タイトル---喜声腹より出ず。第1332号 24.8.015(水)


 寺田一清編『二宮尊徳一日一言』、8月15日をご紹介します。

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喜声腹より出ず。

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 腹より出ずる者は喜声なり。背より出ずる者は悲声なり。世の商議する者悲声を発すれば、則ち事ならず。喜声を発すれば則ち事成る。鶏難に遇えば、則ち悲声を発す。是れ背より出づるなり。時を報ずるは、則ち喜声を発す。是れ腹より出づるなり。(語録三一七)

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【略解】 鶏の声を通して声は腹から出すべしと教えられる。

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〔コメント〕 ある人に二宮尊徳翁のことを話したら、銅像が次々壊されているということを伺いました。これは大変なことになります。天の理を訓戒していることを知らないとはいうものの、してはならないことだと思います。天の理を踏みにじる人々には、やがて大きな鉄槌が降るでしょう。目に見える現象世界だけを追い求める現政権の方々も、そのうち鉄槌が降るということを言った方がおられました。

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徳望を己に修めこれを推し 

      和の道進む拳人の館 1102

礼の道秩序定めて厳格に 

      あれば心が通い合うなり 1103

高貴なる魂は己の運命と 

      人の運命左右さるなし 1100


タイトル---苗にして秀でざる者あるかな。第1329号 24.8.11(土)


 子曰く、苗にして秀でざる者あるかな。秀でて実らざる者あるかな。(『論語』子罕) 226


 この言葉は、人を励まして学に進み必ず成るという自信を持たせるために発した言葉であります。

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〔コメント〕 解説では、学んでも人格を完成させることのできない者に喩えたというのが通説なのですが、人格の完成なんてありうる筈がないと思います。人格の形成が全うな解釈でしょう。

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学びても形に見えぬ人格が  

            年輪重ぬうちに顕る  1082

川流は道の窮まりなきごとく 

             人も学べよ途絶える間なく 1077

 (川の流れは途絶える間がありません。孔子は川の上にいて、水の流れを見て感じて逝く者は斯のこ゜ときか、といいましたが、私は学問を途絶えさせてはならないと詠みました。)

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 今朝の学問館で第124回となりました。学歴・能力もない場末の大人の遊びにも似た学問館ですが、やっている者は真剣そのものです。

 今朝は吉野分校からも馳せ参じてくださいました。小学一年女児が南洲翁遺訓第一章、二十一章を本を両手で持ちながら、それを見ないで堂々と発表する姿に胸打たれる思いでした。


タイトル---克己の道。第1324号 24.8.7(火)


 寺田一清篇『二宮尊徳一日一言』より8月2日をご紹介します。


 克己の道


 論語に己れに克て礼に復れと教えたるも、佛にては見性といひ、悟道といひ、転迷と云ふ。皆これ私を取り捨つるの修行なり。この私の一物を取捨つる時は、万物不生不減不滅の道理も又明らかに見ゆるなり。此の如く明白なる世界なれども、この己を中間に置きて彼と是とを隔つる時は、直ぐその座に特質損益増減生滅等の種々無量の境界現出するなり。恐るべし。

                                     (夜話続四二)

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 昨日、小学五年生・海江田愛美さんから短歌をメール送信して戴きました。紹介します。

 二首とも『森信三のことば』を読んで短歌を詠んでくださったものです。小学生がこういう短歌を詠むなんて信じて戴けますか。

 南洲翁遺訓は難しいから、ああいう勉強は今は役に立たないよと思っておられる保護者がいるとしたら、大変悲しい寂しいことです。訳が分からなくても、親がわからなくても子供は閃いてくるのです。

 海江田さんの足跡を、是非、注視していてください。関心を示さない子供には無理には申していません。興味を持てば、親が想像する以上の成果が出てくるのです。



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人間は 小労多益をもとめるが 

          心がけるは多労小益

礼をするそれが相手につたわれば 

          心に溜まることは大きい





タイトル---日本を思う。第1321号 24.8.4(土)

   

 日本を思う


おもへただ、から学びする人とても

    我身をめぐむこの日の本を

                  (二宮翁道歌)

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【略解】 これは儒教や佛道その外、すべて外国の学問をする人々は、ややもすればわが日本の国の神道をうとんじ、わが国体の尊さを忘れがちだが、それでは真の学問のあり方ではないと戒められました。(寺田一静編『二宮尊徳一日一言』、7月23日)

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 編者、寺田先生仰せのとおりだと存じます。天は、それぞれの国に、その国民がよって立つ物を与え給うたと思うのです。

 それぞれに心ある方が、学問に目覚め、研究開発することは意義がある訳ですが、地球資源と地球生命を無視した進化は天の警告を受けることでしょう。

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 今朝の学問館は吉野分校からもお見えくださり9名で学修しました。意義ある勉強会でした。拙歌を。

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真実に自分で自分を修む人 

        覚悟根本打ち立てること 1021


タイトル---敵との交際。第1318号 24.7.31(火)

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 大変暑い日々です。暑中お見舞い申し上げます。今日の学問館で113回になりました。幸福論の一部をご紹介致します。

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 敵との交際。


つきあってみて決して愉快ではないがしかし最も有益なものは、おそらく敵との交際である。そのわけは、単に、今は敵でも将来は友となる場合がよくあるから、というだけではない。何よりもまず、敵によって最も多く自分自身の欠陥があからさまに開示され、それを改めようという強い刺激が与えられるからであり、また総じて敵は、大局から見て、人間の弱点について最も正しい判断を持っているからである。(『幸福論』頁139)

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〔コメント〕 一応は納得できる論理ではある。だが、日常的に自分を客観的に監視する訓練が必要であると思います。敵と雖も、人を詠む能力に欠けた人は多いのです。

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短歌の紹介。

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一歩ずつ小さな一歩を土台とし  

     立派な人間その土固め

 (『修身教授録』読書より/中島瑠果・中学一年)。

 中学一年生で修身教授録を個人用として持っているのはこの方だけではないかと思います。南洲翁遺訓を終日読み続けた方です。

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夏休みべんきょうすればたのしいな 

     ぼくはしょうらい大きくなるよ

 (小学一年・こばまなと/今朝の学問館にきてくださいました。) 

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野心とか大望いうは自分のみ 

     名を上げ位置を手にいれること  957

 (大義名分のない私心欲にあるのは、天も人も心から認知しないと聞いたことがあります。)

真の志は二度ない人生甲斐あるは 

     世の為人のためでなければ 958

 (957、958 は修身教授録を拝読しまとめた短歌であります。学問館を初めてから創作した和歌が952首、そのうち修身教授録を読んでの和歌は 323首となりました。極めて稚拙なものではあるかと思いますが、今時の少年・青年たちに強烈なインパクトを与える筈だと自負致しています。教職員の方々は、何故、国民を敵にまわすようなことをするのでしょうか。)