タイトル---小人に対しては『菜根譚』。第1121号 24.01.20(金)

 

 『菜根譚』 36

〈小人を待つは、厳に難(かた)からずして悪(にく)まざるに難し。君子を待つは、恭に難からずして礼あるに難し。〉


〔訳文〕 小人に対しては、(その欠点短所を責めて)、いくらでも厳しくすることはたやすいが、それによってその人まで憎みやすいので、その人を憎まないという点がむずかしい。(これに反して)、君子に対しては、(その美点長所を尊敬して)、へりくだって恭しくすることはたやすいが、過不及の無いように礼を尽くすという点がむずかしい。


〔コメント〕 経験の浅い人には、参考になる部分はあると思います。対応技術は、その人その人の持ち味でもあるでしょう。

 私の処に空手道の稽古に来る子供たちは、まだ訳が分からない子供たちですから、小人の部類に入るのかも知れません。

 私は30数年前から南洲神社での勉強会に行きだしました。そこに集まる方々は私から見たら、功成り名遂げた君子ばかりだと思っていました。年齢が40歳も上の方もいました。学校長、教育長という要職を歴任した方々でしたから。

 私は、上の解説にある「へりくだって恭しくする」ことはありませんでしたが、堂々と胸を張り、誠心誠意耳を傾け、真心こめてご挨拶し、おつきあいして参りました。

 平井先生宅に伺えば、鹿児島の教育界で名を馳せた先生方が度々来ていたものです。その先生方に私を紹介する時平井先生は、この方は「徳のある方」でですね、と紹介したものです。回想して有難い紹介であったのだ、と感謝の念で一杯です。

 でも私は、道場に集う子供たちにも、返事は「ハイ」ということにしています。小人に対しても、君子に対しても差別をしたことはないつもりです。それがいいのではないかと思うのですが。

タイトル---人情は反復し『菜根譚』35。第1120号 24.01.19(木)


 『菜根譚』 35

〈人情は反復し、世路は崎嶇(きく)たり。行き去られざる処は、(すべか)らく一歩を退くるの法を知るべし。行き得(え)去る処は、務めて三分を譲るの功を加うべし。〉


〔訳文〕 人情は掌を返すように変りやすく、人生の行路はまことに険しい。(そこで人に譲る心掛けが必要になる)。たやすく通れない小路にさしかかったら、まず自分の方から一歩を退いて他人を先に行かせるようにするがよい。

 また、楽に通れるところでも、つとめて十分(ぶ)のうち三分は他人に譲る工夫を積むようにするがよい。(たやすく通れないところでは一歩、たやすく通れるところでは三分という。たやすくないところでは、その一歩を争っているがためであり、たやすいところでは争わないからであるが、人に譲るという心掛けの点では少しも変わらない。)


〔コメント〕 要は人様との争いをしない方がいいということである。であれば、相手に名誉を与えて譲歩させる方が科学的だと思うがどうでしょう。

 『南洲翁遺訓』の訓戒を励行すれば、より賢明な人生行路が展望できると思います。

タイトル----利欲の心『菜根譚』。第1118号 24.01.17(火)


〈利欲は未だ尽(ことごと)くは害せざれども、意見は乃(すなわ)ち心を害するの蟊賊(ぼうぞく)なり。声色は未だ必ずしも道を障(ささ)えざれども、聡明は乃ち道を障うるの藩屏(はんべい)なり。〉


〔訳文〕 利欲の心は、まだことごとくは本心を害するものではないが、それよりもかえって我意我見の方が、本心をむしばむ害虫である。また、愛欲の心は、まだ必ずしも道に入る邪魔となるとは限らないが、それよりもかえって小ざかしく聡明ぶる方が、道に入るのを妨げる障害物である。


〔コメント〕 「我意我見」という言葉を見て、30年位前のことを思い出しました。拙著『礼節のすすめ』に登場してくる、元指宿電報電話局長・愛甲進氏から聞いたことであります。

 当時、鹿児島電気通信部会計係長をし、そして労働組合委員長をしていた吉田(仮名)氏が、指宿局の労働組合をそそのかして団体交渉で一悶着したことがありました。私は電気通信部労働組合の執行委員をしていました。


 吉田は指宿の組合員をそそのかしておいて争議を起こさせた後、愛甲局長に何か問題があるらしいですね、私が鎮静化して上げましょうか、と電話してきたというのです。

 老練な愛甲氏は指宿の執行委員らにいろいろ聞いたところ、吉田の指図による労働争議だということが判明したのです。その手のことには卓越していた愛甲氏は何もおどろくことはなかったのですが、陰険な委員長の顔が浮かんで参ります。その吉田は加世田電話局でも我意我見でおしまくったので、組合員から総スカンを食ったのでした。

 人を陥れ、自分はほくそ笑んでいる人間、天はしかとこの男だった、と見ているのです。

タイトル----功名を立て富貴を願うのは『菜根譚』。第1117号 24.01.16(月)


『菜根譚』 33

〈功名富貴の心を放ち得下(えくだ)して、便(すなわ)ち凡を脱すべし。道徳仁義の心を放ち得下して、纔(わずか)に聖に入るべし。〉


〔訳文〕 功名を立て富貴を願うのは人情であるが、その心を放下してしまえば、初めて凡俗の域を脱することが出来る。(功名富貴に捉われては、それ以上に貴いものが人生にあることを見失ってしまうからである)。

 同様に、道徳仁義の心を放下してしまえば、それでこそ真に聖人の域に入ることができる。(道徳仁義に捉われては、融通の利かない人間になり、悠々として自適する達人とはなれないからである)。


〔コメント〕 ここは『老子』第38章を参考にしたものでしょう。第38章をご紹介します。

〈上徳は徳とせず。是を以て徳有り。下徳は徳を失わず。是を以て徳なし。〉

【意訳】 上徳すなわち最上の徳は、徳を実行しても自分自身はそれを意識しない。それが真の徳である。これに反して、下徳すなわち下級の徳は、僅かな徳でも、それを実行すると、いつまでも忘れることがない。従って真の徳がないのである。


上徳は為すこと無くして、以て為にすること無し。下徳は之を為して、以て為にすること有り。〉

【意訳】 上徳は人為を用いてなすことがなく、且つ又、その為した行いを何かのために利用しようという考えがない。これに対して下徳は、人為を用いて事を為し、且つ又、これを何かに利用しようとしている。


上仁は之を為して、以て為にすることなし。上義は之を為して、以て為にすること有り。〉

【意訳】 上仁は人為を用いて事を為すが、それを何かに利用しようとすることがない。上義は人為を用いて用いて事を為し、且つ又、それを何かに利用しようとする。


上禮は之を為して、之に應ずること莫ければ、則ち臂(ひじ)をかかげ攘(かか)げて之れにつく。〉

【意訳】 上礼は人為を用いて事を為し、それを利用するばかりでなく、更に相手がこちらに応えて返礼するところがないと、直ちに喧嘩腰となり、腕まくりして相手に迫って行くのである。(『老子の講義 諸橋轍次著』参考)


〔コメント〕 「人様のために誠心誠意尽くした場合とそうでない場合」とを書いているわけですが、その人その人の心の問題でしょう。

 私の場合、子供たちに『南洲翁遺訓』他漢籍の言葉を精魂こめて紹介して、人の道に反しない生き方をしようではありませんか、と呼びかけています。これが「徳」の部類に入るかどうかはわからないが、お蔭で元気を戴いています。それでいいのではないでしょうか。


 昔、同じ会社で仕事をしていた御仁が私に近づき、『南洲翁遺訓』を教え、それに免状をあたえ金儲けをしようと言ってきた人がいました。私が乗らなかったものだから、こなくなりましたが。金にめざとい方でした。

 『南洲翁遺訓』改竄を試みた御仁は、「徳」のどの部類に入るのでしょう。

タイトル---低きに居りて後『菜根譚』。第1115号 24.01.14(土)


 『菜根譚』 32

〈卑(ひく)きに居りて後、高きに登るの危きたるを知る。晦(くら)きに処(お)りて後、明るきに向かうの太(はなは)だ露(あらわ)れるを知る。静を守りて後、動を好むの労に過ぐるを知る。黙を養いて後、言多きの躁たるを知る。


〔訳文〕 低いところに安んじていると、初めて、高いところへ登ることが、いかに危険であるかがわかる。また、暗いところに慣れると、初めて、明るいところへ出ることが、あまりあらわれすぎることがわかる。(これと同じ道理で)、静虚をあつく守っていると、初めて、世俗的な活躍ばかりを好むのは、ついには徒労にすぎないことがわかる。また、寡黙を養い守っていると、初めて、多弁が、いかにさわがしく無駄なことであるかがわかる。


〔コメント〕 私のこのブログを何人の方が見てくださっているでしょう。これは私の教えではないのです。洪自誠が書いたとされる『菜根譚』(岩波文庫)をご紹介しているのです。私は『南洲翁遺訓』との出会いをきっかけに漢籍等々を購入し学びはじめました。子育てをされている方は是非興味を示してください。私が好きな書は『論語』『大学』『中庸』『禅とは何か』『古典の叡智』『言志四録』等々です。これらの本は常時30年間持ち歩いています。そしていつでも、開いて読んでいます。だからバス停などでいくら待たされても何も構わないのです。それは読書が出来るからです。『南洲翁遺訓』を敢えて書かないのは、それは分身だと思っているからです。


 子供を強く正しく、そして聡明に育てたいと思う人は、古典を読んでください。そして幸せな人生を歩きたい方は、活眼し善い政治家を選んでください。貴方の決断がこの世を代えてくれるのです。現政権はバラマキをするから駄目だとはっきりわかりました。こういうことをすると人々は働かなくなるのです。


 例えばの話。橋下市長みたいな人に、国家予算を組み替えさせたら30兆円は無駄として出てくるでしょう。消費税に反対している民主党の偉い方は、自分ではもの凄い金を蓄えているようです。文芸春秋を購入して読んでください。

 庶民の力が政治をよくするのです。お笑いもいい、サッカーもいい、野球もいい。それよりか、貴方が主人公になってくたたさい。勉強してください。