タイトル---真理瞑想行について。第1156号 24.02.18(土)
第1155号に続きます。
〈悟りというのは、自分の心が真理を感じたときの心の状態をいうのである。したがって、真理を、自分の努力で自分の心で感じるのも、人の悟りを耳から聞いて自分の心に受け入れるのも、受け入れ方に相違があるだけである。受け取ってしまえばその結果は同じである。真理を受け入れるときの心の態度が、悟りを開く上に密接な関係があるからこそ、安定打坐で心をきれいにさせているのである。
本来人間は、改めて真理をいろいろ説き聞かされるまでもなく、この世に生まれ出た時から、絶えず真理に接し、真理の中で生きているのである。しかし、ちょうど魚が水の中で生きていながらそれを知らないのと同様に、真理の中にいながら、この真理をなかなか自覚することができないのは、要するに心の中に雑念妄念があるためであり、本当に心が清い状態であれば、真理はすぐに発見できる。ちょうど頭の上から帽子をかぶせられているように、きれいな心の上に雑念妄念がおおいかぶさっているために、真理の中に生きていながらその真理を悟ることができない。〉
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何回か読みましたが、こうして書いてみると理解度がよりますような気が致します。天風師の教えは、いくらやりすぎても損失を被るということはありません。こういうことを書くと天風会の人に怒られるかもしれませんが。
最近、あるタレントが霊能者に騙されたとかのテレビ報道がありますが、そういう心配は全くないのです。是非、天風師の本をお求めになり、読まれることをお薦め致します。