私はJW2世として育ちましたが、なんか知らんが斜に構えて物を見ていましたねぇ。

「世の物!」とか「世の哲学!」としていろんな物を、勝手に、確かめもせずに、拒否してきたなぁと思います。

子供向けの絵本なんかもほとんど読んだことありませんでしたからねぇ。
「ねないこだれだ」とか絶対禁止。
幽霊だしな!


で、子供が生まれてからやっとそういうのも含めて、いろんな物を読むようになりました。
そしてそれから少しして、この組織が単なる人間の組織だとわかって、距離を置いてきました。

多分それが影響してるんだと思いますが、この斜に構えるという見方が薄れてきました。


そうしたら良い物が沢山有ることが分かってきました。
泣ける絵本も沢山有ります。
「君の代わりはどこにもいない」みたいなタイトルの絵本が有りました。
背表紙でタイトルを見て「うんうん。良い言葉だ。どんな絵本かな?」と表紙を見ました。
そしたら「羊を抱いている羊飼い」なんですよ。
もう、その時点で、内容が分かって、涙がじんわり出てきて、「絶対買う!」って決めましたね。
この例えはそれこそ飽きるほど読んでましたが、「君の代わりはどこにもいない」なんていう視点で見たことはありませんでしたから。


で、最近は涙もろくて困ります。
もともと「放蕩息子」の例えとか、書籍研究の朗読であたったりすると、声が詰まりそうになることはありましたが、それが悪化しました(笑)。

子供に絵本読んでるときに、声を詰まらせる。
(そして子供に「ちゃんと読んで!」と怒られる)

子供向けの歌を聞いてても泣ける。

最近なんかおかいつあたりで流れてそうな「虹」で泣ける。「ね」でも泣ける。

なんか、麻痺してた感情を取り戻すために、身体が過敏になってるんじゃないかと思うほどです。

とにかく優しい見方をしている物全般に、感動するようになってしまいました。


この感情の動きを持ったまま、また聖書を読んだら違う味わい方ができるかもしれませんね。

時間ができたら、挑戦してみようと思います。