パチパチと、火にくべた枝がが鳴く。
その横で僕たちはオレンジに染まりながら、龍を捌いていた。
「脂身は除けよ?臭いから」
「リベルの口の中に捨てれば、食糧問題に光明が・・!」
「ささねぇよ。くだらねぇこといってないで早く捌け」
「ふふふ、これが・・私の本気・・・!」
「あ゛、てめぇ、丸ごと肉削ぎ落としてんじゃねぇよ!」
「どうせ全部は食べきれないわ」
肉片を捌きながら放たれた言葉に僕は龍の遺体を振り返る。
「・・まぁ、そうだがよ」
脂身を取り除き終わった肉片を削った木の枝に刺し、火にかける。
ジュウと音がし煙と肉の焼けるにおいがあたりに漂い始めた。
定期的に焼ける面を調整しながら、テキトーに言葉を吐き捨てる。
「ときにエリエス、生物を殺すってのはどういうことだと思う?」
エスがこちらを振り向く。こいつ何言ってるんだという彼女の気持ちを、そのジト目が素晴しく表現しているが、華麗に黙殺。
「…生きるために必要なこと。少なくとも私たちの食文化で言えばね」
「回答が安易過ぎる」
僕はそういって串に刺さった肉を別の串でほぐしてみる。まだだ。
「仕方ないでしょう。私の、そして貴方のスタンスでは、生物を殺すことに善悪などないのだから」
「遊戯として殺してもか?」
「道徳的に戒められる行為であったとしても、完全な意味での善悪はないと考えるわ。満たされる欲求が食欲でないだけ」
炎のオレンジ色と夜の闇の間の紫を見つめたまま僕は言葉を返す。
「僕以外の賛同は得られないぞ?それは人間が生きるために何をやってもいいのだと言っているのと変わらない。それどころか、別に目的が生存でなくとも何をしても構わないと豪語しているようなものだ」
「分っているのでしょうけど、少し違うわ。善悪とやっていいこといけないこと、やるべきことそうでないことは違うもの」
「つまり生物を殺す行為は中庸であって、道徳的にはやるべきではないということか?」
「道徳的にどうかという問題はやはり状況によるのだと思うわ。いえ、これは少し難しい問題ね」
でも今は、と言ってエリエスが言葉を繋ぐ。
「こう考えておきましょう。人の背中を押してよろけさせる悪戯は罪でないけれど、屋上の端でやればそれは罪だわ」
「しかしそれは悪意の介在の問題じゃないのか?そしてやはり、善悪の問題で論じていない」
「悪意の介在は目的の問題に直すことが出来るはずよ。つまり、殺意によって動けば罪で、享楽で殺せば不道徳なのよ。そして善悪で論じていないのは貴方の質問を待ってるからよ」
そう言ってエスがこちらを見る。その視線がエスの方をぼんやりと眺めていた僕の視線と絡むが、気色悪いので直ぐに逸らし払う。
火が通ったらしい肉を齧る。堅っ。
「…人を殺すのはどういうことだ?そもそも悪なのか?」
「圧倒的に不道徳で、あってはならないことよ」
「しかし君はそう思っていない。そうだろ?」
「貴方もね。ニーチェがなんて言ったか知ってる?」
僕は記憶を探るように視線を彷徨わせる。
「ツァラトゥストラはかくかたりき?」
「…それって著書名でしょ」
「神は死んだ。我々が殺したのだ。神を殺した以上、我々は神のごとき存在にならねばならないのか?」
「それも有名だけど…こっちよ。『重罰になる可能性も考慮に入れて、どうしても殺したければ、やむをえない』なぜ人を殺してはいけないのかに対する答えよ」
「ああ、なんだそれか」
「なんだって、流れ的にこれ以外の選択肢があったわけ?貴方の答え、野球で例えるとボールどころか自軍のファーストの頭蓋骨陥没させたくらいの超暴投なんだけど」
「まぁ、そういうこともままある」
「あってたまるか」
僕は堅い肉を必死に噛み千切りながら言う。
「それで、僕たちはそれに賛成なわけ?」
「賛成ではないけれど、基本的にこの議論は平行線なのよ」
「成る程。でも結果から言うと僕らのスタンスはそれに近い、と?」
「そうね。私たちは人殺しを責める気は毛頭ないわ」
「じゃあ人殺しをどうするの?」
「退場してもらうだけよ、邪魔だから。人を殺す人間はいつ私を殺すか分らないわ。殺人鬼だらけの世界は殺人鬼にとっても都合が悪い。そのことを優しく学んで頂けると思うわ」
「でも問題は何も解決してないよな」
僕が投げ捨てた言葉に、エスが肉に齧りながら答える。
「それが私たちのやり方なのだから仕方ないと思うけど。要するに」
「安易な答えなら出さない方がましだ」
ってことだろ?そう言って僕は立ち上がり、伸びをする。
見上げた夜空の下、しかしどこか遠いところで野獣の哭するのが聞こえた。
その鳴き声は何かを伝えるように長く続いたが、それは僕の単なる感傷がそう感じさせただけかもしれない。
寝床の準備をしなきゃならないな。
そんなことを考えながら、僕は焚き木を離れた。