K文庫と思われるところから、このコラムの内容は著作権侵害に抵触する、と指摘があった。 第28?回の文庫本は我が社の著作権である、と言った書き込みだった。 小説の内容はそれなりに書き込んでいるが、結末はいつもボカシている。 面白い! 驚愕の結末! 乞う、ご期待! 等々である。 これを見た方々が、「これは面白そう、結末を知る為に自分も買おう」と思ってくれるなら本望。 現に、ここを参考にして小説を購入しています、と言う帯広市のSさんから、わざわざメールがあった程である。 小説の購買者が少しでも増えるのは、寧ろ、出版社の味方だと思うが・・・。 これによって、自分が金銭的な利益を得ているわけでもないので、もう少し広い心で見て頂けないものか・・・。 小説の相当数の文字数を、僅か4,000字数前後に纏めるのは結構な難易度があり(5,000字以上の残りの字数は、自分日記である)、それなりに苦労している。 読後感を含め、間もなく73才になる初老の認知症防止の思いで今後も続けていきたい、と考えているが、果たして、如何に。 このコラムを始めてから、既に10年を経過したのに、初めての事であった。
今野敏「任侠病院」(文庫本、単行本は2011年)
商店街を抜けた所にある阿峡本組のビルに出勤途中の代貸・日村は、焼き鳥屋のオヤジさんに呼び止められた。 「町内会が、暴力団と付き合うな、と言ってきた。 最近は役員が皆、息子の代になってきたり、コンビニだのチエーン店も多くなって、本部からの通達もあるらしい。 俺は反対よ、誰が溜ったツケを分捕ってくれるンだい、乱暴な客を誰が収めてくれるンだい、警察は事件にならねェとやってくれないし、世の中、綺麗ごとで済んじまうと思っている奴ばっかりだ」 世間は今、「暴力団追放強化月間」らしい。 ・・・事務所には一見して判るヤクザ屋の車が黒い図体をこれ見よがしに停まっていた。 永神組、永神の叔父キだろう。 間もなく組長二人が旧式のエレベーターで4階から下りてきた。 永神組長が「よろしく頼みます」 「考えてみるよ、じゃあな」と、阿峡本のオヤジは階段を上っていった。 「誠司、話がある」と、叔父キが日村に声を掛けてきた。 以前、債権を預かった出版社も、学校法人もこの叔父キから頼まれたモノだった。 今度は何だ? 日村は身構えた。 「潰れかけた病院があってな、俺は一刻も早く処分したいが、阿峡本の兄キが、社会性が大きいからおいそれと潰すな、というのさ」 日村は眩暈がした。 泣きたくなった。 ヤクザが病院経営とは。 ・・・阿侠本組長から呼ばれて、4階に上がった。 「医療法人の理事6人の内、病院閉鎖の責任から逃れる為に4人が辞任した。 理事長は医師の資格が必要、よって、今の病院長が理事長兼務するので、空席の理事を俺と日村が埋めて経営を立て直さなきゃならない」 ・・・翌朝、二宮稔にシーマを運転させて組長と代貸・日村は病院を訪ねた。 「駒繋(コマツギ)病院、内科・消化器科・外科・整形外科・皮膚科」と、古い看板が掛かっていた。 「このドア、重くねェか、待合室も暗いし、ベンチは固い、全体の雰囲気が重たい、受付の中年女性は眉をひそめ、露骨に反感をむき出しにしている、どれもこれも患者に優しくない」 院長室には、白衣を着けた白髪の男が、「院長 高島一」の名刺を差し出してきた。 「妻が常務理事なので、交代してもらえれば助かります」と言う。 「じゃ、こちらの日村に常務理事を、奥さんを理事、院長が理事長、私、阿峡本は監事とさせて頂く。 これで定足数の三分の二となって、当面の理事会が運営できますね」 意外とスムーズに了承された。 更に、事務長補佐に、組のテツこと、市村徹を了解させた。 テツだって? オヤッサンの考えていることは判らねェ。 ・・・さっそく、ここまでの病院の感想を口にすると、院長の表情が暗くなった。 実は外部の業者に一括でお願いしています。 掃除も消毒など特殊ですし、検査、医療廃棄物の処理、寝具の洗濯、入院患者の給食、併せて、消耗品、売店の商品等々、全て、SMA(シノ・メディカル・エージェンシー)に委託しております。 阿峡本組長が反論する。 「しかし、外壁の清掃、天井の照明、カバーを綺麗に拭いて蛍光灯の取り換えとか、待合室の掃除とかは、こちらでやっても構わないでしょう」と言っても、いや、そういう事も勝手にできません、と断言されてしまった。 ・・・救急患者だ、と院長が呼び出された。 この病院は一次救急指定病院らしい。 ストレッチャーに乗せられた男の子と、青い顔をした母親らしいのが付き添ってきた。 学校でカッターナイフで指を切って保健室で処置して貰ったが、知らせを受けて飛んで来て驚いた母親が救急車を呼ばせたらしい。 彫が深く、ハンサムなケーシースタイルの外科の結城先生が、凝固因子の異常ですか、血友病ではないですね、と確認してから、包帯を外すともう、血は止まっていた。 保健室で消毒も終わっている事から、看護師に、じゃ、包帯を巻いてあげて、と指示すると、母親が、「ちゃんと治療して下さい」と金切り声を上げた。 学校で、ナイフで切っただけ、保健室で治療済み、そんな状態で救急車を手配させる、モンスタークレーマーの極致である。 「救急車は命の危機にある人を病院に運ぶ為、アンタのタクシーじゃない」と言い捨てて、結城先生は処置室を出て行った。 こんな母親が日本を駄目にする。 やり取りを聞いていた日村は、溜飲が下がった。 この結城先生とは息が合いそうだ。 帰りの車で、組長から、「SMAはフロント企業じゃねェだろうな、調べろ、病院の立て直しを邪魔するようだったら考えなきゃな、けど、俺は負けるような喧嘩はしないがな」
二時にアポイントを取って永神組長を訪ねた。 SMAの件である。 「済まねェ、実は兄貴に話したアトに解ったンだが、SMAは病院業務の総代理店で、それぞれの業種別に専門業者に割り振って、相当高額な手数料を手にしている。 経営が傾いたのはそれも大きな原因だ。 関西の枝の枝(三次団体)の邪馬島組がバックにいる。 どうして病院に食い込めたかは解っていないが、面倒になりそうだったら手を引いてもらうように、兄弟に伝えてくれ」 日村は納得した。 ヤクザは既得権を離しはしない。 寸分の妥協もしない。 一つでも減れば実入りも減る。 恐らく、そいつらが結構、デカい面をして病院に顔を出しているンだろう。 受付の中年女性が、「院長室は知ってるでしょう」と、素っ気無かったのは、自分やオヤッサンを同じ仲間だと思ったからだ。 事務所に戻って、「テツ、SMAってのを調べてくれ」と言い置き、4階に上がった。 「SMAを排除すると、バックの邪馬島組も関西も黙っちゃいない」と組長に報告すると、「こっちは病院を立て直すだけだ、そんな事は出たとこ勝負よ」と、まったく、意に介しない。 「明日はテツを連れて行く、稔と二人で、外の壁を綺麗に洗わせろ」 1階に下りると、テツから報告があった。 ネットの掲示板に書き込みがあって、「SMAはフロント企業、バックは邪馬島組」とあり、病院内部からの告発か、または、義憤を持って辞めた人のようだ。 やはり! 明日、外壁の清掃を見咎めて、奴らが出てくるのは必至だろう。 抗争にならなけりゃイイが・・・。 オヤジの指示だ。 昔、拾ってもらった命だ。 日村は、腹を据えた。
阿峡本監事は、院長からレクチャーを受けていた。 日本は政治の失敗があって、医師が大幅に不足している。 今日も、この病院には、週に二日の救急担当のアルバイト医師が来ている、と紹介してくれた。 多賀先生という医師がソファで鼾を掻いていた。 今朝、徹夜した沖縄から飛んできたとの事。 多賀先生は日本国中で医師不足をサポートしている方であり、こういう先生が日本の医療を支えています、と院長の談であった。 そんな慢性的な医師不足の状態を、日村常任理事も阿峡本監事も信じられなかった。 ・・・交通事故の救急患者が運ばれてきた。 すっくと起き上がった多賀先生は、一瞬の躊躇もなく、膨らんだ腹にメスを入れた途端、血が噴き出した。 管を突っ込み血を吸い出し、縫合する。 見事な手際であった。 血を見る事に馴れている二人であったが、日村は目眩がしそうだった。 当直明けの結城先生も駆け付けてきて、「あとは引き受けた」と、怯むことなく患者に挑んでいった。 プロのやり取りだ、と二人は感じ入った。 「誠司、多賀先生も結城先生も大したモンだな、あんなプロがどうして忙しすぎるのかな、日本中を駆け回り、当直明けでも飛んで来る、俺たちは男を売り物にしてきた誇りも自負もある。 しかし、あの二人こそ本物の男だ! 患者の命を助ける為に、自分の命を削っている、あの人たちを助けなけりゃならねェ」 日村も思った、切ったハッタで男を上げるなんんて大したことはない。 阿峡本監事は、「医者を増やす、コストを見直して、人件費を捻り出す」と明快に言い切った。 外壁の汚れを落としていたテツがやってきて、「あの、掃除はしなくていい、と言われました。 シノ・メディカル・エージェンシーと言ってます」 来たか! 組長が平然と、「こちらにお通ししなさい」 しかし、随分、早い。 もしかして院内に密告者がいるのかも知れない。 やってきた背広姿の男はどう見ても堅気の銀行員のようだった。 暴力団でないのは見りゃ解る。 名刺は、営業課・米田であった。 「病院の掃除は我が社が全てやる事になっています」と吠える。 「消毒等、院内の掃除だけだろう、外の掃除は関係ない筈だ、これからコストを見直す、御社の手数料は異常に高い、と聞いている、見直したい」 組長の迫力に押されて、「契約の見直しは上の者を連れてきます」と、早々に逃げ帰った。 「常務理事、明日は蛍光灯の取り換えだ」 阿峡本監事の連続指示であった。 ・・・組の事務所に戻ると、10人位の集団があって、「アンタらの立ち退きを要求しに来た、私達はこの地域で安心して暮らす権利がある」 見渡すと、後方に見知った何人かが集まっている。 焼き鳥屋のオヤジもいる。 腹ただしい顔と、はらはら顔である。 彼らを丁寧に軽くあしらった組長は、「誠司、この追放運動のウラを調べてみな」と、告げた。
翌朝、脚立に上って稔とテツが蛍光灯を取り替えていると、朝顔事務長が、「外来の患者さんがいなくなってからやって下さい」と、文句を言いに来たが、日村は取り合わなかった。 善は急げ、早い方がイイ。 しかし、なんとなく違和感がある。 朝顔事務長の態度が引っ掛かる。 ・・・テツが青くなって、「患者さんが蛍光灯の破片で指を切った、今、多賀先生が手当てしています」と、知らせに来た。 患者は若いヒョロっとした男だった。 待合室の隅っこに取り替えた蛍光管を置いていたが、どうやって怪我したのか、不思議だった。 さっそくSMAの米田がやってきて、「賠償問題について、事務長と、怪我をした方と話し合います」と、別室に行こうとしたが、阿峡本監事が、「こちらも立ち会います」と阻止した。 ・・・結局、SMAが仕組んだ囮の男と判った。 チンケなチンピラ故に、組長と日村のヤクザの迫力を感じた男が、逃げ帰るように去っていったのだった。 外壁の掃除も蛍光灯の取り換えも、米田に知らせたのは朝顔事務長、しかし、彼らに病院の変事を知らせる事で、もっと高額に要求された手数料を今のコストに抑えている、私も必死で戦っている、とヤクザの親分に貫目負けしない説明をする事務長も、男の中の男なのであった。
・・・真吉は受付の女性や看護師の皆を笑顔にした。 笑顔はタダ、患者に対するその効果は抜群であった。 太田看護師長も女だてらの硬派な立派な考え・行動の持ち主だった。 一皮剥けば、この病院の力強さは物凄いモノがあったのである。 テツが調べた暴力団追放運動には隠れたウラがあった。 また、そこと繫がっていたSMAの事も判明した。 最後っ屁のような酷い嫌がらせが、暴力的に病院に押し寄せたが、「これは戦争です」と、阿峡本監事の一言で、病院一体となった闘いが始まった。 苦しさに耐え抜いた病院全員の輝かしい勝利だった。 邪馬島組・組長との話し合いは、こっちの組長の貫目勝ちだった。 経営の立て直しが見込めるようになり、組長と代貸は理事を退任し、朝顔事務長と太田看護師長が後任の理事となった。 ・・・いつもながらの痛快事、どんな嫌がらせだったか、邪馬島組との話の内容は? 追放運動・リーダーの高校生の娘はヤクザ・阿峡本組の味方だった、何故か? 等々も含めて、本書でゆっくりお楽しみ下さい。
タイヤ交換、いつもは我がマンション傍のタイヤ館で有料交換していたが、今回は、車検を入れている中古車販売・K社長が無料でやってくれると言うので、同い年のMとで二台をお願いした。 こっちは例年より一か月も早い。 この半年で2,100㎞しか走っていなかった。 これからのゴルフの無い冬の半年は、前年は300㎞。 ホントに走っていないのが解る。 奥さんと二人で、作業は慣れているから事務所で待ってて・・・と、足手まとい的に言われて、何の手伝いも無しでMとコーヒー・談笑をしながら待っていた。 おまけに、昼飯に行こう、と寿司8カンと天ぷらのセットをご馳走になってきた。 有難し! ・・・Mとは翌週、元会社の先輩のHさんも含めて3人で食事の予定。 元スナックママとの共同経営の小料理「C」を閉じたKが、薄野の外れで一人で小料理屋を再開した。 彼との付き合いは25年にもなる長年の腐れ縁である。 顔を出さねばなるまい。
女子プロ第36戦、アメリカLPGAの唯一の日本での開催戦、鈴木愛が二週連続優勝! あっ晴れ! LAPGAのメジャー覇者を相手に良くやった。 これで27勝9敗。 賞金女王にも肉薄し、あと一歩の二位である。 アト4戦、鈴木愛に期待しよう。 ・・・男子プロ国内戦第18戦、打ち終わったアトの変則フォームの韓国人が優勝。 またもや今平が二週連続の二位。 勿体ない。 これで12勝6敗。 但し、今平は今回2,000万円をゲットし、賞金王に大きく前進した。
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令和元年11月10日