タイトル----政府は国民の名代。第1282号 24.6.22(金)


 今朝の学問館は3名で学びました。暁に学ぶ学問は過去経験しなかった感慨一入の感がございます。お蔭でくだらないテレビを見なくなり極めて爽快です。標題は『学問のすすめ』に出てくる言葉であります。一部引いてみます。


  学問のすすめ 六編


   国法の貴きを論ず


 政府は国民の名代にて、国民の思うところに従い事をなすものなり。----

----国民は政府と約束して政令の権柄を政府に任せたる者なれば---


 とあります。まさしくそうだと思います。ところが政府を預かる諸氏は、謳いあげた改革はせずして、民を虐げる苛斂誅求の策を強引におしすすめようとしています。


 政党を創っては壊しをくりかえしてきた御仁は、離党届を集めたやにインターネット掲示板には報道されています。


 このまま何もしないで増税路線を突き進めば、破壊党の責任者は未来永劫その汚名を着ることになるであろうと思います。そこで提案です。今、一番括目されている市長様と組み、国民を助ける政策を執れば、最後のご奉公としてその名誉は輝くことになると確信します。

 裕福な方より貧しい人が多数を占めているのです。国民の為の国民による政治を期待しています。

 『学問のすすめ』も、国の横暴を戒めています。拙歌を。



  政府とは国民名代なる筈に 

       増税するは天許すまじ


 政令の権柄政府任せたと 

       言えど増税これは許さぬ


 絜矩なる道を行う能わずば 

       人心離れ国亡ぶなり


 絜矩とは忠恕と同じおもいやり 

       国守るのが天の大命


 

 

タイトル---二種の苦労人。第1277号 24.06.17(日)


 今朝の学問館では「二種の苦労人」を学びました。曰く、苦労したために、人の苦しみに対して同情心を持つようになる場合と、反対に苦労したために、かえってえぐくなる場合とがあるようです。----

 かくして人間は、その人の生まれつき、すなわち先天的な素質と、道または教えと、もう一つ人生の苦労というこの三つは、人間のでき上がるうえに、欠くべからざる三大要素といえましょう。

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拙歌を。

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 人創る三大要素その素質 

         道また教え人生の苦労

 平素から種蒔きあれば逆境に 

         出会えど上手く処理できるなり

 身に興る痛み煩悶天の声 

         道理踏まえて努力修養

 

タイトル---真の修業とは。第1274号 24.06.14(木)


 昨日に引き続いて『修身教授録』より、引いてみます。


〈----真の修業とは、つねに限りなく求めることの外ないのです。すなわち自己に与えられた生命の限りを、とこまでも生かそうとすることです。〉

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〔コメント〕 分かり切ったことなのですが、これが出来ないというのは自らを信じていない証拠でもあろうかと思います。

 学歴もない、能力もない私ですが、読んで、筆写して、録音して、聞いてと繰り返してきました。現在も実践しています。楽しくて楽しくてならないのです。凡愚な自分の変貌ぶりにです。

 今朝の学問館も3人でした。今朝から『菜根譚』も学び始めました。20数年前からこれも肌身離さず持ち歩いて、本はボロホロです。

 今朝学んだ修身教授録に、真の人間を創るなら学校教育を終えてからである、と書いていますが、同感です。学校教育というのはホンの入り口に過ぎないのです。拙歌を。


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  一国の文明政府人民が 

        共に労して奏功を見る


 修養を積みて克己の日々重ね 

        学問修め人生挑む


 その家を斉(ととの)えその身修むるは 

      己が一家の本なればなり


 学校の教育などは人生の 

     ホンの入り口いろはのいなり


 限りなく求め続けて実践を 

        する修業が真のものなり



タイトル---真の文明とは。第1272号 24.06.12(火)

 

小野寺時雄著『南洲翁遺訓』よりご紹介致します。


 真の文明とは(安岡正篤先生の教えより)


 「国家が文明であるとは。皆んなが暮らしておれば良いと、それだけで満足して国を作ることは文明ではない。国は少なくとも国を維持するだけのものであってはならない。それ以上の存在であることを願うべきである。まさに南洲先生喝破の通りである」とある。また、


〈文明とは、道の普く行わるるを賛称せる言にして---〉「文明ということは、道に叶ったことが世に広く行われることを称えて言う言葉であって---」とあります。


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〔コメント〕 国会が大変なせめぎ合いの中で、右往左往しています。原発問題もさることながら、特に消費税問題の議論も華やかです。何時の時代もそうですが、国民すべてが了とすることはないでありましょう。

 でも官僚たちの苛斂誅求はこのままでいいのでしょうか。若者は仕事はなし、勿論金もなし、そして文化の恩恵に浸りながらも幸せ感のない一般国民。

 官僚独特の知恵を工夫して法律を創りかえては、またゾロ元の木阿弥。お互い天の理を踏まえ、良識・見識を駆使して次代を展望した施策を講じないと、人為と自然とに大変な攻撃を受けるでしょう。

 『南洲翁遺訓』をお読みになりませんか。『学問のすすめ』をお読みになりませんか。『貞観政要』をお読みになりませんか。これをともにすれば健康と長生きにつながると思います。頑張りましょう。


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 今日の学問館も大変有意義でした。拙歌を。

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 学問の道へ行けよと余は勧む 

    これ『学問のすすめ』なるなり

 

 内面に独立気概無き者は 

    胆抜かれ立つ能わざるなり

 

 小人よ己れ欺き益無しと 

     諭し君子は独り慎む



タイトル---独立の気力なき者、悪事をなす。第1269号 24.06.9(土)

 

 『学問のすすめ』、第三条 独立の気力なき者は、人に依頼して悪事をなすことあり、とあります。続いて引いてみます。


〈--故に人民に独立気力なきは、その取扱いに便利などとして油断すべからず。禍は思わぬところに起こるものなり。国民に独立の気力愈々少なければ、国を売るの禍もまた随って益々大なるべし。即ち、この条の初に言える、人に依頼して悪事をなすとはこの事なり。〉

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〔コメント〕 『学問のすすめ』を久しぶりに学問館で学び始めて、すばらしさに感動しています。今の時代、戦争を好むものは先ずいないでしょうが、守りはしなければなりません。個人の家の戸締りと同じことですから。

 上の字句に「国を売るの禍」もとありますが、現政権の偉い方が尖閣は中国にくれてやってもいいと言ったと週刊誌で報道されたことがありましたが、この男、気力ある男なのでしょうか。外国の方々に対して失礼があってはなりませんが、傍若無人に対しては断固たる気概で臨まなければならないのです。有権者は為政者に対してその辺も、日常的に監視しなければならないのです。バラマキは一見親切のように思えますが、国家崩壊へと行くような気がするのです。


拙歌を。


  報国の大義なりとはこれ何か 

    一命捨てても惜しむに足らず  『学問のすすめ』より


  度量ある伯夷叔斉人を容れ  

         果てし御身は史に輝けり