タイトル---勤・倹・譲。第1200号 24.04.02(月)
寺田一清編『二宮尊徳一日一言』4月1日をご紹介致します。
1日 勤・倹・譲
我が道は勤倹譲の三つにあり。勤とは衣食住になるべき物品を勤めて産出するにあり。倹とは産み出したる物品を費やさざるを云ふ。譲は此の三つを他に及ぼすを云ふ。扨て譲は種々あり。今年の物を来年の為に貯ふるも則ち譲なり。
夫れより子孫に譲ると、親戚朋友に譲ると、郷里に譲ると、国家に譲るなり。其の身その身の分限に依って勤め行ふべし。(夜話続四三)
【略解】 尊徳翁の三本柱「勤・倹・譲」を簡明に説かれたものです。
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〔コメント〕 私自身、郷里にも国家にも譲るものは全くない貧者の生活をしていますが、私の道場に集ってくる子どもたちに、人生の意義を教えることにしています。先ず第一は、人様に対して意地悪をしないこと、暴力を振るわない事、暴言を吐かない事等です。そして贅沢をしないこと、勤勉であること、忠恕の精神であること、物事をやり出したら継続すること等であります。
最近、スピード違反で検挙され収監されている方からお手紙を戴き、援助を求めてきましたので、出来ることはしてあげようと二回返信を出しました。
間もなく73歳になりますが、コメントに書いたことの真逆のことをすると健康と長生きに支障があるということです。ハッキリいえば長生きしないということです。そういう多くの事例をみてきました。
ある方は57歳の頃、会社に出勤した朝、職場で倒れ救急車で運ばれました。80歳過ぎた今までに救急車で5回運ばれました。現在は、自分で動くのがやっとという処です。技術が優れていた優越性をもって、人を罵倒したり見下げたりしていたものです。
ある人は管理職になって請負会社に天下りしましたが、60歳くらいで他界しました。現職時代は毎晩ビールを20本飲んでいました。国技館クラスの体格で、暴飲暴力したい放題で、請負会社の支店長がパトロールで不在になると、すぐ会社を抜け出し酒飲みにいっていました。
仕事に必要なデータは自分で調査をせず、同類の後輩から手に入れて悠々としていました。そして年金も少ししか貰うことなく、旅立ったのでした。
天風論、幸田露伴論その他学問を通じて天の理を説いた碩学の著書を拝読し、自然の理に背いた生き方をした場合の報いが厳然としてあるのだ、ということを痛切に身に染みている昨今です。いわゆる人の道に背かない生き方こそが、人生を謳歌出来るのだ、ということを子どもたちに言い聞かせているのです。
そこに行くと、我が空手道師範仲間の人生に処する態度の清廉な事、勤勉なこと、度量豊かな事、『菊と刀』に象徴される刀剣道を極める生き方、寸分の隙もないほどです。
そいういう師範たちに檄を戴きながら、ホソボソと子どもたちと、『南洲翁遺訓』と空手道の道に邁進している処です。
日本航空を退社し、薩摩川内市に帰ってきた方から、三年ほど前からご親交を賜り、寺田先生をご紹介して戴きました。そしてハガキ道を薦められ取組みだした処でございます。この方は、まさしく人間の生きるお手本と形容できる素晴らしい先生なのでございます。