2歳7カ月で急性脳症にかかり
後遺症で知的発達障害、てんかん波が出て、
小学校入学時から特別支援学級在籍(当時は障害児学級)
もうすぐ義務教育の9年間を終えようとしている
長男15歳が
私立高校に無事合格して、
四月からは片道50分の道のりを電車とバスを乗り継いで通うことになりました。
あの時は将来が見えないばかりだった。
3歳の誕生日の時も、
幼稚園を卒園する時も
小学校を卒業する時も
いつでも最大限の選択肢を与えられるように
高すぎるかなという目標も
本人のできることをしっかり考えた上での目標も
無理のないペースで頑張ること
周囲の人に恵まれたこと、
恵まれなかったこと
これでいいのかと本当に悩んだこと
全てをひっくるめて本当に誇りに思います。
おめでとう、君は立派な若者だ!
長男も次男もベビースイミングで私と一緒に入る時期からスイミングに通っている。
長男は一番近くのスイミングスクールに3歳から中一まで
次男は同じスイミングスクールに2歳から3歳半まで、
駅前のフィットネスセンター付属のスイミングスクールに3歳半から現在も通っている。
長男をスイミングに入れたのは脳症を患ってから割とすぐに。
もともと水が好きだったし、水の中で体を動かすことが
少しでもリハビリになればと思って始めた。
案の定長男はスイミングが大好きになり、
途中の母子分離で一カ月ほど大泣きしていたものの楽しく通い続けた。
しばらくすると近所や育児サークルのお友達も一緒に通うようになり
水遊びだけでなく「進級」というのがでてきた。
始めのうちは「できなくてもしょうがないなー」なんて思っていたけど
不特定多数ではなく特定のお友達がどんどん進級していったり
四泳法終了なんてなってくると、さすがにもっとうまくなりたいって思うかな
と本人の気持ちが気になった。
そのスクールでは長男が小学校に上がってから少しすると
障害児向けのプライベートレッスンをするようになった。
決まった時間に週一回、指名したコーチが一時間泳法ももちろんだが
乗り気でないときに待ってくれたり、時間をかけて話してくれたりしているのを横目で見ていた。
そんな制度ができたんなら、長男もこのクラスにすればもっと上手になるのかなと。
でも長男はスイミングで進級しないことに特に文句も言わずに淡々と通い続けた。
家から近かったので中学年以降は一人で通わせた。
たまに見に行くと周りはみんな小さい子ばかりで
後から後から抜かれているだろうなと思うと少し切なくなった。
一緒に始めた子達は引っ越しや曜日の都合で一緒にいることもなくなった。
中一で部活を始めて、さすがに時間的にも体力的にも厳しいとなってから
スイミングをやめたのだが、そのころには一応四泳法終えていた。
週に一回、小学生時代に体を動かす習慣があったこと、
そして一応身につけられたことで私も本人も満足だったなぁと思った。
それからしばらくして次男が同じスクールに通いだした。
よく昼寝をする子だったので、午後にレッスンのあるそのスクールではなかなかうまくいかずに
駅前のスクールに変更することにした。
駅前のスクールはそれまでのようにいつでも進級できるわけではなく、
検定日が二カ月に一回、そしてコースによって帽子の色が分かれていた。
通い始めたころはそんなことも特に気にしていなかった次男。
しかしこの子は長男と違って水があまり得意ではない。
赤ちゃんの時から頭から水をかぶせるのも顔に水がかかるのもいやがっていた。
水慣れでかなりてこずるなと思っていたら、検定を受けて、周りの子の帽子の色の違いに気づいたらしく
「あの違う色の帽子をかぶりたい、この帽子はもういやだ」
「ぼくははやくあの帽子になりたいから頑張るんだ!」
という意思をかなり強く示した。
次男も相当自分の道を行く感じで、あまり周りのことを気にするタイプでもなかったが
これが進級制度のいいところか、と改めて思った。
意識することで発奮できる、苦手だけど頑張ろうと思う。
その指導の持っていき方も、次男にぴたりとはまったのだろう。
だとすると長男のあの淡々としたスイミング通いはなんだったんだろう。
これが本来の進級を意識してスイミングを上達することなんだったら
長男が意識もせずに発奮もせずに通い続けたことには意味はなかったんだろうか。
というとやっぱりそんなことはなくて、長男には長男のやり方でよかったんだろうと思う。
進級しなければダメ!なわけではもちろんないし、
苦手なことなのに練習をし続ける。
いつまでたっても泳法はなかなか身に付かないけど、でもルーティンとしても
周りの子達とかかわることにしても確実に意味はあったんだ。
学校の授業だって同じじゃないだろうか。
①意図した授業内容が習得できること
(=進級システムを理解してしっかり上達する)と
②授業内容が意図したとおりに習得できなくても社会生活の一環としても少しずつ身につけている
(=長い時間をかけても四泳法を身につける、更衣室で着替えたり物の管理をする、
自分で通う自信をつける)
どちらの参加の仕方も同じように尊重されるべきで、
全員が①の習得をできなくてはダメなんてことはないはずで。
次男が新しい色の帽子を手に入れてほくほくした顔をしているのを見て
そんなことを思っていた。
長男も次男も、一見全然違うけど、
二人とも頑張っているのを私はちゃんと知ってるよ。
長男は一番近くのスイミングスクールに3歳から中一まで
次男は同じスイミングスクールに2歳から3歳半まで、
駅前のフィットネスセンター付属のスイミングスクールに3歳半から現在も通っている。
長男をスイミングに入れたのは脳症を患ってから割とすぐに。
もともと水が好きだったし、水の中で体を動かすことが
少しでもリハビリになればと思って始めた。
案の定長男はスイミングが大好きになり、
途中の母子分離で一カ月ほど大泣きしていたものの楽しく通い続けた。
しばらくすると近所や育児サークルのお友達も一緒に通うようになり
水遊びだけでなく「進級」というのがでてきた。
始めのうちは「できなくてもしょうがないなー」なんて思っていたけど
不特定多数ではなく特定のお友達がどんどん進級していったり
四泳法終了なんてなってくると、さすがにもっとうまくなりたいって思うかな
と本人の気持ちが気になった。
そのスクールでは長男が小学校に上がってから少しすると
障害児向けのプライベートレッスンをするようになった。
決まった時間に週一回、指名したコーチが一時間泳法ももちろんだが
乗り気でないときに待ってくれたり、時間をかけて話してくれたりしているのを横目で見ていた。
そんな制度ができたんなら、長男もこのクラスにすればもっと上手になるのかなと。
でも長男はスイミングで進級しないことに特に文句も言わずに淡々と通い続けた。
家から近かったので中学年以降は一人で通わせた。
たまに見に行くと周りはみんな小さい子ばかりで
後から後から抜かれているだろうなと思うと少し切なくなった。
一緒に始めた子達は引っ越しや曜日の都合で一緒にいることもなくなった。
中一で部活を始めて、さすがに時間的にも体力的にも厳しいとなってから
スイミングをやめたのだが、そのころには一応四泳法終えていた。
週に一回、小学生時代に体を動かす習慣があったこと、
そして一応身につけられたことで私も本人も満足だったなぁと思った。
それからしばらくして次男が同じスクールに通いだした。
よく昼寝をする子だったので、午後にレッスンのあるそのスクールではなかなかうまくいかずに
駅前のスクールに変更することにした。
駅前のスクールはそれまでのようにいつでも進級できるわけではなく、
検定日が二カ月に一回、そしてコースによって帽子の色が分かれていた。
通い始めたころはそんなことも特に気にしていなかった次男。
しかしこの子は長男と違って水があまり得意ではない。
赤ちゃんの時から頭から水をかぶせるのも顔に水がかかるのもいやがっていた。
水慣れでかなりてこずるなと思っていたら、検定を受けて、周りの子の帽子の色の違いに気づいたらしく
「あの違う色の帽子をかぶりたい、この帽子はもういやだ」
「ぼくははやくあの帽子になりたいから頑張るんだ!」
という意思をかなり強く示した。
次男も相当自分の道を行く感じで、あまり周りのことを気にするタイプでもなかったが
これが進級制度のいいところか、と改めて思った。
意識することで発奮できる、苦手だけど頑張ろうと思う。
その指導の持っていき方も、次男にぴたりとはまったのだろう。
だとすると長男のあの淡々としたスイミング通いはなんだったんだろう。
これが本来の進級を意識してスイミングを上達することなんだったら
長男が意識もせずに発奮もせずに通い続けたことには意味はなかったんだろうか。
というとやっぱりそんなことはなくて、長男には長男のやり方でよかったんだろうと思う。
進級しなければダメ!なわけではもちろんないし、
苦手なことなのに練習をし続ける。
いつまでたっても泳法はなかなか身に付かないけど、でもルーティンとしても
周りの子達とかかわることにしても確実に意味はあったんだ。
学校の授業だって同じじゃないだろうか。
①意図した授業内容が習得できること
(=進級システムを理解してしっかり上達する)と
②授業内容が意図したとおりに習得できなくても社会生活の一環としても少しずつ身につけている
(=長い時間をかけても四泳法を身につける、更衣室で着替えたり物の管理をする、
自分で通う自信をつける)
どちらの参加の仕方も同じように尊重されるべきで、
全員が①の習得をできなくてはダメなんてことはないはずで。
次男が新しい色の帽子を手に入れてほくほくした顔をしているのを見て
そんなことを思っていた。
長男も次男も、一見全然違うけど、
二人とも頑張っているのを私はちゃんと知ってるよ。
前二つの記事
http://ameblo.jp/misojos/entry-11458613670.html
http://ameblo.jp/misojos/entry-11459191891.html
でどうしても長男の場合と私の考えが強調され過ぎているのではないかと思い、
少し補足的に私の考えをまとめてみたいと思う。
現在の支援教育の問題点がモロにかぶさる形になって、
軽度知的障害・高次脳機能障害であり確実に支援が必要な長男が
普通級で放り出されながらもなんとかやっている現状を、
私は決してよしとしてみているつもりはない。
これは結局本人の努力や、スルー力の上に成り立っているものであって、
障害があり、合理的配慮が必要な状態の子が「根性論」で来てしまっている
そんな毎日を一日でも早く何とかしたいと思っていた。
個別にとりだしができるのならそこで訓練なり療育なり
彼自身に必要な課題をさせる環境があり、
そしてなおかつ、交流級・原級に戻った時に「いなかった時のことをフォローしてくれる状態」を
保証してもらうことは、子どものあたりまえの権利だと思っている。
それは決して、「時間が二倍あるわけではない」なんていう詭弁であやふやにされるべき問題ではなく、
「二つの時間割をこの子のためだけに変えられない」なんていう大げさなものでもなく、
支援が必要な子を優先にして取り組んでいける問題だと思っている。
そして私は、支援学級を軸にして確実に力を身につけていくことのできる
従来の支援教育プラス交流に異を唱えることは決してない。
子どもの状態によってそれはとても有用だろうし、
うちの長男みたいなスルー力(理解力が達していない状態が続いたうえでの獲得なのかもしれないが)がつかないで
重篤な二次障害を起こしてしまうよりもよっぽど充実した一年間を過ごせるだろう。
子どもの状態が多様だからこそ、一斉授業を受けない権利というのも当然確保されるべきである。
身につけること、積み上げること、その段階にきちんと沿ってあげられる、
一人ひとりのための課題がもっと大事にされること。
そして支援学級の最大の武器である豊富な人的資源(予算)や様々な最先端の療育、訓練の情報を得たうえで使いこなせる学級がどの小学校、中学校にも備わっているかと言ったらそれはやはり違うだろう。
そして実際に本人の「みんなと一緒(交流)がいい」という言葉を
どこまで精査できるかという問題もある。
子どもが「みんなと一緒がいい」というのはある意味あたりまえである。
そして個別学習になった時に与えられる「ノルマ」をクリアすることを突きつけられるなら
一斉授業の中で、「今日もよくわからなかったけど、まぁ楽しかった」と感じるほうが
楽なのは大人も一緒かもしれない。
そしてそのよくわからない経験も、わかる経験と同じくらい大切なんじゃないかとさえ思うこともある。
交流級で結果を出すような学習ができなければ意味のない時間なのか。
支援級にいればずっと結果を出すような意味のある学習が毎時間できるのか。
そうした時に本人の「みんなと一緒がいい」という言葉に重みが出てくるのではないか。
大人が決める「よかれ」ではなくて、子どもの本能の「みんなと一緒がいい」を
尊重することをもっと認めてもいいのではないだろうか。
支援級の中での専門的な療育、個別学習、自立活動
普通級の中での社会生活、そして一斉学習とそのスキルの獲得@合理的配慮のある環境で。
この二つが両立してこそインクルーシブな学校生活が成り立つのではないか。
どの子にとっても学ぶ場として、地域の学校が成り立つように
義務教育を終えるにあたって考えたのはやっぱりそんなことだったんだ。
インフォームドコンセントのもとに、親として、自分の子どもにどういう教育環境を与えるかという自由をしっかり選べるようになるといいな。
http://ameblo.jp/misojos/entry-11458613670.html
http://ameblo.jp/misojos/entry-11459191891.html
でどうしても長男の場合と私の考えが強調され過ぎているのではないかと思い、
少し補足的に私の考えをまとめてみたいと思う。
現在の支援教育の問題点がモロにかぶさる形になって、
軽度知的障害・高次脳機能障害であり確実に支援が必要な長男が
普通級で放り出されながらもなんとかやっている現状を、
私は決してよしとしてみているつもりはない。
これは結局本人の努力や、スルー力の上に成り立っているものであって、
障害があり、合理的配慮が必要な状態の子が「根性論」で来てしまっている
そんな毎日を一日でも早く何とかしたいと思っていた。
個別にとりだしができるのならそこで訓練なり療育なり
彼自身に必要な課題をさせる環境があり、
そしてなおかつ、交流級・原級に戻った時に「いなかった時のことをフォローしてくれる状態」を
保証してもらうことは、子どものあたりまえの権利だと思っている。
それは決して、「時間が二倍あるわけではない」なんていう詭弁であやふやにされるべき問題ではなく、
「二つの時間割をこの子のためだけに変えられない」なんていう大げさなものでもなく、
支援が必要な子を優先にして取り組んでいける問題だと思っている。
そして私は、支援学級を軸にして確実に力を身につけていくことのできる
従来の支援教育プラス交流に異を唱えることは決してない。
子どもの状態によってそれはとても有用だろうし、
うちの長男みたいなスルー力(理解力が達していない状態が続いたうえでの獲得なのかもしれないが)がつかないで
重篤な二次障害を起こしてしまうよりもよっぽど充実した一年間を過ごせるだろう。
子どもの状態が多様だからこそ、一斉授業を受けない権利というのも当然確保されるべきである。
身につけること、積み上げること、その段階にきちんと沿ってあげられる、
一人ひとりのための課題がもっと大事にされること。
そして支援学級の最大の武器である豊富な人的資源(予算)や様々な最先端の療育、訓練の情報を得たうえで使いこなせる学級がどの小学校、中学校にも備わっているかと言ったらそれはやはり違うだろう。
そして実際に本人の「みんなと一緒(交流)がいい」という言葉を
どこまで精査できるかという問題もある。
子どもが「みんなと一緒がいい」というのはある意味あたりまえである。
そして個別学習になった時に与えられる「ノルマ」をクリアすることを突きつけられるなら
一斉授業の中で、「今日もよくわからなかったけど、まぁ楽しかった」と感じるほうが
楽なのは大人も一緒かもしれない。
そしてそのよくわからない経験も、わかる経験と同じくらい大切なんじゃないかとさえ思うこともある。
交流級で結果を出すような学習ができなければ意味のない時間なのか。
支援級にいればずっと結果を出すような意味のある学習が毎時間できるのか。
そうした時に本人の「みんなと一緒がいい」という言葉に重みが出てくるのではないか。
大人が決める「よかれ」ではなくて、子どもの本能の「みんなと一緒がいい」を
尊重することをもっと認めてもいいのではないだろうか。
支援級の中での専門的な療育、個別学習、自立活動
普通級の中での社会生活、そして一斉学習とそのスキルの獲得@合理的配慮のある環境で。
この二つが両立してこそインクルーシブな学校生活が成り立つのではないか。
どの子にとっても学ぶ場として、地域の学校が成り立つように
義務教育を終えるにあたって考えたのはやっぱりそんなことだったんだ。
インフォームドコンセントのもとに、親として、自分の子どもにどういう教育環境を与えるかという自由をしっかり選べるようになるといいな。