この前の「も」の、「過去の他組織でのバプテスマは無効」っていう記述のところでちょっと触れましたが、断絶が必要かどうか、という事についてです。
結論から言ってしまうと、「必要なし。自然消滅で十分。」です。
JWをやめるなら断絶が必要!という見方を現役かどうかを問わず聞くことがありますが、あくまで私の現在の考えですが、必要無いと思います。
前に所属していた組織から正式にでる必要が有るというのは、JWの見方です。
それもこの前の「も」のように根拠はあやふやです。
私が「必要なし」と考える根拠は次の2つです。
まずは聖書から。ナアマンの事例です。
皆さん良くご存知ですが、ナアマンはエホバにらい病を治してもらい、もうエホバしか崇拝しない!と心に決めました。
ただ、その時にエリシャに確認しています。
「上司が偶像崇拝するときに、上司の身体を支えて一緒にかがまなきゃいけないんだけど、それは大丈夫ですか?」
この質問から察すると、ナアマンは、ごく近しい人には自分の崇拝対象の変更について知らせたかもしれませんが、おおっぴらに「自分はこれからは、偶像崇拝やめてエホバを崇拝する」と宣言したのではないと思われます。
そして、上の質問に対してエリシャは「OK」って言ってます。
つまりは、「周りから見て偶像を崇拝しているように思われようと、あなたが心からエホバだけを崇拝していれば良いんですよ」という事だと思います。
(もちろん、心の中でエホバだけを崇拝してれば何やっても構わないというわけではありません。この線引きも難しいところですが。)
というわけで、自分の崇拝対象が、JWの青い四角のエホバから、聖書のヤハウェであるエホバに変わったとしても(ややこしいな)、一番重要なのは心の状態だと思います。
わざわざ、その変化を誰かに宣言する必要も無いですし、なんなら集会や奉仕に行ってたって構わないでしょう。おそらく組織万歳の内容は受け付けないでしょうし、組織崇拝に人を招く事はできなくなるとは思いますが。
もう一つの根拠は現代の事例から考えた事からです。
イスラム教の国から来てJWになった兄弟がいました。バプテスマを受けたのかどうかは知りません。仮にこの兄弟をイスラム兄弟とします。
JWは、他の宗教に入っていた人は、正式に脱退しなければ、バプテスマを受ける事ができません。少なくとも一昔前までは。
そして、イスラム教は改宗を認めません。改宗したとなれば基本的に死刑です。
イスラム兄弟が正式にJWになるためには、国へ帰ってイスラム教をやめる宣言をしてくる必要が有りますが、それをやるともれなく死刑がついてきます。
果たして聖書の神は、それを求めてるのかっていうことです。
JWの青い四角の神は求めているようです。
そりゃそうですよね。
イスラム兄弟が死んでも痛くもかゆくも無いですし、模範的な殉教者として記事にする事もできます。
万一死ななくて済めば「神が介入されたからだ。みんなも見習え!」とやっぱり記事にできます。
どっちに転んでも損はしません。
じゃあ、人間の幸福を心から願っている聖書の神は、それを求めてるでしょうか。
私は求めていないと思います。
ほら、ステファノの時も、迫害された人達は逃げたじゃないですか。
そのことは別に悪く言われてません。
それどころか、それによってキリスト教が広まったと書かれています。
たぶん、心の中まで見られる神は、全て分かった上で「自分が納得できるように、やりたいようにやりなさい」と言うんじゃないかなぁと思っています。
というわけで、排斥も断絶も自然消滅もJWが勝手に作ったもので、従う必要はありません。
今のところそんな風に考えています。