タイトル---因果応報。第1175号 24.03.08(木)

 先般、荘内の皆様が来訪された時、お越し戴きました寺田一清先生のご著書『二宮尊徳一日一言』を注文しましたら、昨日届きました。

 当該著書の3月8日の処をご紹介致します。


 8日 因果応報


 善悪必ず報応あり。父租善を為し、子孫福を愛く。猶お春種の秋収あるがごとし。而して其の善大なれば則ち其の報長く、其善なれば則ち其の報短し。(語録六三)


【略解】 易経に「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」と。

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〔コメント〕 漢籍を繙けばこういう訓戒は数多あります。でも、積善を積んでも、何時余慶があるのか目に見えないから、人は信じなくなるのでしょう。それと呼応してくだらないテレビなどに翻弄されている向きもあるように思います。


 会社に勤務していた頃、同僚が交通事故に遭遇しました。昭和44年4月4日、夕刻4時44分のことでした。それを聞いて、会社にある提案をしました。ところが唯物史観に洗脳されている係の方々は一笑にふしました。


 ただ目前の物だけしか分からない、目に入らないとしたら何と大きな損失を被ることでしょう。

 人間は、宇宙の自然界に同居しているのだと思います。ビクビクする必要はありませんが、一応は耳をそばだたせて聞いて見て、参考になる部分は取り上げてもいいのではないでしょうか。

 宇宙の真理の声が聞こえてくる、と言っている天風師はなんと仰るでしょう。


 要は、傲慢でなく、謙虚に、真摯に、勤勉に、継続的に、諦めずに努力し続ける人が、勝利の栄冠を勝ち取ることが出来るということなのかも知れません。

タイトル---荘内南洲会旅行団の皆様、ご苦労様でした。第1171号 24.03.5(月)


 第27次 西郷先生の遺徳を訪ねる旅、荘内南洲会旅行団の皆様、3泊4日のご旅行、ご苦労様でした。31名の内、半分以上が初めての鹿児島であったかも知れませんね。

 最初の旅行地では北九州の古川文子先生が、親切に、丁寧に、詳細に、説明してくれたと会話している処を、横で伺いました。嬉しく存じました。


 昨年、古川文子先生が、3人で鹿児島に行くから、少し案内をしてくれませんか、と荘内南洲会阿曾事務長様に依頼され、大坪師範と二人で、真心込めた資料を作成し、ご案内したのでした。そういうこともあり、古川先生は、今度は私が最初の旅行地はご案内します、ということでした。


 鹿児島の交流会も賑々しく開催でき、安堵している処でございます。凡そひと月、資料つくり、看板づくり等々、誠心誠意取り組んで参りました。何事も徹底しないと気が済まない性格ですので、喜んで、忙しい中に身をおいているのでございます。

 連日、終日、ブログを書き、漢籍を繙き、筆写し、と精力的に取り組んでいる日々でございます。そして周に2回、背中に15キロ、片足に4キロを装着し、山間部を歩いています。その時は自分で録音した、天風師、安岡先生、森信三先生らの書籍を聴きながら歩いているのです。


 両方の式典に参加されました寺田一清先生も、私同様の多忙な日々を送っておられると思います。だから、寺田先生も私も元気なのです。

 人間、ややもすると楽な方に行きがちです。そうすると身体(肉体)も緊張が薄れ、精神も弛緩し、生命力を縮めることになるのです。

 そのことは、中村天風師も、安岡正篤先生も、幸田露伴も、著書の中で同様に説いています。露伴は『努力論』で、「全気では病気などはなかなか出て来ぬ」と書いています。同感です。


 二度とない人生です。建設的に、前向きに、人生に挑みたいものです。そのことが健康で長生きにつながるのです。

 震災の瓦礫処理などについても、来る前から心配しています。俺は病気にはならないんだ、という強い精神力・信念があれば怖くはないのです。そうありたいものだと思います。

 『南洲翁遺訓』刊行の地荘内の皆様が、今回の旅行を通じて、お喜び戴いたと思い、鹿児島での任を担当した責任者として、衷心より感謝申し上げます。


 この度はご苦労さまでした。ありがとうございました。無事に帰り着いたと阿曾先生から電話があり、共に嬉しく存じました。


タイトル---神の試練・神の恩寵。第1168号 24.03.1(木)

 

 昨日に引き続き寺田一清先生のご著書よりご紹介します。寺田清一『心眼に生きる』という本です。昨日は、寺田一清先生と書きましたが、以前は「清一」となっていたそうです。

 京都大学名誉教授であられた森信三先生のご著書も二十年前拝読し心を洗われる思いがしましたが、寺田先生のご著書も同様の感慨がございます。このブログをお読みになられた方もお求めになり、是非読んでください。


 神の試練・神の恩寵


 逆境に処する態度として、森先生の語録に、「逆境は。神の恩寵的試練なり」とあります。これまた幾多の辛酸苦労を味わいつくされた先生にして言い得る名言と思われます。また、

「絶対不可避なる事は、即絶対必然にして、これ天意なりと心得べし」とあります。「わが身にふりかかる事は、すべてこれ天意」と受け容れ、肯定・肯定・絶対肯定するより他に道なきを、通身徹骨、教えられるものです。

 かつて、私は、田村一二先生にお会いすべく、重度精薄施設の「一麦寮」をお訪ねしたことがあります。その時、玄関にある、大額の文字に思わず眼をみはり、これを書きとどめて帰ってきたことがあります。


「わるくちをいわれても いじわるをされても まけないで こころを ひろげて いこうではないか じがよめなくても かんじょうができなくても がんばって てあしをつかって いこうではないか やりそこなっても へたなことをしても なんべんもやりなおしていこうではないか  おおば」

 とありました。まったく一見、稚拙な書体でありますが、全体的によくまとまり、おおば君の気持ちが、実によく現わされてあきのこないすばらしい字を、しみじみとながめたものでした。


 

 寺田先生をご紹介してくれたのは、薩摩川内市に住む松田勝美先生です。松田先生が東京在住の時、勉強会を八年間続けたそうです。その時、寺田先生は一回も休むことなく、勉強会に通い続けたそうです。


 寺田先生のご著書を拝読して、またまた心が洗われる思いがする今日この頃です。

 お子様をお持ちの方は、寺田先生みたいに謙虚な日々を過ごされてはどうでしょう。その事が、お子様の幸せにつながるのです。

 『南洲翁遺訓』を学び、漢籍を繙き、幸田露伴を繙き、ようやく真理が理解できる世界にたどりつきました。

 若い時は、プレイボーイの同窓生が、会社の先輩がそそのかす、大人の薄汚れた世界しか知りませんでしたが、空手道場建設と当時に始めた『南洲翁遺訓』の学修によって、真の人生が、世の中が見えるようになりました。

 保護者の方は、急がず、ゆっくりと子育てをしてください。


 今朝のテレビで、若い人々が日本の現状に絶望して、国を捨て外国での移住をするため、旅立つのだと報道されました。それが、真の幸せにつながるのであろうか、と首を傾げた次第です。よかれと思って行った先が、日本より悪かったとした場合、子供さんにどう釈明するのでしょう。

 天風師がいたら、どういうでしょう。

 どういう世の中になっても、力強く生き抜く、ことだと私は思います。

タイトル---昨日の道場風景。第1163号 24.02.26(日)

 

 昨日は29名での空手道修行でした。来週の土曜日に向けて稽古等々、盤石の態勢で臨むべく取り組んでいます。そうは言っても相手は幼児たちのこと、思うに任せないこともあります。それでも、遠い将来へ向けて夢を馳せ、通ってきてくれる門下生諸君に深甚の敬意を表しています。

 

 荘内南洲会の皆様をお迎えするため、門下生の座席を造らなければなりませんので、大坪先生とヤグラの組み立てをしました。二年ぶりに組立るのに、戸惑いもありましたが、こういう作業に取り組むのも、身体のためにはいいことだと思います。

 昔、電電で土方まがいの仕事をしてきたお蔭で、手先が鍛えられ仕事が順調に行きました。大坪師範とは50年間連れ添った男夫婦みたいなものだから、呼吸がピタッと合い、作業効率がスムーズでした。


 因みに、荘内南洲会会館の二階に掛け軸が保存されている倉庫は、長谷川先生と小野寺先生が作ったというのをお聞きしたことがあります。人間、どんな仕事もいとわず、前向きに取り組んでもらいたいものだと思います。これは議員の方たちへの提言です。とにかく議員という集団は性質が悪いと専らの評判です。歳費の無駄遣いにしても。


 私は連日・終日、荘内南洲会の皆様をお迎えするための資料づくりにキリキリマイをしています。お蔭で風邪をひく暇がないくらいです。とにかく体当たり人生が健康で長生きの秘訣だ、とは天風師の言葉です。そういう人生を私は歩いてきました。天風の言葉に同感です。



 <あはれ、此の国の/怖るべく且つ醜き/議会の心理を知らずして、/衆議員の建物を見上ぐる勿れ>。1915年(大正4年)の読売新聞日曜版に「駄獣の群」と題した辛辣な国会批判の詩が載っている◆作者は、小社の一員だった与謝野晶子。<彼等を選挙したるは誰か>と、当時、選挙権のなかった「平民」や女性の怒りが50行の長詩に込められている◆その内容が100年近く後の今でも結構あてはまるところに、情けなくも驚く。<此処に在る者は/民衆を代表せずして/私党を樹て><公論の代りに/私語と怒号と罵声とを交換す>。現代の選良たちは、先達も同じレベルだったと胸をなで下ろすのだろうか。嗚呼---◆立派な議員も多数存じ上げているので、駄獣とまで呼ぶつもりはないが、必要と分かっている社会保障改革や消費税の議論など、もっと建設的に進められないものでしょうか◆と嘆いてみても、今は成人全員が有権者、<彼等を選挙したるは誰か>と問えば、自分に返ってくる話だ。戦前は政治家が信頼を失い、とんでもないことになった。2月26日は歴史を顧みつつ余計な心配が募る。(平成24年2月26日、読売新聞)


 与謝野晶子の曾孫・衆議院氏はこれをどう読むだろうか。政治節操のない自分を恥じる良心があるだろうか。そして野党時代は解散をせよ、解散をせよと迫っていた民主党・責任者らはどう読むだろうか。

 思うに将来を展望した政策でなければならないと思うのです。だから私は、学校教育でやらない『南洲翁遺訓』の精神を青少年の心魂に植え付けるべく、ささやかな取り組みをしているのです。

タイトル--『菜根譚』51.第1159号 24.02.22(水)


〈我、人に功あらば念(おも)うべからず。而して過(あやまち)は則ち念わざるべからず。人、我に恩あらば忘るべからず、而して怨みは則ち忘れざるべからず。〉


〔訳文〕 自分が人に対して功労があったとしても、その報いを得たいと思って、そのことを心に留めておいてはならない。しかし、人にかけた迷惑ならば、必ず償うことを思って、そのことを心に留めておかなければならない。また、人が自分に対して恩恵を与えてくれたならば、その恩返しのことを思って、そのことを忘れてはならない。しかし、人に対する怨みならば、必ず心に留めておかずに、きれいさっぱりと忘れ去ってしまわねばならない。


〔コメント〕 訳文の精神的行為は、建設的で前向きであると言っていいでしょう。人様にガタガタ言うのは、そこに良い結果は生まれないでありましょう。言われた人は良い気持ちはしないからです。


 昨夜も、そして半年くらい前も、異常事態が発生しました。私は道場で子供たちのお世話を献身的にしています。多分、私ほど真面目な空手指導者はいないであろうと自負しています。それは代償を求めるとか、感謝して貰いたいなどという気持ちはさらさらないのです。

 何もわからない、子供たちちの為に精魂込めて尽くすだけ、ただそれだけです。尤も廉価な会費は戴いています


 南洲翁遺訓と出会打ってから色々な漢籍を繙いてきました。そこには中村天風師が説く、宇宙の論理があります。天風論と同じなのです。これを子供たちに教えて、まちがいのない人生を活きて欲しいと、ただそれだけです。


 『南洲翁遺訓』刊行のとき、荘内藩の赤沢源也先生は、命に代えて警視庁と談判したのでした。そして現理事長の小野寺先生も、命に代えて『南洲翁遺訓』の精神を踏襲しているのです。たまには功名をあせる男もいますが、それらは天が正確に観ているのです。

 私の異常事態を踏まえ、『南洲翁遺訓』の精神を踏み間違えるととんでもないことが起るのだもということを実感した次第でした。まじめに参りたいものです。