カツンと。
薄汚れた床を革靴が叩く。
彼、或いは彼女は青い貴族服を纏っていた。
青いジュストコールに青いジレ。胸元を飾る華やかなジャボだけが白い。
しかし下半身はキュロットではなく、青いスラックスを身に着けていた。
中性的な容貌に腰の上辺りでで緩く縛った長い青色の髪がかかり、男装にもかかわらず一見女性のように見える。観察眼の良い人であれば、顎のラインや肩幅の広さから辛うじて男性と判ずることができるであろう。
彼の服装はその粋を極めた装飾や刺繍ながらも、華美によって荘厳さを失うことのない繊細な境界上にあり、職人の妙を讃えるほかない。
端正な眉のしたで漆黒の瞳がうごき、紅い美姫の唇が言葉を紡ぐ。
「ミレリオ、ミレリオ・アーデン・リガルハイトよ。僕は先程、僕が来る前に終わらせろと、確かにそう言った」
男は淡々と音を吐く。普段とは違い、今の彼は事実しか話さない。
それは彼が話すという動作を不随動作としているからだ。不随動作を随意に行い、随意動作を不随的なものへとオートメーション化する。それにより彼の処理能力が飛躍的に上昇する。筋肉に無意識的にかけられたリミッターすら彼のコントロール下にある。筋肉は常人で片腕250kgを持ち上げる潜在能力があるが、契約者の彼は優にそれを上回る。これが人間として最高のパフォーマンスを発揮する、ヒトの獣人の超感覚だった。
「申し訳ございません、ご主人様。私の力不足でございます。今すぐに終わらせますのでどうかご寛恕を」
ミレリオと呼ばれた男は深く頭を下げてそう言った。彼は主人に命じられたとは考えていなかったが、主人にとってそれは同じことだと知っていた。勿論そうでなくとも、仮に主人が客観的に間違っていようとも、彼は主人の命に従わないわけにはいかなかった。それが、彼が彼である明確な証だからだ。
「謝罪は求めていない。これより先は最善であればよい」
青い青年が尊大な態度で話す。それこそが、ミレリオが主人に求める態度であった。
ミレリオは少し顎を引いて頷いてから僅かに乱れた執事服を整え、傍らの鞄から鋭い短剣にも似た爪の3本生えた巨大なセスタスのような武器を二振り取り出す。
「本当にこれは使い勝手が悪い」
そうぼやいた執事は地を蹴る。ニ脚での疾走は途中で四脚へと変わっていた。執事はもはやどこにもおらず、外からの明りの差す扉を飛び出していったのは凶悪な爪をもった黒き野獣だった。