タイトル---富貴の家は『菜根譚』。第1114号 24.01.13(木)


 『菜根譚』 31

〈富貴の家は、宜しく寛厚なるべくして返って忌刻なり。これ富貴にしてその行を貧賤にするなり。如何ぞよく享けん。聡明の人は、宜しく斂蔵(れんぞう)すべくして返って炫耀(げんよう)す。これ聡明にしてその病(へい)愚懵(ぐもう)にするなり。如何ぞ敗れざらん。〉


〔訳文〕 金持ちで地位の高い人は、当然、おっとりとしとて手厚いはずであるのに、かえって猜疑心が強く無慈悲である。これは物質的には富貴であっても、精神的にその行為を貧賤にしている。これではどうして真の幸福を受けることができようか。また、聡明な人は、当然、その才智を収め隠し控えめにするはずであるのに、かえってこれ見よがしに利巧ぶる。これは才智の方では聡明であっても、欠点の方では暗愚の人に異ならない。これではどうして失敗せずにおられようか。


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〔コメント〕 上の後半に「聡明であっても、欠点の方では」とあるが、「聡明であっても、欠如した精神性の方では」と、私は読みました。近くに億万長者がおり、業界の親会社の人にペコペコしている姿をみたことがありました。私は、金はなくとも、正々堂々とまっすぐ生きたいものだ、金のためとは言え、ペコペコするようなことはしたくない、と思ったものでした。その御仁は亡くなりましたが。

テーマ----仕事に行きづまった時『菜根譚』第1113号 24.01.12(木)


『菜根譚』 30

〈事窮まり勢蹙(ちぢ)まるの人は、当にその初心を原(たず)ぬべし。功成り行満つるの士は、その末路を観んことを要す。


〔訳文〕 仕事に行きづまり形勢が全くきわまった者は、よろしくそれに志した初心に立ち返って考え直すべきである。(反対に)、すでに功成り名遂げた人は、ゆく末のことを見定めておくことが必要である。

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〔コメント〕 「仕事に行きづまる」ということは、どんな人間にもあることですし、経験することだと思います。そこで大事なことはあまりジタバタしないことでしょう。冷静に物事を分析し、辛抱づよく事を進めれば、明るい前途がみえてくると思います。


 とにかく『南洲翁遺訓』他漢籍を読み続けることだと思います。そのことで知恵も湧き、人間も練れてくる筈です。失敗を喜び挑戦し続けることは楽しい、輝かしい前途が待っているのです。

 

 前回のブログは11日のところを12日としてしまいました。これを修正しよぅとしても新しくはじめたAmebaで思うように修正できず苦悩しています。そのうち熟練すると思います。老人の挑戦です。

タイトル---苦心して仕事に励むのは『菜根譚』。第1112号 24.01.12(水)

 

 『菜根譚』 29

〈憂勤は是れ美徳なり、太(はなは)だ苦しめば則ち以て性に適ひ情を怡(よろこ)ばしむることなし。澹泊は是れ高風なり、太だ枯るれば則ち以て人を救(すく)い物を利することなし。〉


〔訳文〕 苦心して仕事にはげむのは、たしかに美徳である。しかし、あまり苦心してあくせくしすぎると、本性を楽しませ心情を喜ばせることがなくなってしまう。また、さっぱりして執着がないのは、たしかに風格が高い。しかし、あまり枯れて干からびすきると、人を救い世に役立つことがなくなってしまう。


〔コメント〕 前半には異議があります。「私は仕事をするときは「苦心して仕事に」励んだものです。しかし、自宅に帰ってからは、仕事からプライベートに切り替え読み書きに熱中しました。出勤前は、NHKの番組を録画セットしたり、ラジオを録音するようセットして出勤したものです。そういう風に、けじめよく切り替えれば、迚も有意義だと思って今日までやってきました。仕事に打ち込み、帰宅してからは勉強をするという生活を40数年続けています。


 昨日は、新春の宴に宇都社長様がご臨席してくださり、ご祝辞を賜ったこともあり御礼のご挨拶に伺いました。迚も素晴らしいご高説を賜り、そしてまた社員の方々の仕事に熱中する姿に感銘した次第でした。

タイトル---世渡りでは『菜根譚』。第1110号 24.01.10(火)


『菜根譚』 28

〈世に処しては必ずしも功をもとめざれ、過ちなきは便(すなわ)ち是れ功なり。人と与(とも)にしては徳に感ずることを求めざれ、怨みなきは便ち是れ徳なり。〉


〔訳文〕 世渡りでは、必ずしも功名を立てなくともよい。大過なく過ごせれば、それがすなわち功名だ。また、人と交わるときは、わが恩恵に感謝することを求めてはならない。怨まれなかったなら、それがすなわち恩恵だ。


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〔コメント〕 これはまさしく天の訓戒だと思います。ところが人間、人と競争し、メディアに扇動され、欲が先行するきらいがあるようです。先を争い突っ走った後、失敗してはじめてこの訓戒が身に染みて理解できるのだと思います。

 ではどうすれば、失敗の以前にこれが理解できるかということは、『南洲翁遺訓』他漢籍を学ぶに如かずということです。


 今朝は新春の宴の生ゴミを廃棄しました。プラスチック類は木曜日廃棄の予定です。懇親会などの際、後片付けは何時も私一人ですることにしています。お茶碗を洗い、道場を掃除すれば迚も気持ちがよいのです。とにかく率先垂範することだと思います。そのことが元気と健康の維持につながるのです。


 私が町内会長をしている時、三役のある方のおうちにお邪魔しました。そこでトイレを使用させて戴きました。そのトイレは一回もお掃除をしたことのない感じでした。そういうトイレで毎日用足しをするわけですが、気持ちは悪くないのかな、と思ったことがありました。

 

 新春の宴の感想をある方がメールで送ってくれました。宮下和尚様のお話に子供さんがとっても感激したらしいのです。学校教育では学べない素晴らしいお話だったのです。こういう会合への参加に目覚めて欲しいものだと思った次第です。その和尚様も、私同様、テレビの内容の下劣さ、内容の悪さを嘆いたお話もしました。テレビ局へもう少しましな内容にしてください、というのは無理なことなのでしょうか。


タイトル---高位高官の地位にある者。第1109号 24.01.09(月)

 

『菜根譚』 27 


〈軒冕(けんべん)の中に居りては、山林的の気味なかるべからず。林泉の下に処りては、須らく廊廟的の経綸を懐くを要すべし。〉


〔訳文〕 高位高官の地位にある者には、一面において、山林に隠退しているようなおもむきがなくてはならぬ。(さもないと、地位に恋々としているようで、人柄が鄙俗になってしまう)。また、世を逃れて山林に閉居しているむ者には、天下国家を経綸するような見識を持っていなくてはならぬ。(さもないと、全くの非社会的な田父野老になってしまう)。



〔コメント〕 大変善い教えだと思います。それを人格として構築するには先ず学ぶことが肝要なのです。それには『南洲翁遺訓』他漢籍を繙くことです。

 いきなりは理解しづらいでしょうが、そういう本を読み、筆写することを繰り返しておけば、必ず理解でき、わがものとすることが出来るでしょう。

 いきなり、すぐ覚えるよりか月日を重ねて行くうちに、心の底から喜びが湧きあがってくるでしょう。

 人生の勝利者をめざして頑張りたいものです。その積極性が健康と長生きにつながるのだ、と確信しています。