ず笑顔で、心置きなく送り出して下さい」 会場が静まり返る。 新婦の父親が堪え切れずに会場を飛び出してゆく。 妻が追いかけ鷺沼室長もアトを追う。 中庭で、肩を震わせ涙を流している父親、「何で娘の夫が危険な仕事の自衛官なんだ・・・」と怒りを抑えて口にする。 室長は語り掛ける。 「新郎は大切な人を守る為に、全力以上を絞り出します、何があってもきっと、只今、と帰ってきます」 妻も叫ぶ、「彼は凄く優秀で尊敬出来る人です、そんな彼を好きになって支える決意をした娘を誉めてあげましょう!」 父親が呟く、「赦してくれよ、俺が駄々を捏ねる位・・・」 こうして涙の結婚シーンが終った。 (ここまで全395ページの内、たったの63ページまで、リョースケの奮闘が小気味よく続く)

 

 

 

K元会長から小料理を御馳走になった。 5期先輩の元気さは相変わらずだった。 今回の新型コロナウイルス騒動が恐くて、来月出発予定だった二回目の豪華船クルーズ旅行を取りやめたそうな。 一回目は90日、今度は45日予定だったらしい。 どちらも数百万円のご夫婦旅行、使い切れない程の彼の持ち金を想うと、只、羨ましい限り。 ・・・今月は我が夫婦とも誕生月、73才と71才、狸小路の中華店と、36号線の回転寿司・Tで細やかに祝った。 K元会長とは象とアリ程の違いである。 

(ここまで5,100字超え)

 

                                        令和2年2月22日