3.3.3.記念入場券(平成3年・1991年) | 記念切符あれこれ

記念切符あれこれ

亡き父が集めていた記念切符、実家からもらい受けたものの、箱に入ったまま納戸にしまい込み10数年、あまりにも雑多に入っているので、少し整理をしようと思い立ち、それならブログに写真を貼ったら一覧代わりにになっていいかも・・・と思い、少しずつ記録することにしました。

JRが日付け連番に目を付けましたか。
真っ青な台紙に「3.3.3記念入場券」と「JR横浜駅」だけ印字されています。

こちらが表なのか?裏なのか?
反対側に返すと、台紙にある「3.3.3」に呼応するように収まった「3.-3.-3」と印字された
切符が3枚入っている・・・はず!
だって、きっぷのコーナーが3枚分見えていますもの。
裏返すと1枚だけ、台紙を開けなくても見える仕様です。
開いてみます。
広げるとほら、3枚。
切符部分だけあげます。
横浜のシンボルともいうべき図柄が描かれていますが、ベイブリッジは横浜からバスだし
赤い靴像は関内か石川町から結構歩く山下公園ですよね?(当時は元町・中華街駅が無い)
なんかちょっと苦しい・・・(笑)
裏には表の図柄の解説が書いてありました。
硬い切符って、斜め対角線に止めがあると、とっても外しにくい!
情けないことに、写真のようにちょっと折れてしまいました。
これ、発売前にどうやって奇麗なまま収めたんだろう?
正直、元のように収めるのも大変なんですが。
 
あら、赤い靴像って横浜駅にもあるのですか。
「東西自由通路」というのは中央通路のことですよね?
全然気付いていませんでした・・・ま、結婚してからはめったに行かないからしようがないです。
それにしても「赤い靴像」だと靴のモニュメントだと思われませんかね?
せめて「赤い靴の女の子像」くらい・・・
 
勤め始めた時から横浜駅はずっと工事中で、結構最近まで終わることなく(30年は経った)
「日本のサグラダ・ファミリア」とは的を射た表現で、「横浜駅SF」という小説になるくらい、横浜駅がどこにたどり着くのかわからない状況でした。
東横線が地下に潜り、シアルからダイレクトにホームにインすることはできなくなったものの
中央改札から一度地上に上がることなく地下街に行けるようになったのは便利です。
よくよく見たら、切符の裏と同じ文面が「記念切符裏面御案内」とわざわざ銘打って
台紙に印刷されていました。
苦労して台紙からきっぷを外すこと無かったじゃん・・・。