タイトル---教育とは「人を植える道」。第1188号 24.03.22(木)
前回に引き続いて森信三著『修身教授録』から一部抜粋してご紹介致します。ここでご海容賜りたいのは、大学教育も受けていない、一市井の空手指導者でございますが、私自身、勉強不足の感が否めないため、門下生ともども学んでいる処でございます。その道30年前からでございます。
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---教育とは、結局人間を植えることであり、この現実の大野に、一人びとりの人間を植えこんでいく大行なのです。それがいかに荘厳な事実であることか。それは達識明眼の人でなければ、真の洞察はできないかも知れません。----中略---
今日学校教育だけでは、種子のまきっ放しであって、真に木を植えたことにはならぬのです。それというのも、真に人間を植えるには、有為の少年を選んで、これに正しい読書の道を教え、それによって各々その職分において、一道を開くだけの信念を与えなければならぬからです。---中略---
畢竟するに教育の根本目標が、いかなるところにあるかを知らずに、ただ子どもらのお相手教育をもって、能事畢れりと考えているからであります。
されば諸君らは、すべからく活眼を開いて、自分らの行く手を大観して、任重くして道の遠きを知ると共に、翻って自ら深く、養い蓄える覚悟をしなければならぬと思うのです。
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〔コメント〕 学校の先生方の教育は、真の教育ではなく、闘争の為の教育のような気がしてならないのです。君が代、国旗掲揚問題しかり--。権力者にどんなに虐げられても、国民を味方につけた真の教育をすれば、たちどころに思いを遂げることは出来るのに、と思えてならないのです。頭がよくても、賢さがないと思えてならないのです。