タイトル----学ばざれば善きを知らず。第1229号 24.04.30(月)

 

 拙稿より書いてみます。


 学ばざれば善きを知らず


 『礼記』は、<至道ありといえども、学ばざれば其の善きを知らず>と教えています。


 「どんなに立派な教えとか道徳があっても、学んでみなければ、その良さはわからない」というのです。

 

 【略解】 最初は意味がわからずとも、読み続けることです、書き続けることです。そういう一見平凡な作業が、貴方の大脳に保存され、やがて顕現されるのです。年輪を重ねた後顕現された智慧こそが、人々が生きて行く上において重宝なものとなり、人々への恩恵も与えてくれることが可能となると信じます。


〔コメント〕 先のブログに花月様よりコメントを賜りました。高齢でボケがあるらしいものですから、勧められブログを書きはじめた次第でした。文章力もないのに世間様へ恥をさらけ出しています。そんなに悪意はございませんので、ご海容賜りたく存じます。

 

 ある女児に聴いてみました。AKBの皆さんみたいにテレビに出て華やかな踊りなどをしたいですかと。桜子さんはテレビに出たいといいました。愛子さんは出たくない、学問をしたいといいました。さて、どの選択がいいのでしょう。


 因みに安岡正篤先生の教学を学んでおられる方々は無名有力という言葉をよく使われるように思います。殆どテレビ等々には出ておいでにならないようです。森信三先生の学問をされている方々も同様なような気が致します。

 さて、どちらがよろしいのでしょうか。

タイトル---著書の紹介---2.第1225号 24.04.27(金)


 昨日の続きです。

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 本書では、これまで財務省やメディアが当たり前のように唱えてきた「常識」「通説」と言われるものが、実は、日本だけで喧伝されている「非常識」「珍説・奇説のたぐい」であることを一つひとつ明らかにしていきます。

 そして、なぜ、世界では非常識とされていることが、日本では常識になるのか。その背景には今でもこの日本という国を実質的に支配している「財務省」という存在があることを、橋下龍太郎政権で「大蔵省改革」に取り組んだ当事者として、財務省と正面から闘ってきた政治家として、つまびらかにしています。本書を読んでいただければ、日本の統治機構の本当の姿を知っていただくことができるはずです。

 私は、その橋下政権で、前回の「消費税増税(3%から5%)」の現場にも総理側近として立ち会いました。当時と比べ、今回の民主党政権と財務省による「増税プロセス」が、いかに杜撰なものであることか!

 その義憤も込めて、この本が、財務省とそのパペット政治家たちによる「増税一直線」の流れを食い止め、日本を「覚醒」へと導くための一助となれば、筆者としてこんなにうれしいことはありません。

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 前回も書きましたが、頭の体操のつもりで読書をされるようお薦め致します。そして国民が、政治に関心を持ちたいものです。

 今日はある偉い方が、裁判で無罪になったということで、大賑わいをしています。有罪無罪は別にして、国民の金銭感覚を逆なでするようなことは、教育上もよくないのではないかと思います。

 正直程、尊いものはないと思います。

タイトル---著書の紹介。第1224号 24.04.26(木)

  

 『財務省のマインドコントロール』を購入しました。同著の「はじめに」をご紹介致します。頭の勉強のつもりでお読みになられては如何でしょうか。


はじめに


 読者のみなさんの中にもかかっているかもしれない、財務省による「増税マインドコントロール」。この本は、そこから解き放つことを目的としています。

 今はテレビを見ても、新聞を読んでも、「増税、増税、増税!」の大合唱です。まるで「消費税を10%に上げないと、この国がつぶれてしまう」と言わんばかりの「キャンペーン」「プロパガンダ」が横溢しているのです。

 私も。「将来に渡って絶対に増税してはいけない」と言うつもりはありません。しかし、今、この大震災と原発事故を経た国難のさなか、ましてやデフレで経済が疲弊し国民が苦しんでいる時に「増税」することは、「稀代の愚作」「世界の非常識」だと言っているのです。また国民に負担を求める前に、まずは「隗より始めよ!」、国会議員や公務員が「我が身を切る改革」を断行すべきでしょう。

 ひとことで言えば、「増税の前にやるべきことがあるだろう!」ということです。


 次回に続きます。通常聞いたこともない規模の大きな金額ですので、頭の体操にはとてもいいような気がいたします。

タイトル---人生の意義。第1221号 24.04.23(月)

 

 寺田一清編『森信三のことば』よりご紹介致します。寺田先生が3月3日、円心会道場においでくださいました。そのお礼状を出した処、この書をご恵贈賜った次第です。通読して、国民こぞって読んで欲しいと思いました。是非、購入してください。 


 1.人生の意義  


 そもそも人生の意義いかんということについては、いろいろの考え方がありましょうが、われわれ日本人としては、自分が天よりうけた力を、この肉体的生命の許される限り、十分に実現して人々のために尽くし、さらにこの肉体の朽ち果てた後にも、なおその精神がこの国土に残って、後にくる人々の心に、同様な自覚の火を点ずることにあるかと思うの゛す。    (『修身教授録』)

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 森信三先生がつねに力説されたことは、「人生二度なし」の一語です。「人生のスタートは、何よりもまずこの”人生二度なし”という道理を、その人が深く痛感するかということから、始まる」と、繰り返し説かれております。


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〔コメント〕 肉体が朽ち果てた後にもとありますが、肉体が朽ち果てた後、「亡国の宰相」という人がいたヨでは困るのではないでしょうか。為政者の先生方は、後々のご子孫のことも考え、不名誉な呼び名が付与されないようにした方がいいような気が致します。


 それは国民のためなのです。

タイトル----行い教え、学んで行う。第1218号 24.04.20(金)

 

 寺田一清編『二宮尊徳一日一言』、4月20日をご紹介します。


 4月20日 行い教え、学んで行う。


 行ひて教え学んで行ふ。今の教ふる者、言うて教へ書きて教ふ、故に効なし。

                                     (金言集)


 【註】 リーダーの心がけはこの一語に尽きるともいえます。まず長たる者の修学と実践が先決問題です。


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 〔コメント〕 尊徳翁の訓戒、全く同感です。テキストを開き一斉に読んで耳で聴く、そして書く、ことも大切なのですが、それでは人間の精神性を構築するのは不発に終始すると思っています。大切なのは、良心、継続心、ねばり、勤勉性、謙虚さ等々を血肉化することなのです。


 因みに私が主宰する空手道場での『南洲翁遺訓』の学修は、私が大きな声で言い、そのあとから門下生が同じ言葉を諳んじる、という方法をくりかえすのです。そしてすぐ空手道の技を気をいれて何回も稽古をさせる。これをくりかえすのです。


 頭だけで覚えても、真の理解はないのです。そして前向き発想の効果を教えこむのです。幾ら頭で覚えても、病気がちであったり、身体が弱かったら、気力が充満していなければ、真の生きる力は出てこないのではないかと思います。


 そのためには、安岡正篤先生の教え、天風師の教え、歴史をさかのぼり幸田露伴の教え等々を参考にし、子弟一緒になって人間学を学ぶことにしているのです。


 人の道を実践しているからでしょうか、素晴らしい教養人とのめぐりあわせがありました。近々、私どもの仲間として、文武の道を逍遥することになるのですが、天道に背かない生き方の重要さをかみしめています。


 暁の学問館、若手師範と早朝に漢籍を繙く、最高の境地に達するひとときです。凡愚の私がやっているのです。健康で充実した人生を送りたい方は、ご自分で漢籍を繙いてみたら如何ですか。これほど楽しい大人の遊びはないと思って、楽しんで取り組んでいます。田賀先生も、お始めになりませんか。