タイトル----学ばざれば善きを知らず。第1229号 24.04.30(月)
拙稿より書いてみます。
学ばざれば善きを知らず
『礼記』は、<至道ありといえども、学ばざれば其の善きを知らず>と教えています。
「どんなに立派な教えとか道徳があっても、学んでみなければ、その良さはわからない」というのです。
【略解】 最初は意味がわからずとも、読み続けることです、書き続けることです。そういう一見平凡な作業が、貴方の大脳に保存され、やがて顕現されるのです。年輪を重ねた後顕現された智慧こそが、人々が生きて行く上において重宝なものとなり、人々への恩恵も与えてくれることが可能となると信じます。
〔コメント〕 先のブログに花月様よりコメントを賜りました。高齢でボケがあるらしいものですから、勧められブログを書きはじめた次第でした。文章力もないのに世間様へ恥をさらけ出しています。そんなに悪意はございませんので、ご海容賜りたく存じます。
ある女児に聴いてみました。AKBの皆さんみたいにテレビに出て華やかな踊りなどをしたいですかと。桜子さんはテレビに出たいといいました。愛子さんは出たくない、学問をしたいといいました。さて、どの選択がいいのでしょう。
因みに安岡正篤先生の教学を学んでおられる方々は無名有力という言葉をよく使われるように思います。殆どテレビ等々には出ておいでにならないようです。森信三先生の学問をされている方々も同様なような気が致します。
さて、どちらがよろしいのでしょうか。