タイトル---富貴の家は『菜根譚』。第1114号 24.01.13(木)
『菜根譚』 31
〈富貴の家は、宜しく寛厚なるべくして返って忌刻なり。これ富貴にしてその行を貧賤にするなり。如何ぞよく享けん。聡明の人は、宜しく斂蔵(れんぞう)すべくして返って炫耀(げんよう)す。これ聡明にしてその病(へい)を愚懵(ぐもう)にするなり。如何ぞ敗れざらん。〉
〔訳文〕 金持ちで地位の高い人は、当然、おっとりとしとて手厚いはずであるのに、かえって猜疑心が強く無慈悲である。これは物質的には富貴であっても、精神的にその行為を貧賤にしている。これではどうして真の幸福を受けることができようか。また、聡明な人は、当然、その才智を収め隠し控えめにするはずであるのに、かえってこれ見よがしに利巧ぶる。これは才智の方では聡明であっても、欠点の方では暗愚の人に異ならない。これではどうして失敗せずにおられようか。
.
〔コメント〕 上の後半に「聡明であっても、欠点の方では」とあるが、「聡明であっても、欠如した精神性の方では」と、私は読みました。近くに億万長者がおり、業界の親会社の人にペコペコしている姿をみたことがありました。私は、金はなくとも、正々堂々とまっすぐ生きたいものだ、金のためとは言え、ペコペコするようなことはしたくない、と思ったものでした。その御仁は亡くなりましたが。