タイトル---森信三先生の幸田露伴観。第1214号 24.04.16(月)

 

 寺田一清著『森信三先生の教えに学ぶ』に幸田露伴観が書かれていますのでご紹介致します。


 森信三先生は、幸田露伴について、明治期の文豪としてではなく、明治の哲人、思想家として、心からたいへん敬仰しておられました。さて、森先生の「幸福論」について、この際述べておきたいと思います。先生の根本的なお考えは、「幸福とは、求めるものではなく、与えられるものです」という一語に尽きます。したがいまして、

(一) 与えられた勤めを十二分に果たすこと。

(二) とにかく仕事を仕上げること。

(三) 人のために尽くすということ。

 これが、森先生の幸せの三条件です。その心理面の三条件として、

(一) 人と比較しないこと。

(二) 自分の分をわきまえること。

(三) 感謝の念をもつこと。

と、簡明に示していただいております。

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 この所、連日、森信三先生、寺田一清先生のご著書を拝読しています。とにかく、素晴らしいの一言に尽きます。


 実は私も幸田露伴に興味を持ち、十年前から中古の全集を購入し、読んでいます。言葉そのものが難解でありますが、今時の本屋大賞の本よりか遥かに有意義だと思います。それは漢籍全てを渉猟した人が書いているということです。

 人生の意義、長生きの秘訣、処世の要諦等々を述べている露伴全集はお金に代えがたいものだと思っています。

 子どもの将来が、生き生きとして、謳歌出来る人生を生きて欲しいと願う保護者は露伴に興味を持ってください。 先ずは岩波文庫の『努力論』(700円+税)がいいのではないでしょうか。

 我々は日本人なのです。外国語もいいのですが、先ずは日本語が優先すべきなのです。外国語では理解できない、日本人にしか理解できない薀蓄ある表現が、生きる原動力として描かれているのです。


タイトル---下坐行を積む。第1212号 24.04.14(土)

 寺田一清著『森信三先生の教えに学ぶ』よりご紹介致します。


 下坐行を積む------人間としての土台づくり-----


 すべて物事には、基礎とか土台とかいうものが必要です。(中略)そこでわれわれ人間も、どうしても真実を積まねばならぬわけですが、しかし事を積むには、まず土台から築いてかからねばなりません。では人間を鍛えていく土台は、一体どういうものかというに、私はそれは「下坐行」というものではないかと思うのです。すなわち下坐行を積んだ人でなければ、人間のほんとうの確かさの保証はできないと思うのです。たとえその人が、いかに才知才能に優れた人であっても、(中略)下坐を行じた経験を持たない人ですと、どこか保証しきれない危なっかしさの付きまとうのを、免れないように思うのです。(『修身教授録』抄)


 「下坐行」というコトバを、わたくしも森信三先生から教わりました。では下坐行とは、具体的にどういうことかと言えば、

 1.足元のゴミを拾う

 2.乱れた履き物を揃える

 3.近隣の雑草を抜く

 4.空カンを分別しておく

 5.トイレ掃除にすすんで参加する

などでありましょう。

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〔コメント〕 上の5つに追加して私は、「挨拶をすすんでする、挨拶されたら必ず気持ち良い返事で対応する」というのを付け加えたいと思います。

  度々健康スポーツランドのプールに行くのですが、入退場の時には背筋を伸ばし恭しく挨拶をすることにしています。

 観察するにそういう人は一割もいないようです。退出するとき、ご婦人がたで大きなお尻をふりふりしながら、挨拶もせず出て行く姿をいつもおみかけしています。

 テレビではきれいに見えるようにと化粧水などをこれ宣伝勤めていますが、気持ち良いご挨拶をすれば、心の浄化から顔まで瑞々しく美しくなるのですが、それがわからないらしいのです。尤もそのことが健康維持と長生きにもつながるのです。

 信じ難い人は、今時の新興宗教の門を叩いてください。そして中村天風師の著書をお求めになり、お読みになってください。

 今朝の「暁の学問館」の学びも、教材が素晴らしかったと総括しています。『修身教授録』鍛錬道を拝読致しました。森信三先生、有り難う存じました。

タイトル----読書と躬行。第1210号 24.04.12(木)

 昨日に引き続いて『二宮尊徳一日一言』、4月12日をご紹介致します。今日は誕生日で73歳に相成りました。これからも何卒よろしくお願い致します。


 4月12日 読書と躬行


 書を読んで躬(み)に行わざる者は、猶ほ鍬を買って耕さざるがごとし。耕さずんば、則ち何ぞ鍬を買うを用いん。行わずんば則ち何ぞ書を読むを用いん。かつ読書と躬行と相まつは、なお布帛に経緯あって後成るがごとし。読書は経(たて)なり。躬行は緯(よこ)なり。(語録七六)

 

【略解】 人間形成にとって読書と実践は、まさに車の両輪の如しと言えましょう。経緯とは、たて糸とよこ糸。

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〔コメント〕 22歳くらいの若者が信号無視をしてパトカーに追跡され、ガードレールに衝突し重傷との情報がインターネットに記事として出ています。若者たちに真面目な運転の呼びかけをする機会はないものでしょうか。中には幾ら教えても聞こうとしないワルというのはいます。

 が、7割は真摯に呼びかけたら、万一、人を轢き殺したら刑務所くらしだよ、と教えたら、幾らか効果はあると思うのですが。警察学校ではそういう人もいないと警察官の仕事がなくなるからワルもいなければならないのだ、と教えていると50年前、空手道場に入門した新人警察官が言ったものです。  


 因みに73歳になった私・老人はあらゆる体験をしてきました。余命幾ばくかわかりませんが、人生にとって何が一番大事かと問われたら、読書をすること、そして読書を通じて知り得た良いことを実践することだ、と力づよく答えたいと思います。


 弟子のある青年師範に勉強にきなさいよと薦めていた処、最近から来るようになりました。今日で4日目です。時間帯は毎朝です。その御仁は親父に負けるものかと意気込んでいるでしょうから、果たしてこの爺いとどちらが続くでしょうか。

 名称を「暁の学問館」と命名しました。ひと月たらずでケツを割ったら田賀先生笑ってください。

 資料は20年前から購読していたプレジデントなど数多ございます。これらを近々廃棄処分しよう思っていた矢先でした。

 明日は『修身教授録』の解題をご紹介致します。先般、荘内から鹿児島に来たご婦人も同著を購入し、お読みになり感激しているということを伺いました。

タイトル---人の人たる所以。第1208号 24.04.10(火)


 寺田一清編『二宮尊徳一日一言』、3月9日をご紹介します。毎日の訓戒をお読みする時、いろいろ教えられます。お求めになっては如何ですか。


 3月9日 人の人たる所以


 人にして徒らに目前の利を謀らば、則ち禽獣となんぞ択ばんや。人の人たる所以は推譲にあり。此に一粒粟あり。直ちに之を食えば則ちただ一粒のみ。若し推して以て之を種え、秋実を待って食えば、則ち百粒を食らうも、猶お且つ余りあり。是れ則ち、万世不易の人道なり。(語録六八)


【略解】 人間と禽獣の異なる点は、推譲の如何と、将来への備蓄ができるかどうかである。


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〔コメント〕 分かりきったことですが、俺が俺がと自分の懐へ入れることが優先されていないでしょうか。これは自分本位ということではないでしょうか。

 政治にしてもしかりです。野田総理大臣は、国会の壇上から「なめんなよ」という言葉を発しました。これは自民党はじめ野党へ言った言葉でありましょうが、私は、国民へ「俺をなめんなよ」と言った言葉だと受け取りました。

 俺がしたい放題するのだからガタガタ云うな、ナメンナヨと言ったのであれば、こういう言葉は使わない方がよろいしのではないかと思います。

 国民は冷静に観察しているのです。

 人物を磨きたければ、まずは『南洲翁遺訓』を日々に繙くことだと思います。

タイトル---功ある者には俸禄を。第1205号 24.04.07(土)

 

 『南洲翁遺訓』一日一言を、稚拙ながら僭越ながら書くことにして、毎日作業を続けています。


 一日一言  功ある者には俸禄を


 官は其の人を選びて之を授け、功ある者には俸禄を以て賞し、之を愛しおくものぞ--(第一章)

 

 「官職というものは、人物をよく選んで授けるべきもので、勲功ある者には俸禄を与えて賞し、これを大事にしなければならない。」


【略解】  幕末の大動乱後、革命的な内戦状態が繰り返され、ようやく大政奉還という新しい国家像を誕生させることとなった。その中心的役割を果たした西郷南洲翁が目指していた政治の根本が表現されているのが、この第一章であると言っても過言ではないと思います。


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〔コメント〕 『南洲翁遺訓』と出会って凡そ30年、空手道場で子供たちに『南洲翁遺訓』を教えだした次第です。それは詩吟道の師匠であった竹下一雄先生が、鹿児島に、中でも谷山の子供たちに『南洲翁遺訓』を広めてくださいと私に言われ、第一章から全部やってください、と懇願されたのでした。私は遺言だったと捉えています。

 当初私は第四、第七、第二十五章だけで、第一章はやっていなかったのです。そは余りにも恐れ多いと感じたからでした。政治経験もない私が、と。


 ところが竹下先生が、全部やってください、と言われてから取り組んだのでした。やってみて第一章からやりだしたのは正解であったと考えています。竹下先生は長谷川先生とは大変懇意にしていました。

 味園さん、『南洲翁遺訓』は西郷隆盛の言々をまとめたものであるが、これは荘内の精神なんだ、と酒を酌み交わしながら私に話したものです。詩吟の弟子も数多くいましたが、『南洲翁遺訓』に興味があるのは私だけでした。

 荘内南洲会の皆様が「西郷先生の遺徳を訪ねる旅」で鹿児島に来た時は、私は竹下先生の後ろに立ち、長谷川先生に挨拶したものでした。

 私が書く『南洲翁遺訓』一日一言は、小野寺先生の『南洲翁遺訓』を学ぶ』を皆様にご紹介しなければならないと思っているからです。

 長谷川先生、小野寺先生は『南洲翁遺訓』を広める先駆者として、それこそ身体を張って取り組んできました。それは正常な国家像を目指してのことなのです。

 薩摩では味園博之・私が身体を張って取り組んでいきたいと考えています。幸い私の道場の師範の門下生たちも必ず実践しますという力づよい意志を表明してくれています。

 先般、『南洲翁遺訓』を新しく編纂するのだとして物議を醸した男がいますが、そのことを渡邊五郎三郎先生にも関係資料を送付しました。渡邊先生は、全体的な調和性も乏しいし、こういうものを相手にする人はいないてしょうと私に返信がありました。味園さんは顕彰会評議員(過去)として筋を通してくださいと檄を書いてくれています。 西郷南洲翁も迷惑がっているでしょうとも書いています。

 世の中には功名をあせる者もいるとは思いますが、こと南洲翁遺訓には何人と雖も手を加えてはならないのです。

 『南洲翁遺訓』は、西郷南洲翁と菅臥牛翁が胸襟を開いて、あべき国家像を語った言葉なのです。そして警視庁の反論に与せず、命に代えて刊行したものなのです。

 渡邊先生は、平成二十三年九月二十四日発行『「西郷南洲手抄言志録」を読む』を致知出版社から出版しています。お求めになられては如何でしょうか。西郷隆盛研究に関しては第一人者なのです。